第33話 今のこと

 そして、十年後いま……。

 私は願い事を叶えるメイド喫茶ーーゆめゐ喫茶で働いている。皮肉なのか、それとも運命なのか?

 しかも、目の前に零士れいじが座っている。じゃ、運命と言えるのかな……。


「……美於みおちゃん? 大丈夫か?」

 

 その言葉に、私は突然我に返った。

 ずっと考え込んでいたけど、傍からどう見られるか考えなかった。何か言い訳を言わないと……。


「あ、ごめん。ただ久しぶりだなぁと思って、少し考えこんじゃって」


 気づいたら、私はキャラを崩してしまった。まだ仕事中なのに、思わず砕けた口調で話してしまった。まあ、知り合いだから勘弁してくれるだろう。


「そうだなぁ。今日、美於みおちゃんと会えて、本当によかったよ」

「行かないで……」 


 言って、私は彼のシャツを指で摘まんだ。


「な、何?」

零士れいじ……」


 もうダメだ。私はこれ以上気持ちを隠せない。

 抑えた涙が溢れ出して、ぽつりと零士れいじのシャツに落ちた。

 嬉しいのか、悲しいのか、自分でもわからない。

 視界がぼやけて、私は涙を手で拭おうとする。そうしながらも、零士れいじから目を一度も離さないようにした。

 

 ーー


 十年前に言えなかったことを言う時が来た。こんなチャンスを無駄にしてはいけない。

 だから、私は今度こそ言う。少なくとも、言おうとする。

 私は深呼吸をして、零士れいじと目を合わせた。


『フラれてしまったら絶縁されるかもしれない』


 十年前の悩みがまだ頭の中に残っている。

 覚悟を決めてから、私は口を開いた。でも話そうとした矢先に、零士れいじがこう言った。

 

美於みおちゃん? なんで泣いているんだ?」

 

 私は人を悲しませるためではなく、人を幸せにするためにメイドになった。だから、こんな顔をしてはいけない。

 零士れいじに笑顔を見せようとしながら、私は再び口を開いた。


「私も、零士れいじとやっと会えてよかったんだ! 零士れいじのことが、十年前のころからずっと好きだったから!! だから、行かないで。まだ、行かないでよ……」


 ーー言った! 告白した!!


 十年前の私はどう思っていたのかな。多分喜んでいるだろう。

 まあ、十年前の私はいつかメイドになるとは思いもしなかったけど。

 そして、私は零士れいじの返事を待っていた。緊張に襲われて、少し顔を背けた。

 店内が静まり返って、私の鼓動が高鳴る。

 もしかして、イタいことを言ってしまったのか? 告白するのは初めてだから、無理はないけど……。


「そんなことを言わなくても、俺は美於みおちゃんの気持ちがわかってるんだよ」


 そんな返事は予想できなかった。あっさりとフラれるか、あるいは得恋するかと思っただけ。


「俺も同じだから。多分わかってるけど、十年前から美於みおちゃんのことが好きだった。だから、叶わぬ夢だとしても美於みおちゃんとの将来を考えていて、できるだけお金を稼いだんだ。残業をしなければならなかった時は、美於みおちゃんのことを考えて癒された」


 その言葉に、私はさらに涙目になった。

 しかし、きっと幸せの涙なんだ。私は言葉にできないほど嬉しい。


 ーーなぜなら、ずっと叶えたかった願いがやっと叶ったから。


「……叶わぬ夢なんて言わないでよ。ここはか忘れたのか?」


 言いながら、私は再び涙を手で拭おうとする。

 しかし、十年間も抑えていた涙がなかなか止まらない。

 生涯で最も嬉しいこの瞬間だけは終わらせたくない……。それでも、会話を進めければいけない。せめて、お礼を言わないと。


「ありがとう、零士れいじ……ほ、本当に嬉しい……でも、また来るよね?」

「もちろんだ。ところで、最近会社に新人が来た。すごく頼もしくて賢いから、これからは残業をしなくて済みそうだ。美於みおちゃんをたくさん見に行けるようになったよ」

 

 返事をしようとしても、言葉が出せない。

 だから、私はメイドモードに戻って、いつも通りーーというか、ほとんどいつも通りの台詞を言った。


美於みおちゃんと申します! 願い事、聞かせてください!」

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