異世界に行きたい。

寺条 好

第1話 とあるネカフェ店員の馬糞目録

「死ね」

目の前に積みあがるコミックの束を見上げそう呟く。

語彙力はそこそこあるはずなのに疲労婚倍した頭と体で思いつく罵倒のセリフはシンプルな一言だった。

次から次に退転していった客の部屋を掃除。

二階と三階を何度も往復して、ようやくあと一件の清掃を残すのみとなったこの身に降りかかったこの不幸。

私は周囲をきょろきょろと見渡し、誰もいないことを確認すると

「読んだコミックは元の場所に戻せカス」

そう小さく呟く。

決してルールではない。客には『読んだ本を戻さない』という権利がお金を払っている時点で発生している。

しかし、しかしだ。

片づける側にとってはほんとクソでしかない。

理由はたった一つ、クソ重いからだ。

これ持って階段の上り下りとか正気の沙汰ではない。

持ってくる側は少しずつ時間をかけてだが、こっちは仕事だ一気に短時間で元に戻さないと清掃が終わらないのだ。

腕を下にまっすぐ伸ばし、手のひらと指を直角に曲げ、そこに空いた方の手でコミックスを積み上げる。

『異世界転移したらチートスキル貰って最強無双』

『最強の賢者と恐れられたニート(32歳)だけど、実は転移は二回目です』

『魔力がめちゃくちゃ高いから、上級魔法なんて覚えなくても初級魔法で無双できます』

そろいも揃って、異世界転生ものばかりだ。

今回に限らず、返さなければならないコミックの大半がこういった異世界ものばかりなのだ。ネカフェで返却しない人とそうでない人の読む本の統計を取ってほしい。

てか、異世界系の主人公もとい、お人よしは多分コミックス返すだろうが。

それなのにお前らときたら……。

と、思考力の下がった頭でこんな下らないことを考えてるうちにすべてのコミックがすっぽりと腕に積みあがる。

「よいっしょ」

と、心の中で掛け声をかけて持ち上げる。

クソほど重い。

もう片方の手でコミックを抑えながらコミックスの積んであった部屋を出て、廊下を歩く。そして、階段を上る。

疲労+重いものを持っているという状況では、階段を上ることすら一苦労なのだ。

はぁ、はぁ。と、マスク越しで苦しむ。

目の前が軽くふらつく。足を滑らせる。

あ。

ガチでちょっとやばい。

階段から勢いよく落ちる。

思いっきり背中を強打する。

打ち付けられた手から反動でコミックが軽く吹っ飛ぶ。

手から離れたコミックスが上空に派手に散らばる。

「あぶっ」

時間差で私の顔や腹にコミックが打ち付けられる。

一瞬思考がフリーズするが、すぐに状況を理解し立ち上がる。

私に顔に乗っていた本がポトリと落ちる。

『階段から突き落とされた俺は、あいつに復讐するため、異世界で暗黒騎士として努力する』

私は、すべての思いを込め呟いた。

「死ね」



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異世界に行きたい。 寺条 好 @kyuusyuudanji

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