第12話 依頼

 その朝はなんとなくピリついていた。


 天気はよくマルス領の上には青空が広がっている。でも、何か引っ掛かるものがあった。


「テト」


「ミャオ?」


「いや、なんでもないんだけど……」


「ミャオ〜」


 カマドの前に座って火を起こしているところにテトはやって来て、俺の膝に乗ろうとする。その時──。


「誰だ! 出て来い!!」


 ……気のせいか? いや、そんなことはない。家の影がヌッと伸びてそのまま人の形になる。そして姿を現した。


「ほぉ。そのニャンコも気が付かなかったのに、マルス君はなかなか鋭い。何かやっていたのかな?」


 小綺麗な服を着たヒョロ長い男がカイゼル髭を扱きながら、値踏みするようにこちらを見ている。


「何かって、なんです?」


「たとえば剣術」


 ……この男、俺のことを探っている?


「やっていません」


「本当に?」


「本当に!」


「しかし、落ち着き過ぎではないかね? マルス君」


「冒険者ギルドから誰かくると予想してましたから」


 男はニヤリと笑って、また髭を扱く。


「ふむ。ならば話は早い。私は冒険者ギルド、ラストランド支部副ギルドマスター、ボーワダッテゲダラディサーナだ」


「ボーワダッテゲダラディサーナさんですね」


「なんですんなり名前を覚えたの? 何かやってた?」


「もういいでしょ? このやりとり。早く本題に入って下さい」


「では単刀直入に。コボルトの氾濫からラストランドを守る為に力を貸してほしい」


「嫌です」


「ふむ。随分とはっきり断ってくれるね。私は辺境伯の代理でもあるのだよ?」


 ボーワダッテ……は眼光を鋭くする。


「あなたの身分や立場は関係ありません」


 スニフとザック、チキから諭された日から俺は悩んでいた。


 国の為に戦う。


 これは俺が幼い頃から叩き込まれてきた貴族としての在り方だった。しかし今の俺はどうだ? レンガ職人のジョブを授かったからといって侯爵家、いや侯爵領から追放された身だ。


 今頃、俺は死んだことになっているだろう。


 なんで今更、俺が公の為に力を貸さなくてはいけないんだ? 都合が良すぎないか?


 俺を追放したのは俺の父親だった男だ。ボーワダッテ……ではない。だがしかし、ボーワダッテ……が俺の父親と同じ立場だったら【レンガ職人】を期待外れと罵倒する筈だ。


 調子がいい。街の為なんて正論を振りかざしやがって! だから俺は言う……!


「ラストランドがどうなろうと、知ったことではありません」


「マルス君……」


「でも! 大通りにある串焼き屋台の為になら力を貸しましょう」


 ボーワダッテ……が忙しなく髭を扱いた。そして観念したように言う。


「あの串焼き屋台は旨いからね。私も常連なのだよ。ならば、私達と一緒にあの串焼き屋台を守ってくれないか?」


「引き受けます」


 ふぅー。とボーワダッテ……は息を吐いた。


「マルス君……。君は何者だね?」


「レンガ職人のマルスです」


「そうか。そうだったな。では、明日から頼む」と言ったかと思うと、ボーワダッテ……はまた影にとけていなくなってしまった。



#



 明日からというのは本当だった。ボーワダッテ……の来た翌日の昼頃になるとマルス領には人が溢れていた。


 今回のコボルトキング討伐隊の隊長は副ギルドマスターのボーワダッテ……だ。そして先発隊として三十人ほどの冒険者が領内にいる。皆、物珍しそうに俺の家を見ていた。


「さて、マルス君。ここを討伐隊の防衛拠点にしたいのだが、いいかな? どうやら、コボルトキングの発生源と思われるポイントとラストランドの直線上にこのマルス領があるらしいんだ」


 ふん。白々しい。


 ボーワダッテ……は昨日と変わらない様子でカイゼル髭を扱いている。


「仕方ありませんね。ちょっとこの人数には手狭なので、とりあえず陣地を広げましょう。誰か護衛してくれませんか?」


 ならば! と声を上げたのはザックだった。何が嬉しいのか、ニコニコしている。その後にスニフとチキも続いた。あと、テトも。


「これから木レンガを作りまくります。それで外壁を広げましょう。壁の位置はボーワダッテ……さん、お願いしてもいいですか?」


「うむ。任されよう」


 髭を扱きながら、こちらも張り切っている。


「他の冒険者の方々は俺が作成した木レンガをボーワダッテ……さんの指示に従って積んでください。俺が後から固定していくので」


 俺のスキルのことを事前に知っていたのか、冒険者達から疑問の声は上がらない。


「では、始めましょう」


 見せてやろうじゃないか。レンガ職人の力を。

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