第41話 果たされた誓い



 ジェイコブ王太子は目を剝いた。

 自分のすぐ横で、ポーラ王妃とグレイス二世が、立て続けにテーブルに突っ伏したからである。


(まさか、毒!?)


 頭が混乱する王太子。

 毒は肉料理に入っている。それを食べたのはコーデリアだ。父も母も食べてない。なのになぜ倒れた?

 しかも、二人は突然眠った。これはフグ毒の効き方ではない。では何だ? フグ毒以外の毒か? 料理長は何をした?


 そのとき、眠気が来た。

 頭がグラリと揺れる。

 意識が急速に、自分から離れていこうとする。

 その刹那、まるで燃え尽きようとするろうそくの炎が、消える寸前にパッと大きくなるように、思考が明瞭になった。


 これは睡眠薬だ。

 我々は睡眠薬を盛られた。

 クーデターだ。

 クーデターの噂は本当だった。

 反体制派の手は、王宮内にまで延びていたのだ。

 眠らされた我々はどうなる?

 監禁? それともーー暗殺?


 嗚呼。

 毒見役のランよ。俺が愛した初めての女よ。

 きみと夫婦になることはできなかった。

 無念だ。


 そのとき、王太子は見た。

 コーデリアが自分をじっと見つめているのを。

 その唇が、何かを語りかけていた。

 声は聞こえない。

 が、唇の形を読むことはできた。


 ざ。

 ま。

 あ。

 み。

 ろ。


 ーーざまぁ見ろ!

 コーデリアは、口に手を当てて笑っていた。


 コーデリアは誓いを果たした。

 昨日の夜、撞球室で、お前の濃い顔にゲップが出たと王太子に罵られたとき、いつか絶対ざまぁ見ろって言ってやっからな、と誓ったのである。


 ジェイコブ王太子はその誓いは知らなかった。

 が、ざまぁ見ろと言われたと理解した瞬間、


(実はコーデリアこそ、反体制派の送り込んだ女スパイだったのか!?)


 と雷に打たれたようになり、ではあの手紙は罠だったのか、と思った。

 王太子の脳に、コーデリアの手紙の文面が甦る。


『拝啓、王太子様。私の唇は魅力的。プリプリしているので、男性によく触りたそうな目で見られます。私は性格も素晴らしく良いです。いいお返事、待ってますね。あなただけを一生愛する乙女、コーデリア・ブラウン』


 俺は騙された。

 毒見役との交換のカードに使おうと計画し、偽の婚約で騙したつもりが、まんまと騙されてスパイを王宮に入れてしまったのだ……

 

「貴様!」


 コーデリアに向かって吠えた。

 が、そこで力尽きた。

 王太子は、椅子から立ち上がりかけたところで、前のめりに床に倒れた。


 王、王妃、王太子の三人が、仲良く揃ってイビキをかいた。



 ◆◆◆◆◆



 ジェイコブ王太子が床に倒れた音を、食堂の扉の向こうで、レオ第二王子は聞いた。

 ニコラス・スミス宰相も、ランも、エリナも、衛兵隊長のコールマンも聞いた。


「何だろう、今の音は」


 冷静さを装って、第二王子は言った。

 ところが心中は冷静どころではない。


 本来、第二王子は、自室で朝食を食べているはずだった。

 そこに、コーデリアから異変を知らされた衛兵なり侍医なりが、第二王子を呼びにくる。

 第二王子は食堂に駆けつけ、眠りこけた両親と兄と対面する。

 やがて侍医により、王と王太子が奇病の「眠り病」にかかったと診断され(原因不明で眠り込んだまま起きなくなれば、医者とてそう診断して寝かせておくよりない)、政治の空白をつくらないように、レオ第二王子が代理の王を勤めるーーというのが、この謀略式無血クーデターのシナリオだった。


 だから、シナリオどおり自室に戻るつもりだったのだが、予期せぬことに、この勤王の権化のようなコールマンが警備についたため、食堂から離れづらくなった。なので宰相たちと立ち話をして、不自然に見えないようにこの場に残っていたのである。


 そうこうしているうちの、異音であった。


「人が倒れた音のようですが、にしては、声がしないのが不思議です」


 レオ第二王子を真正面に見ながら、コールマンが言った。

 第二王子は瞬時に決断した。


「僕が様子を見る。必要なら呼ぶよ」


 扉をノックする。

 待っていると、料理長が扉を開けた。

 この料理長もまた、絵に描いたような勤王家だーーと、第二王子はまだ思い込んでいた。


「失礼。変な音が聞こえたので」


 第二王子が言うと、料理長は早口に、


「不思議なことが起きました。陛下と王妃殿下と王太子殿下が、揃ってお眠りになったのです」

「何?」


 第二王子は驚いたフリをして中に飛び込んだ。そのあとからコールマン、ニコラス宰相、エリナ、ランの順に食堂へ。


 第二王子は見た。

 テーブルに突っ伏しているグレイス二世とポーラ王妃を。

 床に倒れているジェイコブ王太子を。

 おろおろしている料理人たちを。

 そしてーー


「……レオ殿下」


 私、頑張ったよ、という、泣き笑いのような顔を浮かべて立っているコーデリア・ブラウンを。


(まずい!)


 第二王子はさっと蒼褪めた。

 泣き顔、ならいい。

 でも泣き笑いはだめだ。

 なぜコーデリアは笑っている? と、衛兵隊長と料理長の胸に疑念を生じさせてしまうからだ。


「何があったのですか、コーデリアさん?」


 第二王子は必死で演技をした。ところがーー


「頑張ったね、奥さん!」


 突然エリナが走り出して、コーデリアに抱きついてしまったのだ。

 馬鹿野郎! と、思わず我を忘れて怒鳴りそうになる。国王陛下がすぐそこに倒れてるんだぞ。頑張ったね、奥さんは、どう考えてもおかしいだろ!


「……あ、ああ、毒見役を頑張りましたね、コーデリアさん。ところでこの状況は?」


 と、渾身の演技で何とかごまかそうとする第二王子。すると、つかつかとテーブルに歩み寄ったコールマンが、王の身体を無造作に揺さぶって、


「レオ殿下。こりゃあ陛下は、眠り病になりましたなあ」


 と、信じられないほど間延びした声で言った。


「あちゃー、王妃殿下と王太子殿下もだ。三人同時に眠り病だ。でも全然不思議じゃありません。こういうことは外国ではよくあると、風の噂で聞いたことがあります。しかし陛下と王太子殿下が同時に奇病に冒されたとなると、殿下に王になってもらうしかありませんなあ」


 第二王子はほっぺたをつねりたくなった。何だか夢でも見てるんじゃないかと思うほど、あまりにも都合よく物事が運びすぎている。

 そんな思いで言葉を失っていたレオ第二王子の前で、コールマンが捧げ銃(つつ)の敬礼をして言った。


「でありますから、本日ただ今より、殿下が陸海軍の総帥でもあられます。軍人はすべて殿下、いえ、新しく誕生したレオ一世陛下に忠誠を誓います。何なりとご命令を」

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