第2話 目が覚めたら、火炙りでした?

 熱い。あまりにも熱い。私は地獄へ落ちてしまったのだろうか。

 そんなに悪い事をしていただろうか。いや、自分が気が付かなかっただけで、実は誰かを傷付けていたのかもしれない。地獄へ行く理由に心当たりが無いということこそが、私の罪なのかも……。

 それにしても、熱い。熱すぎるし、感覚がリアルすぎる。誰かが、溺れた私を助けて焚き火に当ててくれているとか? いや、この熱さは、焚き火に当ててくれているというよりむしろ、直に炙られているような……。

 声が聞こえる。随分と騒がしい声だ。優に数十人以上の人が、ひしめき合っている。怒号に、罵倒に、悲鳴。私の上司だってこんなに煩くはない。


 目を開けた。私の目に飛び込んで来たのは、見慣れない石畳の街並みに、見慣れない服を着てこちらを見つめる人々。瞳には、恐怖と好奇心と、怒りが見てとれる。

 そして、柱のようなものに縛り付けられているらしい自分の、見慣れない黒い服を着た腕。足元もしっかりと縛られていて、解こうと動いてもびくともしない。その足元には、火が放たれている。先程暑いと感じたのはこれが原因だろう。

 どうにか事態を把握しようと、周りを見渡す。隣にも誰かが縛られているようだ。


「あのっ!」


 声を掛けてみるものの、その人物はピクリとも動かなかった。隣は私よりも火の回りが早い。あの人はもう、事切れて……。

 ぶわりと全身を恐怖が駆け巡った。何なんだ。水死したと思ったら、次は火炙り? 神様、私が何をしたって言うんですか。


助けて。


 誰か、と思った。大切な人達の顔は、思い浮かばなかった。大切な人が私を助けて死ぬところを想像したくはなかった。だから「誰か」助けて、と無責任に願ったのだ。私を助けて、それで、無事でいてくれる誰か。そんなヒーローを。


 瞬間、手足に微かな痛みが走り、気が付けば私は何かふわふわとしたものに抱えられ、物凄いスピードで移動していた。その毛並みの感触が愛犬に似ていて、鼻の奥がツンとした。

 一体全体何が起きたのか分からずに固まっていると、頭上から、グルルという獣の唸り声と、重低音の男の人の声が降ってくる。


「テメェ、最初から俺にこうさせるつもりだったろ」


 声の主を見上げると、白銀の美しい毛並みに、輝く琥珀色の瞳を持つ、狼とも人ともつかない生き物がいた。顔は狼に限りなく近いが、身体は人間のようで、簡素な服を着ている。着ぐるみだとすれば、随分精巧な作りだ。特殊メイクだろうか。

 その綺麗な生き物が、私を腕に軽々と抱えて走っている。人では及ばないようなスピードで。状況的に考えると、彼が私を、炎の中から救い出してくれたのだろう。


「えっ……と、ど、どちら様で……?」


 まるで知り合いかのごとく話しかけてくる狼のような彼に、つい感謝よりも戸惑いが先に立ってしまった。いけない、まずは助けてくれたことへのお礼を言わなくては。


「あぁ、その前にえっと、あ、ありがとう、ございます……。その、あなたは……?」


 狼の彼が、訝しげに視線だけを私に向けた。暫く睨んでから、至極不機嫌そうに舌打ちをし、不快感を全身に滲ませながら声を絞り出す。


「おちょくってんのか?」

「滅相もございません……」


 あまりに不機嫌な声音につい萎縮してしまう。会社で上司に詰められている時を思い出してつい嫌な気分になった。元々、良い気分とは到底かけ離れていたけれど。


「着いたぞ」


 狼の彼の足が止まり、私を地面に下ろしてくれた。随分と久しぶりに地面に足を付けた気がする。大地を踏み締め、私は状況が分からないながらも少しでも情報を得ようと、あたりをキョロキョロと見回した。獣の彼が不審者を見る目で私を見る。

 上を見上げれば、木が鬱蒼と茂っている。先程の火炙り会場らしき街からは随分離れたはずだ。ここはどうやら森の中で、私の視界には立派なログハウスが映っている。彼の家だろうか?

 狼の彼は少しの間探るような目付きで私を見ていたが、そのうちに興味が失せたらしく、「じゃあな」と言って森の奥へ消えようとした。それを服の裾を摘んで必死に引き留める。こんな森の中で一人にされたらたまらない。何故短時間に何度も怖い思いをしなくてはならないのだ。


「待ってください、ここは何処ですか? あなたは何者です? 私との関係は? それからさっきの、火炙り? についても……」


 彼の服の裾をしっかりと掴んだまま、一気に捲し立てる。先程から、頭の中が疑問だらけだ。彼を逃したら聞ける人はいないし、見てくれと態度は少々恐ろしいが彼は私を助けてくれたのだ、多少は信頼の置ける人物だろう。そう思って俯いていた顔を上げて彼を見ると、彼は信じられないという表情でこちらを見下ろしていた。


「……どういうことだ?」


どういうことはこっちの台詞です。

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