第38話 悲痛の弾丸

 街を歩いていると、突然轟音が響き渡った。

 

 ーー車のエンジン音。


 きょろきょろと周りを見回すと、車が視界に入った。それに、私たちに近づいていることに気づいた。

 その車はなぜか見覚えがあるような気がする。

 しかし、どこで見たっけ……?

 車が停まってから、誰かが降りてきた。その女性が近づいてくると、私はなぜか鳥肌が立った。

 その黒ずくめの服装はOL服に似ている。

 彼女はOLならではのブレザーを着ていて、もちろんタイツを履いている。髪は長く、背中にかかる。


「あなたたちもお葬式に誘われたんですか?」

「そうですが……どちら様ですか?」


 すいすると、私は彼女のことをふと思い出した。


「ちょっと待って、もしかしてあのアプリを紹介した上司ですか?」

「な、なぜそれを知っているんですか?」


 その言葉に、私は戸惑いながら頭を掻いた。


 ーーどういうこと……?


 そして、理由に気がついた。彼女がアプリを披露しに来たとき、私たちはメイド服を着ていたんだ。

 だからワンピース姿の私たちを見ても、彼女からすると同じ人に見えないかもしれない。


「そうですね。今日はお葬式に備えて黒いワンピースを買ってきたんですが、私はのぞみです。そちらはゆめゐ喫茶の店長ですね」

「え、本当ですか? 私服を着ると別人に見えますね」


 言って、彼女は顔を背けた。


「ちなみに、上司ではないんですよ。の部長です……」


 彼女は不満げな面持ちで『ただの』の台詞を強調した。でも、部長というのはかなりすごいのではないか? 

 私はOLだったころ、部長とは程遠い存在だった。

 別に部長や上司になりたかったわけではないけど。もし部長になったら仕事がいっそう忙しくなるだろうし、かなりの責任を持たなければならない。

 そんな仕事は私にとって負担でしかない。

 もちろん、不幸中の幸いは、給料が上がること。

 

「あ、そうなんですか? お名前は……矢那華やなかさんでしたっけ」

「そう、矢那華やなかです。よろしくお願いします」

「では、なんで車を停めてわたくしたちに話しかけたんでしょうか?」


 と、かなえは口を挟んで矢那華やなかに疑問を投げかけた。


「あ、私はお葬式に誘われたんですからね。だから、よかったら車に乗って三人で行こうかなと思ったんですが」


 かなえは開けっぱなしのドアに視線を向けて、車内を覗き込んだ。


「高級車ですね! やっぱり部長の方でもお金持ちですかね」

「いえ、そんなわけじゃないんですよ。これを買うのに一苦労しました。何年間もお金を保った末に、去年買いました」

「そうですか?」


 かなえが車の話をしている間、私はどこでこの車を見たのかをひたすら思い出そうとする。

 高級車だからこそ目立つのだろう。本来ならば初めて見てから一生忘れないほど印象を受けたはずなのに、私はとっくに忘れてしまっていた。

 初めて見たとき、車以上の重要なことがあったのだろうか。

 車。重要。車。重要ーー

 その言葉を頭に繰り返しながら、私は記憶をたどった。すると、嫌な記憶が再び蘇ってしまった。ずっと頭の奥深くに収まっていた記憶。


 ーーのぞみの死体。


 のぞみが死んだとき、太陽が沈んでいて周りが薄暗かった。当然ながら、車や運転者がよく見えなかった。

 結局、私が顔を見る前に運転者は逃げ出してしまった。

 しかも、大きなショックを受けたせいで当時の私はよく考えられなかった。

 しかし、今更わかってきた。

 

 ーーこの車は、のぞみいたのとそっくりだ。


 つまり、のぞみを轢き殺した人は……。


「あなたです!」

「え?」


 矢那華やなかはこちらに視線を向けて、首を傾げた。


「どういうことですか、のぞみさん?」

のぞみを轢き殺したのはあなたです!!」


 言って、私は矢那華やなかを指差した。

 その言葉に、かなえは目を見開いて、無言で私に視線を向ける。

 

「な、何? なんでそのことを……言ってるんですか?」


 矢那華やなか狼狽うろたえて後ずさる。

 そして、私は名探偵のように言葉を紡ぐ。


「さっきこの車を見たときから、どこかで見たことがあったっけ、と思ってたんですよ。でも、どこかはわからなくて……今までは。暗闇に乗じて、あなたはのぞみを轢き殺したんでしょう。そして、後悔したのか慌てて逃げ出しました。事故死を装って、なかったことにしたんですね」

「そ、そんなことはしてなかったんですよ! 一体何を……?」

「信じてないなら、かなえに直接訊ましょうか?」


 かなえは頷いて、目をつむった。

 おそらく力を使っているところだろう。


「本当です。願い事が断られたのでのぞみを轢き殺したのかしら……。とにかく、これは絶対に見逃せないんですね。お葬式に遅刻しっちゃうことになるかもしれないけど、今からあなたを連行します」

「いや……証拠はないでしょう? だから……私はそんなことをしてなかったから!!」

「確かに証拠はないんですね。ですが、ポケットに隠れておいた銃を警察に見せたら……」

「な、なんでそれをーー」

「お客様に言った通りです。わたくしの力に、信じてください」


 と、かなえはとどめに言い放った。

 矢那華やなかはパンチを食らったようによろめく。


「お前……お前ら!! そうだ、銃があるのよ! だから、動くな!! 動くなよ!」


 矢那華やなかの目から涙が大量に溢れていて、顔が歪んだ。

 矢那華やなかが殺人犯とはいえ、私はそんな彼女をわいそうに思わずにはいられなかった。

 

「私……上司にはならないよね……」

「あなたの願い事は上司になることじゃなかった。牢獄のように、社員を独り占めしたかったね。下心のある願い事は叶えてよ」


 矢那華やなかをにらみつけながら、かなえはそう言い放った。


「なら……」


 言って、矢那華やなかは銃をポケットから取り出して構える。

 それを見ると、私の背筋に寒気が走った。


「私の願い事を叶えてくれないなら、死ね!!」


 彼女は銃をかなえに向けて指をトリガーに置く。

 私はかなえを守ろうと走り出す。

 そして、銃口から一発が放たれるーー

 かわす間もなく、弾丸が私の左の膝を射抜く。

 とんでもない痛みに悲鳴を上げて、私は膝についた。

 撃たれた膝に視線を落とすと、そこに血が流れていることに気づいた。

 かなえに目をやると、彼女は故・のぞみが死んだときと同じ表情を浮かべている。

 気づいたら、矢那華やなかは車に乗って逃走している。

 しかし、かなえはそれを気にせずに私のそばにしゃがみ込んだ。

 彼女が私の膝に手を当てると、痛みが悪化した。


のぞみ! しっかりしてください!!」


 と、かなえは私を抱きしめながらこいねがった。彼女のぬくもりが私の冷えている身体からだを温めてくれる。

 

 ーーもうだめだ。私はここで死ぬのだろうか……?


 かなえの声がまるで遠ざがていくように小さくなっていって、私は気を失ってしまった。

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