第11話 彼の家族のこと

 朝早く起きて鳥と畑の世話をしていると、ガルヴェイルさんが朝食が出来たと呼んでくれる。食卓につくと、美味しそうな朝食が湯気を立てて食べられるのを待っている。ありがたく頂き、昼までは言葉の勉強。時々思いついた変な動作をやってみて、これではないと落胆する。

 昼食は気が向いた方が作る。昼を食べたら、家の周りを少し散歩して何があるか観察して周り、鳥や植物の世話をして、何かヒントが無いかと家の中を見てまわる。

 夕食は私が作ることが多い。毎日メニューを考えるのが大変だが、楽しみでもある。ガルヴェイルさんは何を作っても文句を言わずに食べる。それから交代でお風呂に入って、その後はガルヴェイルさんに教えてもらいながら言葉の勉強をする。少しずつ、出来るようになってきているのが嬉しい。ガルヴェイルさんが日常でよく使う単語を優先的に教えてくれるので、辿々しい日常会話くらいなら出来るようになった。フランセスカさんの本は、まだ難しい。

 そうして日々は過ぎていき、私がこの世界に来てから、二週間が経とうとしていた。


「……駄目だな」

「だめですねぇ」


 リビングのテーブルで顔を突き合わせて溜息を吐く。


「粗方の本と資料はざっと読んだが、手掛かりになりそうなもんは無い」

「こちらも色々な動作を試しましたが……」


 どれも、契約解除には至らなかった。

 はあ、と二人分の溜め息が、どんよりとした空気に溶けていく。

 どうにか空気を変えようと話題を探すが、中々出てこない。何か、何か気分だけでも前向きになれるような話題は無いだろうか。


「ガルヴェイルさんは、契約が解除されたら、何かしたいことがあるんですか?」


 何か考え込むように腕組みをしていたガルヴェイルさんが、私の質問を受けてこちらに視線をやる。私を鋭く捉えた琥珀の瞳の奥に、警戒の色が見てとれた。まだ知り合って日の浅い私には、あまり詮索されたくはないらしい。勿論、私だってガルヴェイルさんが望んでいないのに話して欲しいだなんて言うつもりはない。慌てて話題を変えようと再度口を開くが、それよりもガルヴェイルさんが話し出す方が早かった。


「……故郷に、帰りたい」


 ガルヴェイルさんの故郷というのは、どこだろう。最初に見せてもらった地図の、一体どのあたりなのかと思いを馳せる。


「魔女と契約してからは、一度も帰っていない……いや、帰れなかった。契約のせいで、魔女の側から遠くは離れられないからな」


 ガルヴェイルさんは、少し寂しそうな目をしていた。きっと、故郷のことを懐かしんでいるのだろう。家族のことを心配しているのかもしれない。

 やっとの思いで、そうなんですね、と呟いた声は、掠れてしまった。ガルヴェイルさんの境遇は、私と似ているような気がした。


「故郷には、ご家族が?」

「母親と、それから弟が二人」


 先程の警戒の眼差しはなりを潜め、懐かしむような、愛おしむような視線を机に落として、ガルヴェイルさんは語る。


「弟達は、別れた時はやんちゃ盛りだったな。今はもう、少しは落ち着いてるだろうが」


 ガルヴェイルさんは、幼い弟達と母親を残してこの街へやってきたのだろう。それも、本意ではなく、という雰囲気だ。私は胸がぎゅうと締め付けられるのを感じた。ガルヴェイルさんが故郷に帰る為にも、一刻も早く契約解除の方法を探し出そうという気持ちを強くする。

 大切な家族なら、さぞかし会いたいことだろう。私だって……。喉がひりつく。


「わっ私……ガルヴェイルさんがちゃんと帰れるように……契約を解く方法を探しますからぁ……」

「うぉっ⁉︎ 何でお前が泣くんだよ……」


 ガルヴェイルさんに言われて初めて、自分が涙を流していたことに気が付いた。慌てて手で拭うが、ガルヴェイルさんがハンカチを差し出してくれたので、ありがたく借りることにする。


「お前は俺のことを色々言うが、お前も大概お人好しというか……」


 目にハンカチを当てながら聞く。呆れたような声音に、急に泣き出すなんて情緒不安定な奴だと思われただろうかと顔を上げた。

 目に入ったガルヴェイルさんは、困ったような顔をしながら微笑んでいた。初めて見る表情だ。驚いてじっと見ていると、見られていることに気付いたらしいガルヴェイルさんが私の方に手を伸ばしてきて、少し乱暴に髪をぐりぐりと掻き混ぜたので顔が見られなくなってしまった。わわ、と思わず声が出る。


「……ありがとうな」


 あまりに小さく呟かれた言葉に、きっと反応したらガルヴェイルさんは照れてしまうだろうからと、聞こえないふりをした。

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