第5話

 綾香がベッドの上で寝たきりとなる前は、二人はよく施設内の庭園でデートをした。


 綾香が座る車椅子を黎人が超能力で動かして、二人は横に並んで移動しながらデートを楽しんだ。


 綾香が植え込みや花壇の花がきれいだと言うと、黎人はその花を摘んできて、綾香の手に持たせた。


 綾香が木の上のイチョウの葉が見たいと言えば、黎人は超能力でそれを動かし、彼女の手許てもとまで運んだ。


 綾香の誕生日には、花壇から山ほどの花を摘んで抱えきれないほど大きな花束を作り、それを超能力で浮かせて彼女の前まで運ぶと、車椅子の彼女の前で膝をついて頭を垂れ、花びらを雪のように彼女の周りに舞わせて見せたりした。綾香はさすがに困った顔をしていたが、黎人が必死に考えた演出なのだろうと思うと可笑しくなり、つい噴き出してしまったものだった。黎人もそれを見て噴き出し、二人で大笑いした。ただ、黎人が綾香の目を見て、「綾香もやっと十八歳だから、これで二人とも成人だね」と微笑んで後、小さな声で「もう結婚できる歳だよね」と言った時は、綾香は熟れた柿のように顔を真っ赤にして下を向いていた。そんな綾香の赤い頬に黎人はそっとキスをした。今度は驚いた顔になった綾香は、湧き出る笑顔を必死に抑えて手で顔を扇ぎながら、向こうの庭園は紅葉がきれいだとか、夕食のおかずは何だろうと関係のない話をして繕い、高鳴る鼓動を隠していた。


 そんな彼女の背後に回った黎人は、超能力を使うことはせずに、彼女の車椅子を手で押して移動した。病気の事を考えて急に涙を流し始めた綾香の顔を見ていられなかったからだった。


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