第33話 虚なモンスター

「おいは見たんじゃ。虚な目をしたオーガが湧水ん泉で水を汲んでいったとを」


 夕飯時。ヴォジャノーイが我が家に来た。


 当たり前のようにテーブルにつき、俺がテトの為に作った料理をつまんでいる。


「そりゃ、オーガだって水ぐらい汲みにくるでしょ」


「オーガだけじゃなかぞ! こん前はリザードマンも同じごつぼんやりした顔で泉に来ちょった。そん前はスケルトンも。なんか最近、おかしかど!」


 唾を飛ばさないでほしい。それに、スケルトンの表情なんてわからないでしょ。


「テトはどう思う?」


「ミャオミャオミャオミャオ〜」


「だよね。ヴォジャノーイの考え過ぎだよね。俺もそう思うよ」


 テトは意見を言ってから、やっと冷めた串焼きに器用にかぶりつく。ヴォジャノーイも負けじとそれに続いた。多めに用意して正解だったようだ。


「まぁ、気をつけやんせってことじゃ。ないでんレンガに変えてしまうおまんさぁんこっだ。大丈夫じゃとは思うどん、世ん中には万が一ってこっがあっ」


「忠告ありがとう。外出する時は気をつけるよ」


 食事中の他愛もない雑談。そんなふうに思っていた。



#



「ミャオ」


 まだ霧の残った早朝の魔の森。テトが小さく鳴いた。警戒した声だ。


 俺は剣帯から魔鉄の短剣を静かに抜く。薄く息をしながら、テトの視線の先に目を凝らした。


 霧の間に光が差した。そして輪郭が浮かび上がる。


 オーガだ。


 森の浅い位置に現れるのは珍しい。駆け出し冒険者にとってはかなりの強敵。しかし、単体ならばテトには容易い相手。距離を詰められる前に首を刈ってしまえば──。


 グンッ! とオーガの体が前傾して急に加速する。


 疾い! 一気に距離が詰められる。真っ直ぐ迫ってきているのに、目で追うのがやっとだ。


「ミャオ!」


 テトが飛び上がって木に登り、何度か風の鎌でオーガの首を狙うが当たらない。


 疾いし何より気配が、殺気がない。


 ガッ! と短剣が鋭い爪で弾かれる。オーガは俺の脇をすり抜けた。


 反転して構えるも、姿は見えない。


「えっ……。行ってしまった……!?」


 テトが慎重に木から降りてきた。


 わけが分からない。何故、オーガは俺達を見逃したのか? 特に手負いのようには見えなかった。向こうが本気なら、俺はあっさりやられていた筈だ。それぐらいの速さがあり、何より動きが読めなかった。


「ミャオ〜」


 ほっとしたのか、テトが側に寄ってきて脚に頭を擦り付けている。


「ヴォジャノーイが言ってた虚なオーガってさっきのやつのことかな?」


「ミャオミャオミャ〜」


 普通に一対一ならマルス領にいる全員が負けるだろう。ローズの爆炎魔術でも無理だ。勝ち筋が想像出来ない。


「ちょっと凝った仕掛けが必要かもなぁ」


 正面から戦って勝てないなら、工夫をするだけだ。


 俺は次の遭遇に備えて頭を捻った。

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