第2話: その人間はボクを殺す気でした。

 俺たちが此処に来た目的は、ただ一つ。竜王を倒し、世界に平和を取り戻すためだ。長い旅と修行の末、ようやく竜王の根城へたどり着いた。だが、ここの敵の戦力は大きいものだった。想像以上に苦戦を強いられていたその時、予想外のことが起こった。突然魔物たちが撤退し始めたのだ。

「何だ? どうしたんだ?」

 困惑の色を隠せない俺、そしてそれは、仲間達も同じだった。

「確かに、何かがおかしいな……」

「そうだよねお兄ちゃん! いつもの魔物さんはもっと元気いっぱいに戦ってくれるもん!」

「……血気盛ん、と言いたいのかな、ミーシャ? ふふっ。確かに、その方が彼ららしいと思うけれどね」

「くそっ、一体何が起きてるってんだよ」

 俺は思わず舌打ちをする。

「まぁ、邪魔者がいないならマシじゃね? さっさと竜王のところに行こうぜ」

「待ちなさいコロドス、ふふっ。ここは相手の陣地。罠が仕掛けられていてもおかしくないのですよ」

「確かにその通りだな、ラミア。だが、ここで突っ立っていてもしょうがない、ひとまず前進するぞ」

 そんな会話をしながら歩いていると、突然ミーシャが声を上げた。

「あっ、お兄ちゃん! あれ見て!!」

 ミーシャが指す方向を見ると、上空に巨大なドラゴンの姿があった。その姿を見た俺は一瞬にして理解した。あれが俺たちの標的、竜王だ。禍々しい輝きを放つ赤い模様が、漆黒の身体を走っている。また、自身の巨体を持ち上げるほどの巨大な翼。他の竜とは一線を駕す存在感を放ちながら近づいてくる、それはまさに王と呼ぶにふさわしい風貌であった。

 まさかこんなにも早く竜王の姿を見られるとは思わなかったが、こちらとしては話が早くて助かる。

 俺達はそれぞれの武器を構える。竜王が目の前に着地すると、地震のように地面が大きく揺れた。

「きゃっ!」

 ミーニャが足を取られて転びそうになる。

「あっ! ミーニャ、大丈夫かい?」

「う、うん! 平気!」

 心配そうに話しかけてきたラミアに対し、ミーニャは笑顔で答える。

 竜王が真っ直ぐと俺達を見つめる。仲間の緊張感がひしひしと伝わってくる。無理もない。あの竜王からは並々ならぬオーラを感じる。俺達が竜王の出方を覗っていると、


「えーっと、こんにちはー」


 竜王はなんと、我々人間の言葉で丁寧に挨拶をしてきたのだ。しかも、その見た目からは想像できない、子供のような高い声だった。これにはさすがの俺達も呆気に取られた。この巨体で、一体どこから出たんだと思うほど甲高い声で挨拶をされれば誰でも驚いてしまう。もし本当にこいつが竜王なら拍子抜けにも程があるが、油断は禁物だ。

「……お前が竜王なのか?」

「うーん、そうとも呼ばれてるけど。ボクの名前はコリューだよ。よろしくね」

 こいつのおどけた口調に調子を狂わされる。いや、もしかしたら作戦の一部なのかもしれない。

「君たち、アステラ国から来たでしょ。ずいぶん遠いはずなのによく来たねー」

「な、なぜ知っている!?」

「なぜって、キミたち今アステラ語じゃべってるでしょ? ほかの国でしゃべってるところなんて知らないし」

 なんと、竜王は俺たちが話している言語で出身を言い当ててしまった。

 ……確かに、アステラ語を話しているのはアステラ人くらいだが、そのことを理解している魔物がいるとは思わなかった。

「ところで、こんなところまで何しに来たの? どうやら、"ボクを倒す"とか言ってたみたいだけど?」

 聞こえていたのか。いや、もしかしたら、魔物から報告を受けたのかもしれないな。

「ああ、そうだ。悪いが、お前には消えてもらうぞ」

「どうして?」

「それはお前が一番分かっているだろう? 敢えて言うなら、いくつもの国がお前の魔物によって滅ぼされているからだ!」

「えっ!? そんな、何かの間違いだよ! だってそんなこと一度も命令してないもん!」

「いいや、これは紛れもない事実だ。実際に、俺たちがここに来るまでに魔物たちによって壊滅した街や国をいくつも見てきた」

「そんな……」

 竜王は明らかに動揺している素振りを見せるが、恐らく演技なのだろう。

 そもそも、今更言い逃れなんてできやしない。証拠を出せと言われれば、こちらはいくらでも出せる。


「俺たちは国王の命を受けて派遣された精鋭の部隊だ。もう言い逃れはできない。観念しろ!」

 俺は剣を構え、竜王の首元に斬りかかる。竜王と俺と交差した次の瞬間、俺の手から剣が消えていた。

「何っ!?」

「……危ないなぁ、いきなり攻撃するなんて」

 ふと竜王を見ると、俺の剣が鋭い牙で咥えられていた。俺はすぐさま腰の銃を抜き、魔法の弾を発射した。竜王は避けることが出来ずに被弾している。この魔法弾はかすっただけでも毒を回らせる。これでいくらかは動きを封じることができるだろう。


「おらぁ! これでもくらいな!!」

 コロドスが自分の身の丈を超えるハンマーを持って竜王に殴りかかっていた。すると竜王は素早く振り向き、ハンマーの一撃を片手で受け止めた。ゴォン! とぶつかり合う音が鳴り響いた。

「なっ……! 俺の攻撃を防ぐなんてあり得ねぇぞ!?」

「ボクは力勝負で負けたことないよ」

 コロドスはたまらず後ろに飛び退き距離をとる。


「ふふっ、流石は竜王といったところでしょうか。では私も応戦致しましょう」

 ラミアは風魔法を駆使して宙を舞う。まるでトンボのようなジグザグなフェイントを繰り返し、素早い動きで竜王に近づく。そしてすれ違いざまにレイピアで竜王に斬りかかる。しかし、竜王は全く無駄のない動きでレイピアを指先で捉えたのだ。

「なんと……、私の動きが読まれるとは」

「フェイントが多すぎて、パターンが読めちゃったよ」

 竜王はそう言うと、ラミアを宙に放り投げる。ラミアは慌てず着地した。


「いくよー、竜王さん!」

 ミーシャは竜王に向かって駆け出し、短刀を振りかざす。すると竜王は爪を伸ばし、短刀の攻撃を防ぐ。

「えいっ!」

 ミーシャはさらに攻撃を仕掛けるが、全て爪で防がれてしまう。しかし、ミーシャの攻撃手段は短刀だけではない。

 ミーニャのもう一つの武器、攻撃魔法だ。むしろミーニャの主力攻撃はこちらだ。竜王が短刀の攻撃に気を取られているその隙に、真下から巨大な針山を突き出す。この不意打ちを防ぐことは不可能。

 ……のはずだったのだが、竜王は針山の頂上を手で掴み、逆立ちの姿勢で立っていた。これにはさすがの俺達も唖然としてしまった。

「ふぅ……、あぶなかった」

 竜王は針山から手を離し、音もなく地面に着地した。

「そこの女の子が一番センスあるね」

「ほんと!? やったー!!」

 この場に及んでも能天気なミーシャとは裏腹に、他の仲間は皆険しい表情を浮かべている。


 やはり只者ではない。こいつが本気を出したらまず勝てないだろう。しかし俺には奥の手がある。それを使えばきっと竜王を倒せるはずだ。

「これで終わりだ、サンフレイム!!」

 俺は詠唱すると、巨大な火の玉を作り出した。今まで使ったことはないが、この究極魔法ならいくら竜王であろうと消し炭になるはずだ。

「あ、それならボクもできるよー」

 竜王がそう言うと両手を向かい合わせ、手の中で同じ規模の火の玉を作り出した。まさか竜王もサンフレイムが使えるのか!? いや、今はそんなことはどうでもいい。俺はこの一撃で竜王を倒す!

「でやぁ!!」

「それっ!!」

 俺と竜王が同時にサンフレイムを放った。お互いの火球が激しくぶつかり、その場で大爆発を起こした。

「熱っ!! まずいな……」

 辺り一体に無数の火の粉が飛散する。凄まじい熱風も相まって、今この場所は非常に危険な環境となった。一刻も早くここから離れなければ……。だがその時だった。

「きゃああ!!」

 遠くからミーシャの悲鳴が聞こえてきた。火の粉が足に直撃しまったようだ。ミーシャの動きが鈍くなっているのが見える。このままでは危険だ! 俺が危険を承知でミーシャに駆け寄ろうとしたその時だった。

 俺よりも速い存在が俺を追い抜いた。竜王だ。それは一直線にミーシャへ向かっている。まずい、この距離じゃ俺の剣でも追いつけない。

「ミーシャ!!」

 俺が叫んだ時にはもう、竜王はミーシャに腕を伸ばしていた。竜王の爪先がミーシャの肩に触れようとしている。

 それでも俺は走り続けた。俺がもう少し早く動いていれば……。後悔しても遅いことはわかっている。だが、諦めるつもりはない。

 俺は走る速度を上げ、全力で跳んだ。そしてそのまま竜王の腕を斬りつけた!

「いたっ!!」

 竜王が痛みで声を上げる。よし、初めて攻撃が当たったぞ! このまま追撃をしようと振り返ったその時、思わず足を止めてしまった。あり得ないものを見てしまったからだ。

 ミーシャだ。ミーシャが竜王の手のひらから俺を見下ろしていた。なぜミーシャがそんなところにいる!?

「……助けてくれたの?」

「うんっ!」

 ミーシャが竜王に話しかけると、竜王もそれに答えた。俺は混乱しながらも、なんとか状況を理解しようと頭を働かせた。……が、分からなかった。

「ミーシャ!? お前何してるんだ!?」

 俺がそう聞くと、ミーシャは笑みを浮かべながら答えた。

「お兄ちゃん! 竜王さんが火傷を治してくれたの!」

 よく見ると、火傷していたはずのミーシャの足は、綺麗に元通りになっていた。一体どうなっているのか? 俺は竜王に視線を移した。竜王は腕の傷を治癒魔法で治しているところだった。

「お前、ミーシャに何をした!?」

「火傷してて危なそうだったから助けてあげたんだよ。にしてもさっきは痛かったよー……」

 そう言って竜王は頬を膨らませた。まるで子供のような態度に戸惑ってしまう。

「おい! 大丈夫か!?」

「ミーシャちゃんは無事なのですか」

 コロドスとラミアが駆けつけてきた。二人は竜王の手の上に乗ったままのミーシャを見て驚いていた。

「ミーシャ何してんだ!! そいつは竜王なんだぞ!!」

「知ってるよ!! でも……」

 ミーシャが言葉に詰まっていると、竜王が腕を下げてミーシャを降ろした。

「キミたちがボクのことをどう思ってるかは知らないけど、ボクはキミたちと戦う気は一切ないからねー。これだけは覚えておいてよね!!」

 竜王は俺たちに向かって人差し指を立ててきた。その姿はやはり子供のようだった。

 俺はしばらく警戒していたが、本当に戦う気がないのか殺気が感じられない。


「ああっ!?」

 突然ラミアが悲鳴を上げた。見ると、人間の背丈ほどの巨大なタカの魔物に襲われ、脚で踏み付けられていた。

「あ、この野郎!」

 コロドスがすかさずタカにハンマーを振るう。しかしタカは軽々避け、コロドスの手に噛み付いた。というよりは噛み砕いた。

「ぐあああぁぁぁぁ!!」

 コロドスが痛みで叫ぶ。俺は火球をいくつか飛ばしタカを打ち落とそうとした。するとタカは翼で風を起こしたかと思うと、俺が放った火球をすべて俺に跳ね返した。

「ぐああぁぁ!!」

 このとき俺はすべてを悟った。竜王はこれがしたかったのだ。竜王に気を取らせておき、伏兵に倒させる……。

 迂闊だった。最初に魔物をこの場からいなくしたのもこのためか……。こんなにも簡単に嵌められてしまうとは情けない……。

 自分の甘さを悔やみながらも、俺の意識は途絶えてしまう……。

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