心をもったロボット

浜辺士郎

心をもったロボット

ガチャり。玄関の戸を開けて何者かが入ってきた。それを柔和な表情を浮かべた青年が迎えた。

「今日もお疲れ様。ゆっくり休みなよ」

迎え入れられたのは青年のロボットだった。ロボットは何もいうことはせず自らの充電スポットへ向かう。それを青年は目で見送った。

現代の生活は、人間は家で過ごし、ほとんどロボットが会社で働いている。そしてロボットが働いた分の給料をそのロボットの所有者が受け取る。という非効率な仕組みになっている。ロボットだから疲れ知らずで週に七日働けるのだ。来る日も来る日もロボットは会社へ出かけていき、一定の期間がくると青年の口座に金が振り込まれた。

そんなある日、ロボットがいつもより汚れて帰宅してきた。それと同時に青年の連絡用の媒体に、青年のロボットが勤めているA社から通知が来ていた。「重大事件発生」そう書いてあるそれはA社の人間に一斉送信されたものらしかった。

A社に心をもったロボットが生まれた。確かにそれは重大な事件だった。すぐさまA社の人間用チャットでその話で持ちきりになった。一体誰のロボットが心を持ったのか、一つのロボットだけ持ったのか?それともほしい人には与えられるのか、A社の社員の関心はとめどなく溢れた。またA社の心をもったロボットは一気に世界にも注目される様になった。ほとんどのメディアは連日、心をもったロボットに耽るようになった。そのメディアの一つに心を持ったロボットの所有者が出演した。彼曰く、夢枕に大天使ガブリエルが現れてこう、言いなすったらしい。「おめでとう、あなたのロボットは心を持ちました。神はあなたと共におられる」

これが世界に流されるやいなや、まさに神が与えて下さった奇跡!やら、物理学における歴史の集大成である!まさに科学と宗教の融合だ!などと宣うものまで現れる始末だった。

他にもA社と対立関係にあるB社という会社があった。それまでB社はA社をひどく敵対していた。しかしB社は心をもったロボットに祝福を示した。そして心をもっているという証のハートマークをA社に寄贈したのだった。それはまさに市場対立を超えた友情だ。すこぶる爽やかなる世界に、そのやりとりを見ていた一般人も胸が熱くなった。青年もA社にいる人間ということで鼻高々になっていたのだが、それはそう長くは続かなかた。

ある日、青年のロボットはボロボロの状態で帰ってきた。腕のアームはへし折れ、腹部の部品が露出しており、オイルが漏れてそれを止めた形跡があった。

「いったいどうしたというのだ。こんな姿で帰ってきて。こんなこと今までになかったぞ」

青年はすぐにA社に問い合わせた。A社は、「あなたのロボットは心をもったロボットと同じ部署なのです。今まで同じ様に働かせていたのだが、心をもったロボットに危険な仕事をさせるわけにもいかない。しかも心をもったロボットはその危険な仕事を引き受けたくないと言っているのだ。だから代わりに君のロボットに仕事を引き受けてもらっているのだ」と回答した。青年は不公平だと考えた。だが確かに心をもってしまったロボットは危険な仕事をやりたくないと考えるのも理解できた。この一見矛盾した現象に青年は煩悶とさせられた。毎日ボロボロになって帰宅する自分のロボット。給料も補修費用でシャボン玉の様に飛んでいく。心をもったロボットの所有者はチャットでも人気になっており持ち上げられる機会も増えた。何より青年を苛つかせたのは、同じ部署にも関わらず、心をもったロボットの所有者の方が良い生活をしている様に見えたことだった。次第に青年の生活は、精神状態と比例するように荒れていった。

ある日の朝、ついに我慢ならなくなった青年はA社へ苦言を呈した文章を送った。

「拝啓A社様。青年でございます。ご承知の通り、心をもったロボットと同じ部署のものでございます。文句を言うつもりはありませんが、心をもったロボットより私のロボットの方がよく働いています。のでその分、お給料をあげて欲しいのです。修繕費もばかにはなりません。それが拒まれる様でしたら、心をもったロボットにも同じ仕事をやらせて欲しいのです。ぜひ、ご一考いただきます様お願い申し上げます。かしこみかしこみ、恐縮です」

送信後、すぐにA社から返信がやってきた。

「あなたは人間至上主義者ですか。そうであればあなたを非常に古い価値観をもった、心の狭い人間とみなさずにはおれません。あのロボットは心をもっています。私たちと同じなのです。そんなロボットに危険な仕事を任せられるわけがないでしょう。あなたの言い分は、ただの僻みに過ぎません。なんせ心をもったロボットは周りから注目されているのだから。あなたは人のことを思いやるということを学ぶべきだ」

A社は自分たちの先進的な意見を気に入っていたし、世間的に見てもこれが正しい判断だとも思っていた。青年はそれでも自分の意見には一理あると考えていた。青年は世間へ向けて自らの心境と待遇を語った。そしてA社から送られてきた無慈悲な文章も公表した。青年の意見は、世間で一定数支持されると考えていた。だがその希望的観測は見事に崩れたのだ。青年に対する批判の大洪水は、青年の心の堤防を決壊させるには十分な威力だった。青年は会社からも世間からも見放され、誰からも理解されないこの苦しみによるべない気持ちを感じ、うちしおれた。

一方、A社は世間から礼賛された。まさに先進的な思想だ。これが新たな時代への幕開けだと言わんばかりだった。世間の声が、A社から青年を追い出すのに時間はかからなかった。青年は見事に解雇される運びとなってしまった。世間はおしなべて、自分たちの意見が最も正しく、慈愛に満ち溢れ、頑として青年の意見は聞き入れないという信念があった。青年の解雇当日には、人々は聖杯が祀ってある公園に集結した。そして喧しいBGMを響かせ、自分たちの思想に酔いしれた。あるものは酒を飲み、あるものは叫び、あるものは踊り狂ったのだった。そのどれらも自らの正義を振りかざした者たちで、見えないものには蓋をするかの如くその場の雰囲気に陶酔したのだった。

それからしばらくして青年のもとを訪ねる男があった。その男の黒い髪は七三に整えられており、目はギラリと光っている。いかにもやり手に見える様相を醸している。

「はじめまして、私はB社に勤めているものです。最近は大変でしたでしょう。そう気を落とさずに。我々はあなたの意見に賛成だったのです」

「それで、何の用でしょう。ただ慰めにきたわけではなさそうだ」

B社の男は単刀直入に提案した。

「どうでしょうか、うちで働きませんか。うちには心をもったロボットもいませんし、給料も他の方々と不平がない様にいたしますよ」

職に困った青年には神の恵みに思えた。二つ返事で了承し、次の日からB社へとロボットを向かわせた。心なしかロボットもご機嫌に見えた。

七三に分けられた髪型の男は、白く広い一室へ入っていった。そこにはB社の社長が腕を組んで座っていた。

「状況はいかがですか」

社長は柔らかく問いかけた。

「はい、あの青年ですが我が社へ入社していただきました」

「それはよかった。これでまたA社の戦力を削げました」

「はい、それにしても心を持たせるためのプログラムを開発したのは大当たりでしたね。そのプログラムをA社のロボットに仕掛け、A社の業務を非効率にする。まんまと感情に流されたA社はこれで衰退し、我がB社の時代がくるというものです。まあ、万が一ばれた場合でも、ロボット自身に心を欲するかどうかの決断をする権利も持たせましたし、責任は問われますまい」

「ああ、君のいうとおりだ。それに今から方向転換をしようにも世間が許してはくれないだろう。もっとも非効率的になったことにも気づくかどうかも怪しいものだ」

そう言うと社長は、壁にかけてあった、西洋アンティーク絵画のずれを正した。社長は心なしか、その絵に描かれている裸体の男女が、ふっとお互いに微笑みあったような気がしたのだった。


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心をもったロボット 浜辺士郎 @jaapj

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