第12話 農村へ買い物へ
翌日。鳥と畑の世話を終えて朝食の席に着くと、ガルヴェイルさんが思い出したように言った。
「今日だが、近くの農村へ買い物に行ってこようと思う」
「近くの農村」
そんなものがあったのか、と思うが、ここは森を抜ければ私がつい先日火炙りにされた石畳の街だ。農村があるくらい何ら不思議なことではない。
農村。どんなところだろう。思えば、私はこの世界の人とはガルヴェイルさん以外まともに関わったこともないし、一部は自給自足で生活できているため、積極的に関わりたいと思ったこともなかった。しかし、森を一人で抜けることはできないし、ここ以外の場所を見に行くことができるのであれば、今回は良いチャンスに違いない。
「私も行きたいです」
「そうか?」
ガルヴェイルさんが朝食のパンを齧りながら、何かを考え込むように唸る。何か問題があるのだろうか。
「……まあ、いけるか」
パンを飲み込んでそう呟いたガルヴェイルさんに、不思議に思って質問をする。
「何か、問題があるんですか?」
「いや、一応お前は見た目は罪人だからな……」
そうか、そうだった。私……というかフランセスカさんだけれど、火炙りで処刑されるレベルの罪人だった。この見た目のままでは、バレて捕まって再度火炙りにされるのがオチだ。いやしかし、まあいけるかとさっき言ったのは?
「だが、今の格好でフードでも深く被っていれば恐らくバレないだろう」
少なくとも人間にはな、とガルヴェイルさんが付け足す。恐らく獣人には体臭やら何やらでバレるという意味を含んでいるのだろう。
確かに、フランセスカさんのクローゼットには、私が積極的に着たいと思える服は少なかった。それほど、趣味が乖離しているのだと思う。今だって質素なシャツにエプロンドレスという出立ちだし、髪の毛も、ただ束ねただけだ。きっとフランセスカさんは、もっとお洒落に気を使って、自分を着飾っていたのだろう。髪も綺麗に編み込んだりして。これは想像にすぎないけれど……。兎にも角にも、私とフランセスカさんは、雰囲気だけでいえば似ても似つかないという訳だ。
「食べ終わったら、フード付きで羽織れるような上着を探してきますね」
「おう」
本当は最初に来た時に見た石畳の街にも行ってみたいけれど、それは過ぎた願いだ。農村では何が買えるのだろう。農作物や小麦、調味料なんかも売っているだろうか。私はこの世界に来てから初めてのちょっとした冒険に、胸をときめかせた。
露出度が高く派手な服の多いフランセスカさんのクローゼットにも、奇跡的にフード付きの羽織物が仕舞われていた。それを引っ張り出してきて羽織る。フードを目深に被ってみると、良い感じに顔が隠れた。隠しすぎるとあまりにも怪しいので、程々に調整する。
その後は、玄関で待ってくれているガルヴェイルさんの元へ駆け寄り、一緒に外へ出た。
しばらく歩いて森を抜けると、川と草原が広がっていた。少し遠くに石畳の街が見える。街は石造りの壁に囲まれ、壁の向こうにはお城らしき高層の建物の先端が見えた。森で木々に囲まれる生活をしていたせいで、開けた場所に来たことでとても開放的な気分になる。ついガルヴェイルさんから少し離れてしまっては気付いて戻るを繰り返していたところ、ガルヴェイルさんは「わざわざ近くにいなくても、お前の居場所は探知できる」と言った。
「場所が探知できるって、どういう意味ですか?」
「契約の印の効果だな。印に念じれば、お前は俺の居場所が分かるし、俺はお前の居場所が分かるようになってる」
「便利……」
「眷属の逃走防止だろうよ。忌々しい」
ガルヴェイルさんが憎々しげに舌打ちをしたため、便利な機能が付いているんですねと言いかけてやめた。そうだ、ガルヴェイルさんは、命令があればフランセスカさん……今は私の元に駆け付けなければならないのだ。契約の印に互いの居場所が分かる機能が搭載されていることも頷ける。ついでに言えば、ガルヴェイルさんが一人で行きたい場所に行こうとしたところで、フランセスカさんにはお見通しで、連れ戻されてしまうのだ。それはさぞかし不便だろう。
私はガルヴェイルさんから離れ過ぎないようにしながら、草原の花を見ながら歩いたり、小川に魚を見つければ寄っていってみたり、道行く荷馬車を眺めたりして歩いた。そうして歩いているうちに、農村らしき風景が見えてきたのだった。
畑には作物が生い茂り、農夫らしき格好をした男性と、洗濯物を抱えた女性が話をしている。ガルヴェイルさんは迷いなく進んでいき、ある一軒の家の前で止まった。
ガルヴェイルさんが簡素なドアノッカーでドアを叩くと、中から「はいよ」という声が聞こえた。遠慮なくドアに手をかけるガルヴェイルさんに付いて中に入る。
家の中には、深い緑色のケープに麻の服を纏った二足歩行のトカゲが、揺り椅子をキイキイと音を立てさせて寛いでいた。口元では、ドラマ等でよく見るパイプのような、非喫煙者である私にはとにかく喫煙具であることしか分からないものを燻らせている。煙で部屋が微かに白く霞んでいた。
「よお、ガル。久しぶりじゃねぇか」
トカゲの人が喋り、私たちに近くのソファを薦める。そこに遠慮なくどっかりと座ったガルヴェイルさんに倣い、私も隣に腰掛けた。
「そっちの嬢ちゃんは? 例の性悪魔女とは随分雰囲気が……いや、本人か?」
トカゲの人が私をじっと見る。視線が気まずくて、思わず体をガルヴェイルさんの方へ寄せて、顔を隠すように俯いた。
「匂いで分かるだろ」
「あのキツイ香水を毎回バカ真面目に嗅いでたら鼻がイカれちまう」
トカゲの人がふうと煙を吐く。白い煙が部屋に溶けていくのを目で追いながら、私がもしフランセスカさん本人であったらどうするつもりなのかと思ったが、ガルヴェイルさんは全くいつものことだとでも言うように落ち着いていた。
「そういうことを言うから魔女と折り合いが悪くなるんだ」
「金払いの悪い奴と仲良くする程暇じゃあねぇよ」
もう一度、トカゲの人がふうと煙を吐く。思わず咽せてしまうと、ガルヴェイルさんがトカゲの人に軽く視線を遣った。それを見たトカゲの人は、渋々といった様子で煙草の火を消し、テーブルに置いた。
「この女は見た目は魔女だが中身は別人だ。魔女の術で魂を入れ替えられた。名前はホナミ。ホナミ、こいつはジザロだ。商人をやってる」
「専門は武器と情報だがな。儲かるぜぇ」
「この通り、善良とは言い難いが、そこまで悪い奴でもないから安心しろ」
ガルヴェイルさんがこちらを見ながら言う。頷くと、思わず強張ってしまっていた体から、僅かに力が抜けるのを感じた。
「はっは! 随分と懐かれてるじゃねぇか、ガル」
ジザロさんが大きな口をがっぱりと開けて笑う。言われて気が付いたが、私は警戒のあまりガルヴェイルさんにぴったり寄り添ってしまっていたらしい。申し訳ないと思い慌てて少し離れる。確かに悪人に見えるわけでもないし、ガルヴェイルさんの知り合いならそう悪いようにはされないだろう。それにしても、ジザロさんは、私の見た目と中身が違うと聞いても一切の動揺を見せなかった。何故だろうか。こんな事態、さぞ驚くだろうというのは、私の感覚でしかないのだろうか。やはり魔法のある世界の住人は違うな……。
「……驚かないんですか?」
「なにが?」
「その、体と、中身が違う? とか、聞いて……」
「ま、情報屋なんかやってると、吃驚するようなことなんて腐るほどあるしな。しかし、魂の入れ替えなんて術があるのは噂には聞いていたが、実行する奴がいるとは思わなかったぜ」
ジザロさんは揺り椅子をキイキイ鳴らしながら思案するようにして、「それに、成功した奴がいるって話は殆ど聞いたことがねぇなあ」とゆるゆる言う。あの女ならやりかねないがな、とも。
そういうものなのか。フランセスカさんは、火炙りにされて今際の際のようなタイミングで私との入れ替わりをしたというが、そんなに大変なものが、その短時間で出来るものなのだろうか。
「ジザロ、本題だが」
ガルヴェイルさんが言うと、ジザロさんが揺り椅子を鳴らすのをやめて、ガルヴェイルさんをじっと見る。真剣な目付きだった。まさに、これから商談を始める商人の目付きそのものだ。
「何をお探しかな?」
「食料品と日用品。あと衣類」
「そりゃまた……何というか、意外だな。わざわざオレに頼むような物でもないだろ」
挑戦的な眼差しを送ったジザロさんだったが、ガルヴェイルさんの答えに拍子抜けしたらしく、きょとんと目を見開いた。
「魔女は罪人だ。街をうろつくのはリスクがある。俺も一瞬だが街の奴らに姿を見られているだろうしな」
ガルヴェイルさんに親指で指され、ついスミマセンと頭を下げる。罪人はフランセスカさんであって私ではないというのに。
「ま、オレに仕入れられないものは無ぇからな。任せな」
今日のところは取り敢えず倉庫にあるもん適当に見繕って来いよ、と言われたガルヴェイルさんが、倉庫へ向かうためにソファを立つ。私も慌ててその背中を追おうとしたが、ジザロさんに止められた。
「嬢ちゃんはこっち」
そう言われて連れて行かれた先は、二階のクローゼットだった。多種多様な洋服がズラリと並んで圧巻だ。
「こっから好きなの選べよ。ついでにガルの服も何着か見繕ってやってくれ」
ジザロさんに言われ、私は首を傾げる。私が、ガルヴェイルさんの服を? ガルヴェイルさんの趣味も分からないし、自分で選んだ方が良いのではないかと思うけれど。
「ん? 何だよ、衣類ってのは嬢ちゃん用って意味だろ?」
「へっ? いえ、それは……えっと、そうなんですか……? あの、でも、ガルヴェイルさんは、服はご自身で選ばれるのでは……?」
「あいつは服とか興味ねぇよ。着られりゃ何でも良いような奴だ」
だから嬢ちゃんが選んでやってくれ。と、ジザロさんが言う。そういうことだから、あいつが服って言ったのも嬢ちゃん用ってことだと思うぜ、と言い足して、何だか嬉しそうな、けれど悪戯っぽい、にんまりとした笑顔を見せた。
「不器用で口下手な奴だからな」
ジザロさんはそう言うと、堪え切れなくなったというようにくつくつと笑ってみせた。私は大量の衣類を前に、自分の着たい服に加えて、ガルヴェイルさんの服も選べるということに、高揚感を覚えていた。
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