第6話 寝床をゲットです

 ティータイムは終わり、ガルヴェイルさんはフランセスカさんの残した従属契約に関する資料探し、私は紅茶のティーカップを洗って、部屋の掃除をすることにした。

 この家にはガルヴェイルさんの部屋もあるが、一緒に暮らすのが嫌で近くにある別の小屋で寝泊まりをしていたため、殆ど使っていないとのことだった。私はフランセスカさんのお部屋を使って良いとのことだったが、フランセスカさんが使っていた部屋を見た瞬間、私はガルヴェイルさんに向かって悲しい顔で首を横に振った。フランセスカさんのお部屋はあまりにも物が多く、そこかしこに本が散乱し、標本や謎の薬品が床に落ちて、謎のシミを作っている。これを片付けるよりかは、空き部屋に一から必要なものを持ち込む方が快適だろう。

 私は、ガルヴェイルさんのお部屋の隣の部屋を使わせてもらうことにした。元々は倉庫として使う予定だったらしく少し物が入っていたが、退かして良いとのことだった。フランセスカさんの部屋よりかは狭かったが、ここが私の城だと思うと少しばかり高揚感がある。

 いきなり知らない世界に来て、家があり、協力してくれる人がいるのはなんとも幸運なことだ。

 部屋に入っていたものを別の部屋に移し替えて、積もっていた埃を叩くと、いくらか部屋らしくなってきた。出窓を開けて外の空気を入れる。木々の間から差し込む光が、まるで天使の梯子のように地面へと降りている。出窓にレースのカーテンを付けたいな。

 床を雑巾掛けすると、雑巾が随分と黒くなってしまった。長年、埃が積もりっぱなしになっていたのだろう。

 綺麗になった部屋を見渡して、取り急ぎ必要なものは、と考える。寝るにあたって、ベッドか布団を何処かから持って来なくてはならない。この家に余剰のものがあるのか、無ければ買うかDIYでもしなければならないだろう。ベッドなんて作れるだろうか。


「う〜ん、無理そう」


 こちとら初心者だ。いきなりそんな大物が作れるはずもない。ならば今日は床で寝るか……と悩んでいた時、一冊の分厚い本を抱えたガルヴェイルさんがドアの外から声を掛けてきた。


「何が無理だって?」


 モノが無えと広く感じるな、とガルヴェイルさんが部屋の中を覗き込んで言う。外から、爽やかな風がそよそよと入り込んで私達の頬をくすぐった。


「ガルヴェイルさん。ベッドがなくて、今日はどうやって寝ようかなと……」


 作るのも私では無理ですしと言い添えながらガルヴェイルさんの方を見ると、何かを思い出すように顎に手を当てていた。少しの間そうしているのを見守っていると、ガルヴェイルさんは何かを思い出したようにはっと顔を上げ、爪の長い指で上階を指す。


「ロフトにガラクタが山程ある。その中に何か使える物があるかもな」

「ロフトですね。行ってみます」


 ガルヴェイルさんをその場に残し、私は上階への階段を探して駆けて行った。二階に上がり、ロフトへの入り口を探す。ロフトらしき階段を見つけて上ると、またも埃まみれの家具達が姿を現した。ロフトは、家具、実験道具のような小物、用途不明の雑貨などで溢れかえっていた。その中から、なんとか使えそうなものはないかと物色する。埃にまみれた少し幅広のソファを見つけ、私の気分は高揚した。これで、硬い床で寝る夜は回避出来そうだ。


「ガルヴェイルさん、ソファがありました!」


 ロフトから、声を張り上げて報告する。このソファを部屋まで運んで、埃を掃除しなくては……と思ったところで、大きなソファを私の力だけで階下の部屋まで運ぶことは到底無理難題であるという事実に行き着き、途方に暮れてしまった。なんとか運ぶ方法を考えるが、思い付かない。


「騒がしい奴だな」


 後ろから掛けられた声に振り返ると、ガルヴェイルさんが立っていた。私のソファ発見報告を受け、ロフトまで来てくれたらしい。

 私の発見したソファを見て、ガルヴェイルさんは私に、持っていた本をぽんと預けた。相変わらず読めない表紙だが、装丁は重厚感があって、質の良い本だと分かる。これが読めたらどんなに素晴らしいだろう。

 私が本の手触りを堪能していると、ガルヴェイルさんはソファを軽々と持ち上げ階下に降りていった。慌てて追いかける。


「ガルヴェイルさん! 重くないですか?」

「これぐらい軽い」

「力あるんですね……」


 一人でソファを運ぶなんて、出来る人はそう多くないはずだ。それを軽々と、なんて事のないように運んで涼しい顔をしているのだから、私なんかでは比べ物にならない程の腕力の持ち主に違いない。


「ヒトよりはな」

「ヒト?」

「お前らだよ。人間。俺らみたいなのは獣人と呼ぶ」


 獣人はヒトより力が強い。獣人のオスは特にな。と、涼しい顔のままガルヴェイルさんは答えて、ソファを私の部屋へと運び入れた。初めて会った時には随分と刺々しく冷たい態度を取っていたが、こうして関わってみれば、根は親切な人なのだということが分かる。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げた後、ガルヴェイルさんを見上げるが、ふいと顔を逸らして行ってしまった。

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