第44話 落としどころ
国境を挟んで帝国側に建っていた要塞は、その威容をすっかり失っていた。高く伸びていた城壁塔は跡形もなく崩れ、正門はその瓦礫に埋まっている。
所狭しとひしめいていた兵士達もいない。
全ては王国が誇る【剣聖】ユーリの仕業。と、いうことになっていた。
「今なら帝国兵にいくらでも追撃出来る」
国境から少し離れた小高い丘の上。
遠見の魔道具を覗きながら、ユーリが呟く。帝国軍の撤退をみすみす見逃すのが惜しいようだ。
「帝国側に大きな損害がでたら、向こうも引くに引けなくなります。紛争を拡大させることは国王の本意ではないです。そもそも、今回の衝突は帝国に乗せられたのです」
「分かっている! ……全ては俺の浅慮が招いた事態だ」
クシャクシャと頭を掻きながら、ユーリは反省の弁を述べた。責めるのはこれぐらいにしておこう。
「そういえば結局、あの結界魔術師は見つからなかったようですね」
「あぁ。帝国にとって大事な駒らしい。最優先で逃したようだ」
「あの結界は敵に回すと厄介ですからね」
「マルスがいれば怖くない。俺が国王に口を聞いてやるから、国王軍に入らないか? レンガ職人のジョブは軍隊でこそ生きるものだ」
「ご冗談を」
ユーリが剣聖のスキルで要塞を壊滅させた夜。俺のやったことは二つ。
ユーリの前に結界レンガを並べたことと、要塞を覆った結界をレンガにしたこと。
帝国兵達は結界に頼り過ぎていた。絶対に破られないとたかを括っていたのだろう。
俺達は相手の油断を上手く突くことが出来た。
今後、王国内ではユーリの名声が、帝国内では悪名が轟くだろう。直ぐにジョブレベルも上がる筈だ。そうすれば俺の力なんて不要になる。
「なぁ、マルス……」
「なんでしょう」
「その口調……やめてくれないか?」
「無理です。俺は今や平民です。侯爵家の嫡男と気安く会話するわけにはいきません」
ぴしゃり言い放つと、ユーリはバツの悪そうな顔をして黙ってしまった。
「ユーリ殿。これは意地を張っているとかではないんです。俺は今の暮らしを気に入っています。ただのマルスとして様々な人達と関係を築いてきました。それを大事にしているだけなんです」
「そうか……」
「はい」
しばらく、何もない時間が流れる。
「そろそろ戻りましょう」
「そうだな」
合図を出すと、少し離れたところで待機していた魔物使いが地竜を走らせ俺達の前で止まる。
地竜が俺とユーリの顔を不思議そうに見比べた。魔物使いがその様子を見て面白そうに口を開く。
「二人が似ているから驚いているようです」
「他人の空似ですよ」
俺の言葉を聞いても、地竜は納得いかない様子で首を捻っていた。
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