第32話 十年前のこと

 十年前、私は零士れいじと同じ学校に通っていた。それに、私たちは同じクラスだった。

 彼がゆめゐ喫茶に来てから、私の頭にいろんな思い出が蘇った。

 まるで十年前にタイムスリップしたような感じがした。

 目をつむると、校門をくぐっている生徒たちの姿が目に浮かんでくる。

 無言で目を通したまま、私は記憶をたどる。


♡  ♥  ♡  ♥  ♡


「おはよー、美於みおちゃん!」


 言って、零士れいじは私に手を振る。

 

「おはよう、零士れいじ!」


 私は制服を直して、零士れいじに駆けつけた。

 こんな風に挨拶を交わすのは一年生のころから変わらなくて、私たちの習慣になっている。

 今日から冬が始まるので、皆は冬制服を着ている。

 黒い制服に合わせて、私は白いマフラーを首に巻いていて、マフラーしまい髪の髪型をしている。


「じゃ、教室に行こうか? そろそろホームルームが始まるね」

「うん、遅刻しちゃダメだね~!」


 と、私はあざとい表情で言った。

 昇降口に入ってから、私たちは下駄箱を開けて靴を履き替えた。下駄箱を閉めてきびすを返すと、ホームルームの予鈴が鳴った。

 廊下を歩きながら、渡地達は生徒の人波を縫おうとする。


 ーーやっぱり五分前に来ればよかったんだね。


 他の生徒にぶつかってしまったり「すみません」と言ったりしながら、私は零士れいじと混んだ廊下を歩く。一、二分後、私たちはやっと教室にたどり着いた。

 同じクラスの生徒が川のように教室に流れて、それぞれの席についた。

 残念ながら、今学期の席替えのせいで私と零士れいじは離れ離れになってしまった。皆がっている間、私たちはただ視線を交わすことしかできない。

 私が何かを切り出そうとした矢先に、学級担任が教室に入ってきた。


「起立!」


 皆が立ち上がって、学級担任に目をやった。


「礼!」


 一礼してから、私は零士れいじのほうを見た。

 彼は相変わらず適当に一礼している。


「着席!」


 号令を終えてから、学級担任は黒板の前に立ち尽くした。

 私は席の背もたれに背中を預けて、小さな溜息を吐いた。つまらないホームルームを凌ぎながら、私は大人しく一限の予鈴を待つ。


「それでは、今日のホームルームを始めます。最近席替えしたので、新しい相手と話し合ってください」


 左を見ると、教室のドアが視界に入った。


 ーーしまった、ミスっちゃった……。ゴホン。


 右を見ると、見知らぬ生徒が目に入った。


「お、おはようございます」


 と、私はぎこちなく挨拶してみた。

 しかし、彼女からの返事はなかった。何らかの本に夢中になったようだ。本を読んでいる人はほっておいたほうがいいんじゃない? 

 それでも、話さなければ学級担任に叱れるかもしれない……。


「あの、この本は何ですか?」

「あ、私? すみません、読書に夢中になってて。これ、恋愛小説ですけど……」

「いいね! 私も恋愛小説が好きですよ。ところで、お名前は? 私、中野なかの美於みおと言います」

中野なかのさんですか? 床嶋とこしまれいらです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」


 あっという間に友達が一つ増えた。こうして、ホームルームがつまらなくなるかもしれない……。

 だったらいいな。


♡  ♥  ♡  ♥  ♡

 

 ようやく放課後になったら、雪が降り始めた。

 皆が校外で立ち尽くしたまま橙色の空を見上げている。

 私が手を伸ばすと、一つの雪片がそこに落ちてすぐに溶けてしまった。呆気なすぎる……。

 

「今日、予定はあるか?」


 と、零士れいじは視線を雪から私に向け直して言った。


「別に……。何かしたいことあるの?」

「まあ、雪が降っているんで外にいるのはめんどくさいだろう。とにかく、別にやりたいことはないさ」

「あ、そっか……」


 私は作り笑いを浮かべて、背中を向けた。

 よくわからないけど、彼はきっと何かをしたがっている。

 しかし、寒いし雪が大量に降り注ぐ前に家に帰りたい。だから、私は別れを告げて帰路につくことにした。


「では、私は家に帰る。また明日」

「……また明日」


 帰り道、私は振り返った。

 零士れいじは駅に向かったのか、別の道を歩いているのか、彼の姿はどこにもなかった。

 普通は一緒に帰るから、私は少し寂しくなった。今日だけではなく、日に日に孤独になっていくような気がする。

 長い髪をマフラーから引っ張り出して、しばらく目の前に降っている雪を見つめていた。

 そして、私は寂しくなった理由に気がついた。


 ーー告白したかったんだ。


 私は零士れいじのことが好き。でも、告白をどうすればいいのかわからなくて、いつも躊躇している。彼の気持ちがわからないし、フラれてしまったら絶縁されるかもしれない。友達のままでいいから、告白しなくてもいいと毎日自分に言い聞かせている。

 しかし、それは嘘だ。嘘をついている自覚があるのに、自分を騙し続ける。正直、私は告白したい。

 吐息を吐いて、私は帰り道を歩き続けた。

 太陽が沈んで、空が橙色から茜色に変わった。

 夕日を見送ったあと、私は夜空を見上げた。

 満天にたくさんの星が輝いている。そして、流れ星が目の前に現れた。真っ暗な空に一筋の光。

 この綺麗な星空は零士れいじにも見えるのかな……。場所は違っても、同じものを見ていたらつながっている気がする。

 流れ星に願いをかけたら叶うと言われる。

 そう信じて、夜空に尾を引く流れ星を目で追いながら、私は願い事を告げた。


 ーーいつか、私は零士れいじに告白できますように……。

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