第13話 思い出す、家族のこと

 服を選びながら、ジザロさんとお話しをする。どうにもジザロさんは、私のことを面白がって話し掛けてきているようだった。この世界に来て話をした人はこれで二人目だ。少しずつ雰囲気が和らいできたような気がして、緊張が解けていく。


「ガルヴェイルさんとジザロさんは、どういったお知り合いなんですか?」

「あいつは昔魔女と旅をしててな、オレは行商人をやってた。旅先で何回か会って、見知った仲になったんだ」


 ガルヴェイルさんが先程言っていた言葉によると、ジザロさんとフランセスカさんは折り合いが良くないとのことだったが、旅先で会った時からそうだったのだろうか。そういえば、フランセスカさんは旅をして薬を売っていたんだっけ。ジザロさんは薬売りではないけれど、同業者と言うに近いのかもしれない。


「旅先の酒場で出くわしたこともあったな。酔って魔女の愚痴ばっか言ってたぜ」


 昼間は魔女の側で澄ました顔で突っ立ってるから、まさかあそこまで不満を持っていたとは気付かなかったなあ、とジザロさんが言う。その時に初めて、ジザロさんは、ガルヴェイルさんがただの表情の乏しい冷めた奴という訳ではないことを知ったのだと言った。

 ジザロさんがガルヴェイルさんから聞いたところによると、旅を暫く続けた後、フランセスカさんは今のドルトの街外れの森に落ち着いたのだそうだ。その後、ジザロさんも、この農村に拠点を設けた。ある日、この村で仕入れ品の整理をしていたところを偶然ガルヴェイルさんと再会し、また交流が始まったのだという。ガルヴェイルさんとジザロさんは、端的に言うとたまに飲んで愚痴を言ったり近況を報告したりする間柄だそうだ。つまりは友人ということだろう。


「ガルヴェイルさん、ご自分のことはあまりお話ししないので、ご友人からお話が聞けて嬉しいです」


 こちらも積極的に聞きもしないが、それにしても、踏み込まれるのを好かないような雰囲気がある。私としては、同じ屋根の下で暮らしている間柄なのだから、もっと雑談もしたいと思っているのだけれど。


「ま、あいつはそうだろうなぁ」


 からりと笑って答えたジザロさんに、私も笑顔を返す。ジザロさんは人当たりの良い人だ。懐にスッと入ってくる様な懐っこさに、ついつい心を許してしまう気がした。それが情報屋であるが故の演技なのか、天性のものなのかは分からない。しかし、私とジザロさんには今のところ利害関係は無いため、今はただ友人の知人として扱ってくれているだけだろう。


「……これなんか、ガルヴェイルさんに似合いそうです」


 一着のシャツを引き出して、目の前に掲げる。長身で脚の長いガルヴェイルさんはどんな服でも似合ってしまう気がしたが、私の個人的な好みも取り入れつつ、シンプルで清潔感のあるシャツにした。豪奢な刺繍に潤沢にフリルがついた、いかにもな服もあったが、ガルヴェイルさんの好みではないだろうと思い戻す。選んだシャツの手触りと、着た時の動きやすさをまじまじと吟味していると、後ろからジザロさんが呆れた声音で言ってきた。


「おいおい嬢ちゃん、ガルの方は『ついで』で十分だからな?」


 ガルヴェイルさんにと選んだシャツを握り締めながら、顔に熱が集まっていくのを感じた。つい熱中してしまったのが照れ臭くて堪らない。私とガルヴェイルさん間柄は友人と言うにも満たないようなもので、私はガルヴェイルさんの何でもないというのに、はしゃいでしまったことが申し訳なくて情けなくて居た堪れない思いがした。

 慌てて、自分の服を選ぶ。シンプルで動きやすいエプロンドレスに、ワンピースを数着、手に取って自分に当てがった。サイズは平気そうだ。


「これにします……」


照れ臭さが残る中、ジザロさんに服を差し出すと、「毎度あり」と答えて階下へ下がっていった。その背中を追いながら、まだ微かに火照っている頬を押さえる。当てた手から涼を奪い、頬が少しずつ落ち着いてきた。久々の外出で浮ついた気持ちになってしまったのだろうか。調子に乗ったというか。いけない、いけない。




 階下に降りると、ガルヴェイルさんが倉庫から戻っていた。手提げには食料品と日用品が詰め込まれている。

 先程選んでジザロさんに渡した服と一緒にお勘定を済ませると、ガルヴェイルさんはジザロさんに数点、恐らく次回購入したい商品であろう品物を言いつけて、玄関へと向かっていった。私も後に続く。

 玄関から出ようとした矢先、ジザロさんが、ガルヴェイルさんを呼んだ。立ち止まり振り返ったガルヴェイルさんを横目に、私は玄関の扉へ手をかける。念の為と一度振り返ると、ガルヴェイルさんとジザロさんは何か話をし始めているようだった。立ち聞きするのも失礼かと思い、ドアノブを回して外へ出た。玄関先で待っていれば、じきに出てくるだろう。

 玄関ドアから少しずれて、壁に背を預ける。心地良い風が吹いていた。

 なんて長閑な村だろうか。家畜と農夫の声、木々の揺れる音、前髪をくすぐる涼やかな風。子供のはしゃぎ声と、それを諌める親の、厳しくも優しい声音。

 前方で、母親と娘の二人連れが家から出てくるのが見えた。何気なく目で追ってしまう。娘は私よりも少しばかり年上だろうか。病弱そうな母親を気にかけ、明るく話し掛けながら歩いていた。仲が良さそうだ。


「私にも……」


 無意識のうちに、呟いていた。私にも、あんな未来があったはずなのに、と。

 つい先日まで、老いた両親と連れ添って歩く未来があることに、何の疑問も抱いていなかったのに。そんな未来は、もう二度と来ないのだと思うと、寂しさに胸が締め付けられる思いがした。そして、あまりの仕事の辛さに川縁へ吸い寄せられてしまったことが、どんなに両親を悲しませることになってしまっていたか、こんな事態になってようやく気が付いたのだった。


「……どうした?」


 ぼうっと親子を見ていたせいで、ガルヴェイルさんが来ていることに気が付かなかった。


「あ、お話終わったんですね」


 出かけた涙を慌てて引っ込めて、ガルヴェイルさんを見る。泣きそうな顔を隠す様に、笑って話しかけた。


「何のお話だったんですか?」


 私の顔をじっと見ていたガルヴェイルさんが、その質問を受けてふいと顔を逸らした。


「……大した事じゃない」


 村の入り口へ向かって歩き出した背中を追いかけながら、少し落ち着かないガルヴェイルさんの様子を疑問に思ったが、答えなど知る由もない。ただ、誰かと歩いていることで、寂しさが少しだけ紛れるような気がした。

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