第31話 奴隷の女
住んでいた村が帝国の奴隷商達に襲われたのは、私が十四歳の時のことだ。抵抗した者は呆気なく殺され、それ以外は鉄格子で出来た馬車の荷台に詰め込まれた。
その中から燃え上がる家々を眺め、ただひたすら絶望した。
たった一日で村は無くなってしまった。元々名前なんてない村だったけれど、本当に綺麗さっぱり。
「これで諦めがつくだろう」と奴隷商が笑いながら言ったのを今でも鮮明に覚えている。
馬車での長旅により私達は帝国に連れていかれ、奴隷市に出品された。その日ばかりは少しでも見栄えよくする為に、風呂に入れられ洗濯した服を着せられた。
もうその頃には私の首にはしっかりと奴隷紋が刻まれていた。【奴隷術師】のジョブを持つ男の仕業だ。奴隷紋があると対となる主人紋を持つ者に逆らえなくなる。奴隷紋を通して、主人はいつでも奴隷に罰を与えることが出来るのだ。
奴隷市で私は売れ残った。十四歳でまだジョブを授かっていなかったこと、奴隷商が「狐人は珍しい」という理由で高値をつけていたのが原因だろう。
獣人にも色々な種族がある。
熊人のように見るからに力仕事に向いている種族の男はすぐに買い手が見つかった。他にも冒険者に向いているジョブを持つ者もよく売れた。
何日も売れ残っていると、奴隷商も焦れたのだろう。私の値を半額にして市に出した。
すると、すぐに買い手が見つかった。神経質そうな顔をした線の細い人族の男で、何か商売をしているらしい。
奴隷術師により男の手に主人紋が刻まれ、試しに私は激痛を与えられた。気を失うほどの痛みに座り込んでしまった私を見て、主人は嬉しそうにした。
「狐人の娘。変な気を起こすなよ? 奴隷紋を刻まれた者が主人に危害を加えたら、奴隷術によって死の罰が与えられる。私だってせっかく高い金を払ったんだ。すぐに死なせたくはない」
私は怯えてしまって声も出せず、ただ頷いた。
主人の家は奴隷市が開かれていた街の中の上等な区画にあった。周囲の家はどれも立派で、かつて暮らしていた村とは比べるまでもなかった。
私が案内された部屋には既に他の獣人の奴隷が二人いた。二人とも若い女だ。
一人は猫人でもう一人は兎人。二人とも暗い目をして、肌には生々しい傷跡が幾つもあった。
私は泣いた。主人の目的を察したからだ。
そんな私を見て先輩奴隷から言葉はなかった。もう彼女達に人らしい感情なんて残っていなかった。
私達は日替わりで主人に呼び出され、欲望の捌け口にされた。嗜虐趣味を持つ主人の相手をしていると、精神がガリガリ削られる。
厳重な鍵で閉ざされた部屋には一欠片の希望もない。
私が先輩達のように心を失うのは時間の問題だった。
#
転機は私が十五歳になったことで訪れた。
朝起きると身体が怠く、頭が痛い。そしてあるジョブの名前が頭の中に浮かんでいた。
主人は私の誕生日がそろそろだと知っている。近い内に【鑑定士】のジョブを持つ者を連れてきて、私のジョブとスキルを探ろうとするだろう。このジョブとスキルが主人に伝わると不味い。すぐに処分されてしまう……。
部屋を見渡すと、もう完全に心の壊れた先輩奴隷二人がぼんやりとした顔で私を見ていた。
「まだ生きていたいですか?」
私の問いに二人は首を振る。
「私は……まだ生きていたい。その命、もらってもいいですか?」
少し間があってから、二人は頷いた。
私は二人に触れてスキルを発動する。もう壊れきっていたからか、様子は変わらない。
扉の鍵が開けられた時が勝負だ。
私はじっとその時を待った。
#
カチリと扉の鍵が外れる音がした。いつものように使用人の男が私達の内の一人を呼びに来たのだろう。今日は順番的に猫人の筈だ。猫人の女が扉の横に立って構える。
音もなく扉が開いた瞬間、使用人に向かって猫人の手が伸び口腔が塞がれた。
モゴモゴと空気が漏れる。猫人は無言で手を口の奥に押し込み続ける。兎人が追い討ちをかけるように使用人の首に両手を伸ばし、締める。何倍にもなった筋力によって血の流れが止められ、顔色が変わる。
使用人が動かなくなった。兎人が死体を部屋の中に放った。そのまま三人部屋を出て主人のところへ向かう。
猫人がノックすると、中から鷹揚な返事がきた。酒に酔った主人の声だ。
猫人がまず部屋に入る。
私は薄暗い廊下で目を瞑り猫人の視界を共有した。猫人がいつも通り服を脱ぐ。ガウン姿でベッドに腰を下ろす主人はその横にいくつもの刃物を用意していた。
呼ばれて主人の前に跪くと、アイスピックのような細い刃物が猫人の耳を貫いた。痛がる猫人を見て主人の顔が喜悦で歪んだ。
その刃物は耳を貫いたまま、別の刃物が猫人の左の二の腕を軽く撫でる。ツーっと血が流れた。主人が猫人を抱き寄せ、傷口を触りながらその血を舐めた。
今だ。
猫人は自分の耳からアイスピックを抜き去り、主人の首に突き刺した。何倍にもなった筋力により、大穴が空いた。そして噴き上がる血潮。そこで猫人の視界は暗くなる。
奴隷紋による罰で死を迎えたのだろう。
主人の部屋から声は聞こえない。
しばらくして兎人の首を見ると、奴隷紋が消えていた。対となる主人紋を持つ者が死んだのだ。
私の首からも奴隷紋は消えたことだろう。
正直なところ、半分ぐらいは私も死ぬものと思っていた。私のスキルを通して猫人が主人を殺したのだから、私にも死の罰が下るのではないかと……。
しかし、こうして生きている。奴隷術にも抜け穴があるみたいだ。もしかすると、ジョブにも上下関係があるのかもしれない。主人と奴隷のように。
「行きましょう」
私が【傀儡師】のジョブを授かったのは偶然とは思えない。きっと神様が私にチャンスをくれたのだ。
だから、私は生き延びないといけない。何を犠牲にしてでも。
そう決意し、兎人を操りながら、私は闇に紛れた。
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