第36話 名声値、あるいは悪名値
「……なんで、あんなことを……」
洞窟の外は早朝の森だった。捕まってから、丸一日が経ったようだ。俺の話を他の獣人達に聞かせたくなかったのか、ルーが俺を連れ出したのだ。
森の中を引き摺るように歩かされる。
相変わらず上半身はロープで縛られているが、流石に面倒になったのか下半身は自由にされた。逃げたりしないから、オーガの見張りも外してほしい。
「国を作るなんて……どういうつもり?」
洞窟から充分離れたところで、ルーは質問を始めた。
「ルーさんは名声値、あるいは悪名値って知っていますか?」
「……知らないわ」
「人が授かったジョブはスキルを使い込むとレベルが上がります。レベルが上がるとより強力なスキルを覚える。ここまではいいですよね?」
コクリと頷く。
「で、レベルアップにはもう一つには方法があるみたいなんです。その方法とは、名声、あるいは悪名を世に轟かせること。ちょっと前まで、俺もこの説は信じてなかったんですけど、自分の身に起きて、信じるようになりました」
「私が有名になれば、ジョブのレベルが上がるってこと?」
何のために? と戸惑っているようだ。
「残念ですけど、何かを失わない為には力をつけるのが一番手っ取り早い。ルーさんは生き物を操るスキルを持っていますよね? しかも操られた生き物は身体能力が何倍にもなる。このスキルはとても厄介です。それが更に強力になれば、抑止力になると思います」
「私が……みんなを守るってこと?」
「そうです。実際、今もそうでしょ? それを世に宣言するだけです。獣人国の女王として」
まだ、ルーの瞳には不安の色が見える。
「このミスラ王国には奴隷制度はありません。ただ、それは今ないだけです。国王や貴族の意識が変わればどうなるか分からない」
顔色が変わる。何かを思い出すように。
「マルスは……協力してくれるの?」
「俺は脅されて城壁と建物を作るだけですよ。居場所が出来れば、自然と獣人達が集まってくるでしょう。そしてルーさんの名声と悪名が高まる」
初めて見た時のような、強い意志が瞳にともった。
「獣人国って名前の村を作ると思えばよいのでは? そして、女王って名前の村長につくと思えばよいのでは?」
「そうね……! やってみるわ」
面白いことになりそうだ。
#
「と、いうことがあったんです」
久しぶりに戻ったマルス領。皆はポカンと口を開けている。おかしいな。ちゃんと事前に手紙を届けていた筈だけど……。
「それで、その獣人国はどこに?」
獣人達のことを一番気にしていたゴルジェイが口を開いた。
「魔の森の南側の奥ですね。ちょっと小高い丘のようになっている所があるので、そこに城を建築中です」
俺の横に立つオーガが頷いている。
「マルスちゃん……!? 流石にやばいんじゃない……!? 国作りはやり過ぎよ……!!」
「ローズさんの命が狙われたので、仕方なく俺は獣人国に手を貸しました。ローズさんは辺境伯からこのマルス領の監視の命を受けている大事なお方ですから。全てはローズさんを守る為に行ったことなのです!」
「そうね……! 私の為なら何をやっても仕方ないわね……!! ローズちゃん、納得……!!」
まぁ、ローズを抑えたとしても辺境伯からは何か言われるだろう。武力行使もあるかもしれない。ただ、それよりもルー達が力をつける方が多分早い。
帝国から王国に逃げてきた獣人奴隷達にはもちろん、帝国軍が今侵攻している地域にも獣人国の噂は広がっている。ルーが【傀儡術】を使って鳥を飛ばし、情報をばら撒いているのだ。
そして実際に魔の森の南には堅牢な城壁に守られた獣人国がある。ルーの名声、あるいは悪名はとんでもない速度で広がっている。そしてどんどんジョブレベルは上がっていた。
「【傀儡師】ってジョブはそげんやべとな? 一体どげんスキルがあっど?」
ヴォジャノーイは【傀儡師】に興味があるようだ。
「【傀儡術】は手に触れた相手を自分の思い通りに操ることが出来るスキルです。傀儡になった人は虚な目になり、自発的な行動が出来なくなります。スキルも使えません。ただ、身体能力が跳ね上がります。このオーガの状態がまさにそうです」
オーガは頷く。
「まさか……操っているオーガの目と耳から情報を得ることが出来るのか? そのルーとやらは」
ゴルジェイが恐る恐る尋ねた。
「その通りです」
またもやオーガが頷いた。俺はその姿にルーを幻視する。
「ルーは既に【傀儡百体】のスキルを覚えています。百体の生き物を同時に操ることが出来るのです」
「とんでもないな……」
まさに規格外のジョブとスキルだ。獣人達の境遇を見た神様が逆転の一手として与えたとしか思えない。
「ミスラ王国の貴族達は俺に感謝すべきですよ。ルーがその気になれば、簡単に王国をひっくり返すことが出来るのですから。魔の森に獣人の国が出来るのは、王国を維持するための必要経費です」
一同は深く考え込むのだった。
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