第1話 見習いキューピッドの課題


『新たな年を迎えるまでに二組のカップルを成立させること』


 見習いキューピッドに課される課題は、毎年決まっている。

 お題が出されるのは決まって、人間の暦で言うところの11月末。

 その頃になると人間たちがソワソワと落ち着かなくなるのは、何もクリスマスに向けて恋人を作らなければと躍起になるからではなく、見習いキューピッド達の動きが活発になるからに他ならない。


“ノア、今年こそ合格できるといいね”


 既に見習いを卒業し、立派なキューピッドとして活躍しているかつてのクラスメイト達の多くは、このように応援してくれるのだが


“いつまで見習いやってるのかな?ノアには向いてないんじゃない?”


 などど、心無い言葉を掛けてくるキューピッドも少なからずいて、ノアはその度に悔しい思いを小さなため息に乗せるのだった。


「ノア」

「あっ、アリア先生」


 今年のお題が発表された日。

 ノアは指導員のアリアに呼び止められた。

 アリアは数いるキューピッドの中でも群を抜いて優秀なキューピッド。

 ただ、通常キューピッドの成績は成立させたカップルの数を基本としているのに対し、アリアは数よりも質の方での成績が高い評価を受けている。

 つまり。

 アリアの放った恋の矢によって結ばれた人間の離別率が、他のキューピッドとは比べ物にならないくらいの率なのだ。

 他のキューピッド達が結びつけた人間の離別率は平均65%。

 対して、アリアが結びつけた人間の離別率は、1%未満。

 ノアにとって、アリアは憧れのキューピッドだった。

 だが、アリアについては不思議な噂があり、それはノアも耳にしたことがあった。

 キューピッドは、その務めを終えれば卒業することができ、自分の望む道を進むことができる。

 キューピッドは、いくら歳を重ねても、その姿は人間の幼子以上に成長することは無い。

 多くのキューピッド達は務めを終えると共に成長して天使となり、人間を幸せな生へと導く道へ進むという。

 アリアの成績を見れば、誰がどう考えても既に務めは終えているはず。

 にもかかわらず、未だにキューピッドでいるアリアには、様々な噂が囁かれていた。


 アリアは自ら望んでキューピッドとしての道を歩み続けているのではないか。

 アリアはキューピッドの中に恋しい人がいて、そのキューピッドの卒業を待って一緒に卒業しようとしているのではないか。


 ノアが耳にした噂はこの2つだけだが、他にも噂はいくつもあるらしい。

 けれども、ノアにとってそれはどうでもいい事。

 どのような理由でアリアがキューピッドでい続けているのであれ、アリアがノアにとっての憧れのキューピッドであることには、変わりがないのだから。


「いよいよ、今年も試験が始まるわね」

「・・・・はい」


 サラサラとした金色の髪を揺らし、アリアはノアの淡いブルーの目を覗き込む。

 まるで、もう既に涙を湛えているかのような悲壮感の漂うその瞳に気づくと、アリアはクルクルとした栗毛色の巻き毛のノアの頭にポンと軽く手を載せた。


「ノア。焦らなくてもいいのよ。その代わりに、よく人間を見て。ただ結びつけるだけではなくて、彼らが心からの幸せを掴み取れるご縁を結ぶの。大丈夫。あなたならきっと、それができるはずだから」

「でも先生、僕はいつも・・・・」

「大丈夫。あなたが心から結びつけたいと思う人間ならば、必ず成功するはず。だから、自信を持って」


 ポンポンと軽くノアの頭の上で手を弾ませると、アリアはニッコリとノアの目に笑いかける。

 柔らかなブラウンの瞳がノアの不安を和らげてくれるようで心強く、ようやく笑顔を浮かべたノアはアリアの前で小さく頷いた。


「はい。僕、頑張ります、アリア先生」

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