第7話 ふたりきりの音楽会
その日の夜はガルヴェイルさんがお夕飯を作ってくれた。普段生活している小屋に干し肉を吊るしてあるとのことで、持ってきて焼いてくれるようだ。私はキッチンでガルヴェイルさんの作業をじっと見ていたが、ガルヴェイルさんが度々やりづらそうにこちらを見てくるものだから、キッチンの棚を開けて何が入っているか確認したり、調味料はどのようなものがあるのか調べることに没頭することにした。
この家の主食はパンのようで、バスケットにはパンが詰められていた。小麦粉らしき袋もある。開封済のワインと思われる瓶があるが、いつ開けたものだろう。瓶に詰められたスパイスの中身はよく分からないが、独特の香りを放っている。塩らしきものも発見した。料理に関しては、元いた世界とそれほど大きな違いはなさそうだ。
「ガルヴェイルさん、明日は私が料理を作りますね」
肉を焼くガルヴェイルさんの背中にそう話しかけると、驚いた顔をして振り向く。その様子に、こちらも驚いてしまった。
「お前、料理なんて出来るのか?」
肉が皿に乗せられる。その隣に野菜が添えられて、思わずお腹が鳴りそうになってしまった。
「できますよ! 多分……」
「多分?」
「その、元いた世界で食べていたようなものなら、出来ます。ガルヴェイルさんのお口に合うかは分かりませんが」
じゃあ明日はお手並み拝見といこうか、とガルヴェイルさんが言った。些か不安はあるが、味見しながらやれば大丈夫だろう。この世界と元の世界の住人の味覚が乖離さえしていなければ。
手際良く食卓に皿が並ぶ。今日はパンと野菜のスープ、焼いた干し肉と付け合わせの野菜のグリル、何かのミルクが夕飯のメニューのようだ。食欲をそそる香りが立ち上り、私のお腹はついにグゥと鳴ってしまった。恥ずかしさに咄嗟にお腹を押さえるが、ガルヴェイルさんには聞こえてしまっていたようで、ふ、と笑われてしまった。恥ずかしい。やっぱり、獣人は耳が良いのだろうか?
カトラリーを運び、ガルヴェイルさんが席に着くのを待つ。食卓で二人向かい合わせに座り、私は眼前で手を合わせた。
「いただきます」
干し肉を口に運んだガルヴェイルさんが、不思議そうな顔でこちらを見る。
「イタ……? 何だそれ」
「頂きます、です」
「イタダキマス」
素直に復唱してくれるガルヴェイルさんがなんだか面白くて、ふふふと笑みが溢れる。
そうか、頂きますに該当する言葉はこの世界には無いのか。それにしても、何と説明したら良いのだろう。
「ええっと……感謝の言葉? ですかね……」
「感謝?」
「その、作ってくれた人への感謝とか、食材への感謝とか……」
スープを飲む。優しい味のスープは、体を芯から温めてくれて、気持ちがほっとする。
「ふーん……お前の世界にはそういう言葉があるんだな」
若干興味が無さげな様子でガルヴェイルさんが言って、スープをズズと啜った。世界というか国かなぁと思ったが、これ以上詳細に語ったところで仕方がないので、はい、と頷いてこの話は終わりにしようとした。ところが、ガルヴェイルさんが話を続けてきた。
「俺の故郷にも似たような概念はある」
パンを千切りながら、耳を傾ける。ガルヴェイルさんが自分のことを話してくれたことが嬉しかった。
「獲物の骨を綺麗に洗い、土に埋める。そして感謝と鎮魂の歌を歌う。もう随分と前から古い慣習だと言われていて、若い奴等はやってないけどな」
ガルヴェイルさんの一族と聞いて、そういえば家族はどうしているのだろうと疑問に思った。ガルヴェイルさんはここから少し離れた所にある小屋で一人で暮らしているとのことだから、家族とは離れて暮らしているということだ。たまには会いに行くこともあるのだろうか。近くに住んでいるのか、それとも遠くにいるのか。
「ガルヴェイルさんも、そのお歌は歌えるんですか?」
「子供の頃に祖母に教えられて覚えてはいる」
「聴いてみたいです」
期待を込めて、ガルヴェイルさんをじっと見る。その視線に気付いて、ガルヴェイルさんは照れくさそうな嫌そうな、何とも言えない顔をした。歌ってくださいと思いを込めて視線を送り続けると、根負けしたガルヴェイルさんが溜息を吐いて「覚えている所だけな」と言ってくれた。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
早速歌おうとしたガルヴェイルさんを制して、耳元のピアスに手をやる。キャッチの部分を引き抜いて外し、失くさないよう注意深く食卓に置いてから、ガルヴェイルさんに歌の続きを促した。不思議そうな顔をするガルヴェイルさんに、私は少しばかり照れくさくなりながら、先程の行動の理由を述べる。
「折角なら、ガルヴェイルさんの故郷の言葉で聴きたいんです」
この国の公用語とガルヴェイルさんの故郷の言葉が同じなのか違うのか、違っていたとしてもどのように違っているのかすら、私には分からない。けれど、ガルヴェイルさん達が代々大切にしてきた歌なのだろうから、是非ともそのままの言葉で聴きたいのだ。例え意味が分からなくても。
「……おかしな奴だな」
ガルヴェイルさんはポツリとそう言って、故郷の歌を歌ってくれた。低く落ち着いたバリトンの声が耳に心地良い。節々では韻を踏んでいるらしき響きもあって、そのままの言葉で聴いて良かったとしみじみ思う。歌声には郷愁の念が篭っているように感じて、胸がきゅっと締め付けられる思いがした。私が勝手に、そう感じているだけかもしれないけれど。
歌が終わり、私は二人きりの音楽会に思いきり心からの拍手を贈った。急いでピアスを付け直し、素敵な歌でした、とガルヴェイルさんに感想を述べる。ガルヴェイルさんは照れくさそうに目線を逸らしてしまった。
「早く食え、冷めるぞ」
食卓は再び静寂に包まれ、私達の使う食器の音しか聞こえなくなってしまった。
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