竜王、旅に出る。

カービン

プロローグ

第1話: ボクの領土に人間がやってきた。

 空に浮かんでいるお月さまは、きれいな丸い形をしていた。ボクはちょっと前に、あのお月さままで飛んで行こうとしたことがあるんだ。でも、途中で息が苦しくなって、仕方なく帰ったんだ。きっとお月さまは、誰も寄せ付けないような強力な魔法を使っているに違いない。


 ……ちょっと驚いたね。その気になればこの世界をめちゃくちゃにできるボクにも、できないことがあったなんてね。

 でも、あのお月さまは、ずーっと遠い場所でひとりぼっち。さみしくないのかな? そんなお月さまに、ボクはガオーって大きい声で呼んでみた。

 ……やっぱり、返事はないや……。


 そんな時、何かがバサバサっと音を立ててボクのところに飛んできた。

「コリュー様!? こんな夜中に咆哮とは一体何事ですか!?」

 それはボクの友達のジェントだった。ジェントはかなり焦ってるみたいにバサバサとボクの顔の横に飛んで来た。


「あ、ジェント。起こしちゃった?」

「そりゃあ起きますよ! ただでさえコリュー様の声は大きいのですから。私だけでなく、配下の魔物たちも驚いて飛び起きていますよ!」

「えへへっ。ごめんね」

 ボクは大きな体を縮こませながら謝った。するとジェントは、「全くもう……」って言いながらボクの肩の上に乗ってきた。しっかりとした爪でがっしり掴んでくるからくすぐったいし、羽をたたむときの風がボクのほっぺたに当たるからもっとくすぐったい。でもいつものことだし、慣れっこだから大丈夫。


「それで、どうなさったのですか?」

「お月さまとお話ししてたの」

「…………はい?」

「えっとね、『なんでお月さまはそんなところにいるの?』って聞いたんだけど、何も言わないの」

 ボクがこう言うと、ジェントはなぜか大きなため息をついた。

「……コリュー様。月はしゃべりませんよ。月というものはただの大きな石ころ。今この場にある石ころだって、言葉を発することはありません」

「そんなの、やってみないと分からないじゃん」

 ボクが笑いながら言うと、ジェントは困ったように羽を頭に当てていた。

 別に困らせようとしてるわけじゃないんだけどね。ジェントは頭が良いから、その分考えることも多いんだろうね。


「コリュー様。わかっているとは思いますが、あなたは高貴なドラゴン。しかも、この世界の頂点に立つ竜王様なのですよ。そろそろ子供からは卒業して、しっかりして頂かないと困ります」

「ボクが子供だって? やだなぁ、ジェントの方が年下じゃないか」

「確かにおっしゃる通りですが、これでも私は何百年もコリュー様の側近として、任務を果たしているのです。それに、私より遥かに長く生きていらっしゃるコリュー様であれば、いつまでも遊び心ではいけないことくらい、わかっていてほしいものです」

「う~ん……。なんか難しい話になってきたなぁ。とりあえず寝よっと」

「あ、こらっ! 逃げないでください!」

 ボクはその声を無視して寝床に歩いて行く。ジェントはボクの目の前でバサバサと飛んでる。通せんぼのつもりなんだろうけど、ボクが進むとジェントはなぜか後ろに下がる。くちばしで顔をつつきに来てもいいのに、ジェントは優しいから絶対やって来ない。


 ボクが寝床で横になってあくびをすると、ジェントが「まったくもう……」って言いながら片翼を勢いよく開いた。すると、ボクの部屋の明かりが一斉に消えた。

「さて、くれぐれも今夜は静かにお願いしますね。それでは、おやすみなさいませ」

 去り際に丁寧に頭を下げるジェント。部屋から飛び去っていくその背中に向かって小さく手を振って、今日一日の出来事を振り返る。


 朝は飛竜やグリフォンたちと空の散歩をしたなぁ。東に向かって地球をグルっと1周してたんだけど、途中で雨が降り出しちゃって、ボクが傘になったっけ。

 昼はジェントとお勉強。この世界のこととか、魔法のこととかをたくさん教えてくれた。ジェントはボクよりも物知りだけど、ジェントは誰から教えてもらったんだろう?

 夜は魔物たちと格闘ごっこ。暴れたがってる魔物さんたちがいたからボクが相手になったんだ。いつも勝つのはボクなんだけどね。

 ふと空を見ると、お月さまも雲の毛布をかぶるところだった。ボクもそろそろ寝ようかな。それで明日もいっぱい遊ぶんだ!


 /*-*/


 次の日、ボクは跳ねるように起き上がった。外を見ると、まだ太陽は登っていなかった。こんなに早く起きてしまうなんて珍しいなぁ。不思議と目覚めが良いけど、気分はあまり良くない。なんだか変な感じだなぁ……。

 とりあえず、手足と翼と尻尾を伸ばしてストレッチをしてみる。うーん、ちょっとは楽になったかな。さて、誰か早起きを見つけて遊んでもらおーっと。

 って思ってたら、ジェントの部屋からバサバサって音が聞こえた。

 ジェントも起きたみたいだね。折角だからジェントに遊んでもらおうかな。


 ボクはジェントの部屋に行くと、ジェントがまっさきにボクに気づいた。

「おや? これはコリュー様。おはようございます。ずいぶんとお早いですね?」

「うん、なんか目が覚めちゃった。それよりさ、ちょっと遊ぼうよー」

 ボクが遊びに誘うと、ジェントはしばらく何も喋らずにボクを見つめてた。

「コリュー様。もしかして、体調が優れないのでは?」

 ……わーお。どうしてジェントはすぐに分かっちゃうんだろう? 何も言えずにいると、さらにジェントが続ける。

「実は、私もつい先程、変な感覚に襲われて飛び起きたところでしてね。まるで、体の中身が全てひっくり返されたような。……何やら嫌な予感がしますね……」

 ……ボクだけじゃなかったのか。なんだかさっきまで元気だったはずなのに、急に体が重くなった気がする。

 すると、部屋の外からバタバタと慌ただしい足音と悲鳴が聞こえてきた。その音を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。ボクはとっさに窓から首を出した。

「ど、どうなさいました!?」

 ジェントも一緒に窓のところにやってくる。どうやら場所が遠すぎて、ジェントには悲鳴が聞こえてないようだ。でも、ボクにはすぐに悲鳴の正体が分かった。

 ボクの家から4km離れたところ、テルート大陸につながる洞窟の入り口近くで魔物が戦ってる。

 ……ん? あれって人間じゃないか!? しかも4人! 人間がボクの魔物さんたちと戦ってる! ボクがこのことをジェントに教えると、

「そんなバカな! なぜ人間が我々の領土に侵入出来ているのです!?」

 ジェントは驚いた様子で首を横に振っていた。

 だけどボクはそのとき、人間たちの会話が耳に入ってきた。流石に4kmくらい離れてるから聞き間違いがあるかもだけど、だいたいこんなことを言ってた。


「なかなかの軍勢だな。諸悪の根源である竜王も近いということか」

「お兄ちゃん! 竜王の城はたぶんあっちだよ!」

「ふふっ。この地に初めて足を踏み入れましたが、やはり魔物が多いですね。でも、あのドラゴンだけは別格の強さです。きっと竜王を倒すことが出来れば……」

「"出来れば"じゃねぇ! やるんだよ! 竜王ぶっ倒して世界に平和を取り戻すんだ!」

 しきりに竜王の名前が聞こえてくる。もしかして、ボクを狙ってるの? でもどうして?

 ていうか、ボクにはコリューっていうかわいい名前があるんだから、こっちで呼んでほしいなぁ。

 なんてことを考えてたら、ボクのところに飛竜が1匹飛んできた。

「コリュー様、すでにご覧になられているかと思いますが、人間が4匹この領土に侵入し、我々と交戦しております!」

 一応分かってはいたけど、こうやって詳しく教えてくれるのは助かる。

「やはりそうか……。こうなっては仕方ない。魔物たちを配置につかせなさい。あらゆる策を駆使して彼らを迎え撃つぞ!」

「いや、ちょっと待って。魔物さんを全員避難させてよ。代わりにボクが行く」

「コリュー様!? これは遊びではないのですぞ!」

「わかってる。でも、あの人間さんたちはボクに用事があるみたいなんだ。それに、戦うことだけが解決法じゃないでしょ?」

 ボクがそういうと、しばらく考えたあとにジェントは小さくため息をついた。

「分かりました。すぐに全軍に伝達します。コリュー様であれば心配ないと思いますが、無理はなさらずに。万が一、危険な状態になったときはすぐに撤退してくださいね?」

「オッケー、行ってくるね」

 こうしてボクは、人間さんのところに飛び立った。

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