第42話 善意と悪意の対決(前編)

 車を降りて私ににらみつける矢那華やなか

 薄気味悪い気持ちを紛らわすために冷静な表情を浮かべている私。

 ベンチから立ち上がり、私は覚悟を決めて彼女と向き合った。内心は顔に出さないようにしたけど、身体からだが明らかに震えている。


「道に迷ったんですか?」


 言って、矢那華やなかはこちらに近づいてくる。

 私は反射的に一歩後ずさって、身構えた。

 ポケットに隠しているはずの銃は見えなかったけど、持ってきたに違いない。

 矢那華やなかは長袖の服を着ているので、銃をそこに隠しているのかもしれない。それとも、靴の裏に?


 ーーいや、これはスパイ映画のワンシーンじゃないから……。


 とにかく、この女は本当にやばい。とりあえず、時間を稼いだら弱点を見出せるかもしれない。

 そう考えて、私は雑談することにした。


「いいえ、お葬式の開始を待っているんです。やーーあなたも誘われましたか?」


 私は一つの武器を持っているということを思い出した。それは、メイド服じゃなくてワンピースを着ているので矢那華やなかが私の正体に気づいていないということだ。

 もし彼女に名前を訊かれたら嘘をついたほうがいいだろう。


「当時、私はのぞみのお客様だったのでお誘いを賜りましたね」

「そうですか? 私……」


 ーーしまった。私も誘いを受けた理由を説明しなければならないだろう。なら、早く嘘を考えないと!!


のぞみが私の願い事を叶えてくれたんですから、ご冥福を祈るために来ました」

「それなら、私たちは同じですね。ここで会うのは運命かもしれません」


 ぶっちゃけ、私はそんな間の抜けた言葉にどう答えばいいかさっぱりわからなかった。

 私は作り笑いを浮かべて、視線をさまよわせた。

 葬式の開始を待っている人々のざわめきがかすかに聞こえる。

 腕時計を見ると、短針が五時で長針が五十五分を差していた。そろそろ集合場所に戻ろうか……。

 

「あの、遅刻はしたくないですので」

「へー、もうこんな時間ですか? 時があいかわらず速く経ちますわね」

「それでは、一緒に戻りましょうか?」


 矢那華やなかがそう提案すると、私はベンチから立ち上がって頷いた。


♡  ♥  ♡  ♥  ♡ 


 葬式が始まると、私はかなえと待ち合わせて斎場に入った。

 全部の席が埋まる前に、私は二つの空席を探しにいく。

 こんな行事だと席を見つけるのは早い者勝ち。一、二分も遅刻したらあまり期待しないほうがいい。だから、できるだけ早く会場に入って探すしかないんだ。

 皆が席についたあと、斎場内が静まり返った。咳払いや靴の音がしたけど、斎場内は怖いほど静かだった。

 私はその沈黙を破りたかったけど、やっぱり失礼だろうからやめたおいた。

 待ちわびているのか、皆が腕時計や携帯を頻繁に一瞥する。私も腕時計に視線を落とすと、葬式が十分前に始まったはずだったと気がついた。

 大丈夫なのかな? 矢那華やなかは銃を持っているだろうし、誰かがしているかもしれない。かと言って、銃声は聞こえなかったのでそんなことではないだろう。

 それでも、私は嫌な予感がした。なぜか、放っておいてはいけない予感。

 だから、私は席を立って、調査することにした。


「どこに行ってるの?」


 と、かなえは潜めた声で尋ねた。


「なんかおかしいからちょっと探ってて」

「なら、わたくしも行くよ。危ないかもしれないから」


 私は抗議したかったけど、無駄だとわかっている。かなえの言葉に頷くしかなかった。

 皆の視線が斎場を出ていく私たちに集まる。

 それを気にせず、私はドアを開けて調査を始めた。

 まずはあのベンチに戻っていった。しかし、矢那華やなかの姿はなかったから、私たちはすぐに次の場所へと進んだ。

 斎場を一周しても矢那華やなかはどこにもいなかったので、私たちはきびすを返した。

 再び斎場に入ると皆が眉をひそめて、ひそひそと何かをお互いにささやく。

 私はどこを探せばいいのかわからなくて、途方に暮れてしまう。

 しかし、見上げるとこの斎場は二、三階もあることに気がついた。

 それなら、どこかに階段があるはず。

 気合を入れて、私は新しい目的で調査を再開した。


♡  ♥  ♡  ♥  ♡


 二十分くらい探してから、私たちはようやく階段を見つけて、三階まで上った。

 一、二階に矢那華やなかの姿がなかったので、彼女はここにいるはずだ。

 慎重に歩きながら、私は耳を澄ましてきょろきょろと見回した。

 このひとのない廊下は非常に怖いけど、かなえがいるから安心できる。

 廊下の突き当りに着くと、ドアが目の前にあった。


 ーー開けるか、開けないか。


 考えすぎたせいか、私は戸惑ってしまった。

 かなえに視線を向けると、彼女は私の背中を押してくれるように微笑んだ。


「大丈夫だよ。経緯はよくわからないけど、わたくしはのぞみを絶対に死なせないから」

「うん、ありがとうかなえ。できるだけ早く終わらせたい」


 覚悟を決めて、私はドアの取っ手を回した。すると、ドアがきしんで開く。

 そして、向こう側にはーー


「やっぱりお前たちはのぞみかなえですね」


 ーー矢那華やなかが待ち構えていた。


 廊下も室内も狭く、戦いしにくそう。

 彼女が銃を使ったら、私たちはどうするのか……?

 いや、悩む暇はない。私は一歩踏み出して、矢那華やなかと目を合わせた。

 私はゆめゐ喫茶の看板娘、のぞみだ。そう簡単には諦めないよ、矢那華やなか!!

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