第4話: ボクは人間のことを知りたい。
ううっ、頭が痛い……。
ボクがあの子を殺した日から、何日たったかな……。もうずっと外の様子を見てないから、時間の感覚が分からないや……。
ご飯も食べてないなぁ。でも、全然お腹空いてないや。もしかしてまだ1日しかたってなかったりする?
……わかんないや、なにも。
ボクはただ、あの人間たちをどうにかして説得したかったんだ。ボクを殺そうとしてきたのはただの勘違いなんだ。
だから、ボクからは手を出さなかった。あくまでも友好的に接した。実際、一人はボクの友達になった。この調子でほかの人間もどんどんボクの友達にしたかったのに……。
ジェントが、邪魔をした。
ジェントもボクの友達だし、いろんなことを教えてくれる。ボクはそんなジェントが大好きだった。
だけど、人間を殺せって言われたときは、なにか抵抗があったんだ。折角の友達を殺すなんて、そんなのやりたくない。
でも、あのときのボクは、ジェントの言うことは全部正しいって思ってたんだ。この人間は友達じゃない、いつかはボクに牙を剝いてくる。そう言われて、……。言われるままに、ボクはあの子にブレスを吐いた。
でも、死んでいくあの子の言葉と感情を見て、ボクは気づいたんだ。
あの子は、本当にボクと友達になったと思ってたんだ。
ボクの、生まれて初めての人間の友達は、ボクのせいで死んでしまった。
人間の友達を殺したあと、突然ボクの身体は
重くなって、動けなくなった。今ボクがボクの部屋にいるのは、たぶんジェントか誰かがボクを運んでくれたんだ。
みんな、ボクのことを最強だとか言ってるけど、全然違う。ボクは友達一人守れない、か弱い子供のドラゴンだ。
ボクがもっと強かったら、あんなことにはならなかったかもしれない。
今更後悔しても遅いけど……。
「コリュー様、入ってもいいですか?」
ドアの向こうから声が聞こえる。
この声と気配は……、んー、リリアナ? 帰って来たんだ。久しぶりだなぁ。またボクと遊びに来たのかな?
でもごめんね。今は何やっても楽しくないんだ。今のボク、なんだかおかしいんだ。
……ていうか、返事してないのに勝手に部屋に入って来てるし。足音をたてないようにボクのところにきてるけど、気配と空気の流れでわかるよ。
まぁ、いっか。久しぶりにお話しよ。
……と思ったけど、身体が動かない。しょうがない。寝たままお話しよ。
リリアナがボクの身体に乗ってきた。
「コリュー様。寝たフリしてても無駄ですよっ!」
「寝てないもん。起きたくないだけ」
リリアナが4本の脚でボクの身体を踏みつけてくる。……あれ、ボク痩せた? いつもと感覚が違うぞ。
「コリュー様〜、いくらドラゴンでもこう何日も何も食べないと身体に悪いですよ〜」
「……ボク、何日前からこうなってるの?」
「ジェント公爵によると、14日前からだそうですよ」
そんなにたってるの!? あー……、みんなには心配かけてるだろうなぁ……。
あーあ、なんか余計に気分が沈んできた。身体までお布団に沈んでいく。なんでボクはこんなにもダメなんだろう?
「私、今日はコリュー様の隣で寝たい気分なんですよ〜」
「えぇ? ボクの隣?」
リリアナってば変なこと言うなぁ……。別にボクの隣で寝てもなんにもないのに。
「そうですよ。長旅から帰って来て疲れたんですよ。さっきまで人間に追われていましたし、親友のコリュー様の側にいたくなる気持ちが湧くのは当然ですよ〜」
リリアナはそう言うと、ボクの顔の前に飛び降りた。彼女の姿が目に入ってくる。相変わらず可愛らしい見た目をしてるなぁ。
長く生えた8本のヒゲに、小さな三角形の耳、青く輝く瞳、サラサラな毛並み。
口から見える輝く牙、背中に生えてるスパイク、肉付きの良い胴体と4本脚、尻尾の先に付いてる花の形をしたおっきい口。
メルコスタイガーと呼ばれているリリアナは、普通のトラより2回りくらい大きくて、とても珍しい種類の魔物だ。
そして、ボクの大事な友達の1匹でもある。
「じゃ、失礼しますねっ! ……んしょっと。ふぅ、あったかいですねぇ……」
リリアナがボクのお腹の下に横になって丸くなった。
「うーん、やっぱりコリュー様軽くなってる。これ以上痩せられると私でも運べる重さになっちゃいますねぇ〜」
「ごめんね。今はご飯食べる気になれないんだ。ボクのことなんて気にしないで、リリアナの好きなようにしてよ」
「じゃあ、私の好きなようにしますね。えいっ!!」
リリアナはボクの下に潜って、顔と尻尾のお花だけを出した。そして、ボクのほうを光る目でギラリと見てきた。
ボクは思わず身震いしちゃった。だって、なんだか獲物を狙う肉食獣みたいな表情だったんだもん。
「……ど、どうしたの? まさか、ボクを食べようとしてないよね?」
ボクがこう言うと、リリアナはキョトンとした表情を見せたあと、目を細めて笑い出した。
「グフフッ、私がそんなことするわけないじゃないですか。私はただ、コリュー様の側で一瞬に寝たいだけですよ〜」
怖いよ、光る牙を見せながら笑うんだもん……。でも、ボクを心配してくれてるんだよね。……? そうだよね?
「ところで、少し前に私達の領土に侵入し、魔物らを傷つけた人間共を始末したそうですね」
「……」
……今その話題を出す? ボクはそのことでこうなってるんだけど
リリアナは驚いた表情でボクを見る。
「……? 何かあったんですか?」
「ジェントから聞いてないの?」
「ジェント侯爵からは、人間を始末した、とだけ聞いています。コリュー様の体調が悪くなったのもその後だと」
そっか、リリアナには言ってないのかぁ。気が利かないなぁ……。
「……あの人間はボクの友達だったんだ」
「友達? それはどういうことでしょうか?」
リリアナは、さっきまでのおどけた口調とは一変、真剣にボクの話を聞いている。ボクは、あのときのことを全部話すことにした。殺さずに帰ってもらおうとしたこと、一人だけ、確かにボクの友達になったこと、その友達をジェントに言われるまま、殺したこと……。
全部話し終えると、いつの間にかボクの目から涙が流れ落ちていた。情けないなぁ……。もう泣くような歳じゃないのに。
「……コリュー様、悲しいんですね」
リリアナがボクに顔を近づけて来た。さっき見せてきた、からかうような獰猛な笑みじゃなくて、優しい微笑みだ。
「うん、すごく悲しかった。ボクがしっかりしてたら、あの子を殺さずに済んだかもしれない。はぁ……」
ボクがため息をつくと、リリアナが鼻先でボクの頬を撫でてくれた。
「分かりますよ、その気持ち。嫌になっちゃいますよね」
「……そうだね」
「そう思うことができるコリュー様って、優しいんですね」
「うーん、そうかな?」
「そうそう。先代竜王様とは大違いですねー」
先代竜王様、ねぇ。たまに話を聞くけど、どんなドラゴンだったんだろう? ついでだから聞いてしまおう。
「先代竜王って、どんなドラゴンだったの?」
「典型的な独裁主義者。人間だけでなく、私達魔物ですら好きなように使いまわし、気に入らなければ滅ぼすことも厭わないお方でした」
「最悪じゃん!」
ボクは思わず身体を起こした。そんなドラゴン、最低だよ!
「そうですね。でも、当時の私達はそういうものだと思い、特に違和感は感じませんでしたね」
「そうなんだ……。リリアナ達が可哀想だなぁ」
「でも、コリュー様に会えたので全然問題ありません!」
リリアナが嬉しそうに尻尾を振り回している。可愛いなぁ……。
「ところで、まだ寝てなくて良いんですか?」
「え? あっ!! ボク起きれてる!」
ボクは身体を起こしていることに今気づいた。なんでだろう? それより、身体が動くぞ!
「コリュー様、今日から食事はきちんと食べてくださいね。そうしないとまた倒れてしまいますよ?」
「分かったよリリアナ。ありがとう!」
まさかリリアナに元気つけられるとは思わなかったよ。
……ん? まって。先代の竜王がそんな感じだったとしたらさ、それってつまり……。
「リリアナ。もしかして、人間からの竜王のイメージって最悪なの?」
「まぁ……、はい。そうですね」
リリアナが苦笑いを浮かべている。
あちゃ〜やっぱりかぁ、これは困ったなぁ……。
でも、一つ分かったかもしれない。
あの人間たちが、どうしてボクを殺そうとしてたか。
多分だけど、先代の竜王があの人間たちの住む街を滅ぼしてたんだと思う。ボクはそんなことしたことないし、そもそもこの住処から出たこともない。
竜王、すなわちボクのイメージが悪いとなると、また誰かがここにやってくるかもしれない。そのたびに戦うなんてしたくないし(戦えば絶対負けないけど)、また今回みたいに寝込んじゃったらみんなに迷惑かけちゃう。
「コリュー様、どうしましたか?」
黙って考えごとをしてたら、リリアナがボクの肩に乗ってきた。モフモフで暖かいなぁ、思わずほおずりしちゃった。
「……ねぇリリアナ。ボク決めたよ」
ボクは自分の意思を伝える
「ボク、旅に出る」
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