第42話 再会

 暗い要塞の中を進む。


 すれ違う兵士達は苛立っているように見えた。しばらく閉じ込められていたのだろう。仕方がない。


「マルスちゃん……! 【剣聖】様ってどんな人なのかな……!? きっとカッコいいよね……!? 一目惚れされたらどうしよう……!?」


「ローズさん。黙って」


「なんでよ……!? ローズちゃん、ワクワクが止まらないのよ……!?」


 はぁ。


「いま、ため息ついた……!?」


「ついてません。本当です」


 はぁ。


 なんだろう。この行き場のない気持ちは。それなりの時間を一緒に過ごしてきたローズが、【剣聖】という言葉の前に心を弾ませている。


 別に悪いわけではない。ある意味当たり前だ。それだけ、【剣聖】という言葉には力がある。



 王国の子供は【剣聖】と【勇者】の物語を聞いて育つ。かつての王国を救った二人の男の話だ。


 クライン侯爵家は代々、【剣聖】と【勇者】を輩出してきた。だから、王国一の武門と知られている。


 今代も剣聖を授かった。弟だった男、ユーリが。


 追放されたあの日のことを思い出す。


『レンガ職人など、この侯爵領に何百人といるだろ! 早く出ていけよ!』


『ユーリ様だろ? お前はもうクライン家の人間ではない。ただの平民だ』


『父親、マルスは病死したことにしましょう!』


 罵倒罵声。


 カッと頭に血が上る。


「どうしたの……? マルスちゃん……」


 駄目だ。落ち着け。今はただのマルス。


「なんでもありません」



 案内の兵士がある部屋の前で止まった。


「まだ、起きておられる筈です」


 シンとした廊下にノックの音が響く。


『……なんだ?』


 扉の向こうから覇気のない声がする。


「辺境伯軍の先遣隊が到着しました」


『……入れ』


 ドアノブが回された。



#



 机に両肘を置き、頭を抱えている男がいた。


 もう何も見たくないというように、下を向いている。


「辺境伯軍のローズちゃんです……!」


 名目上の隊長であるローズが場にそぐわない声を上げた。


「どうやってこの要塞に入ってきた? 本当に辺境伯軍なの──」


 顔を上げたユーリと目が合った。言葉を失ったように口をパクパクとさせている。


「なんでこんなところに──」


「初めまして。俺はマルスといいます。辺境から先遣隊としてやってまいりました。結界に穴を開けたのは俺です」


「嘘をつくなっ! あれは我が剣をもってしても破れなかったのだぞ!! 貴様がなんとか出来る代物ではない!!」


 ユーリは立ち上がり、俺を睨み付ける。


「そうは言われましても、本当のことですから。そもそも穴を開けないと、ここに来れないでしょう?」


「クソッ!!」


 ドカッと椅子に座り、チラチラこちらを見ては不機嫌な顔をする。


「ユーリ殿。俺達は帝国軍を追い返すためにここにやって来ました。しかしそれにはこの要塞の兵力が必要です。力を貸してくれませんか?」


 少し落ち着いたユーリが目を瞑り、眉間に皺を寄せている。今、様々な考えが頭を駆け巡っていることだろう。


 王国を守るためにはどうすればよいか? 【剣聖】である自分の立場は? そして、俺をどう扱うのか?


「……マルスよ。どうすればいい?」


「考えがあります」


 逆転の一手に向けて、俺達は夜が明けるまで話し合った。

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