第42話 プロポーズ



 いちばんの難題と思われた軍の掌握が、衛兵隊長のコメントにより、あっさりと達成されそうな見込みとなった。

 もちろん、陸軍官や海軍官の反応を見ないといけないが、グレイス二世の信任がもっとも厚かったコールマンの判断に、彼より歳下の陸軍官らが反対するとは思えなかった。


(もはや障壁はない。あとはただひたすらに、理想の政治の実現に向けて邁進するのみ)


 とはいえレオ第二王子も、まだ弱冠二十一歳の青年。

 政治以上に、熱く胸を焦がしているものがあった。


(さあ、コーデリアさんに何と言おう。今プロポーズできたら最高だが、さすがにコールマンと料理長は、王が病に倒れたばかりで何と不謹慎なと眉をひそめるだろう……)


 そんな葛藤に悩んでいると、ランがそばに来て、


「あのね、レオ王子さん。実はーー」


 と、昨夜コールマンと料理長が、電撃的に仲間になったことを告げた。


「本当か!?」


 驚きすぎて呆然となった第二王子に、コールマンがウインクをし、料理長は頭を掻いてみせた。


「まさかそんなことが……奇跡だ」


 そうつぶやいた第二王子を、光る瞳で見つめているお嬢様がいた。

 コーデリアである。

 昨夜、第二王子は、ニコラス宰相に向かってこう語った。


『遠い将来、この一連の出来事すべては、きっと伝説になる。「眠り姫」や「灰の姫」のように、人々に語り継がれていくだろう。であるならば、主役は僕やランではなく、数奇な運命に翻弄された彼女であるべきなのだ』


 コーデリアは、無事に主役としての役目を果たした。

 クーデターは成功した。

 悪役の王太子に復讐し、ざまぁ見ろと言うこともできた。

 もはややるべきことはない。

 静かに王宮を去り、実家に帰るだけ。

 そして、レオ殿下が新しい王となり、ランが王妃になるのを、陰から応援していよう。

 そう思うと、自然に涙が出て、瞳が光るのである。


「【睡眠薬】、上手に服ませましたね」


 レオ第二王子が、コーデリアに近づいて、どこかぎこちない口調で言った。


「それなんですが……」


 コーデリアも、やはりぎこちなく答える。


「私がやるのはどうしても自信がなくて、料理長さんに協力してもらいました」


 さっと第二王子が振り向くと、注目された料理長が顔を真っ赤にした。


「あ、はい、その……コーデリア様の頼みとあれば、へへへ」


 第二王子は料理長とコーデリアを交互に見た。


「ははーん。義姉(ねえ)さんは、美貌という最大の武器を使ったね」


 第二王子が不器用な軽口を叩くと、


「そんな! 必死にお願いしただけですわ。それに、もう義姉さんではありません」


 あまりに真剣なコーデリアの返答に、ランとエリナが声を揃えて笑った。


「ちょっと、笑わないでくれる? 私が真剣なのが、そんなにおかしい?」

「だって、奥さん」


 女主人を大好きなエリナが、笑いを止めようともせずに言った。


「レオ王子様、じゃなかった、愛しのレオ陛下にだけは、武器を使うような女に見られたくないって、奥さんの顔に書いてあるんですもの」


 あー、言っちゃったー、とランが口に手を当てて、なぜか自分が恥ずかしそうに身をよじった。


(い、愛しのレオ陛下って、何言ってんのよ!)


 穴があったら入りたい、とコーデリアは下を向いて、ドギマギした顔を懸命に隠した。


(愛しの……レオ陛下?)


 では僕は、あれほど彼女に無愛想にしてきたけど、嫌われてはいなかったのだなーーと、少し自信が出てきたレオ第二王子。


「レオ陛下ね。そう、その自覚を持たねば」


 新しいシェナ王国の「国王」が、エヘンと咳払いをした。


「さあてと、これから忙しくなる。まずは王に即位しないといけないが、王妃がいないと格好がつかない。コーデリアさん、お願いしてもいいかな?」


 震えを帯びた新国王の声。

 コーデリアが、顔をわずかに上げた。


「……お願い、とおっしゃいますと、私が、陛下とランさんの結婚の見届け人になればいいんですの?」

「何言ってんのよ!」


 間髪入れずにランがコーデリアの肩を叩くと、力加減を間違えたため、コーデリアがくるっと回ってしまった。


「あ、ごめんなさい。つい」


 謝るランを、切ない目つきで見つめるコーデリア。するとランは、


「私は働かないで美食を食べたいだけで、王妃になんか絶対なりません。新しい王室で、毒見役として雇ってくれたらそれで十分」

「じゃあ、王妃って?」

「コーデリアさん」


 レオ一世が、磨き上げられた床に片膝をついた。


「僕は今日かぎりで、女嫌いを卒業します。あなたが好きです。結婚して下さい」


 コーデリアに言葉はなかった。

 突然、光が生じ、全世界がまばゆく光ったように見えた。

 そして彼女は、瞬時にすべてを理解し、すべてを受け入れた。

 

(そうだったのね。では私も自覚を持たねば。この国を建て直そうとする、心優しい新国王を、私は全身全霊で支えていかねばならない)


 重大な責任に身震いする新王妃。

 ふと床に目がとまる。

 だらしなく寝そべって、イビキをかいている元婚約者。


(あなたに感謝はしないけど、こうして幸せになれたからーー)


 ざまぁ見ろとは、もう言わない。

 その代わりに、私たちの愛する祖国が生まれ変わったさまを、百年後にどうぞご覧あそばせーーとコーデリアは、温かいもので満たされた胸の内で言った。

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