第43話 それから(口上)



 こうして、この一連の出来事は伝説になった。

 まさに、「眠り姫」や「灰の姫」のようにである。


 新国王レオ一世の改革により、国民の生活は格段に良くなった。

 奴隷は解放され、税を減らされた農民の労働意欲は飛躍的に向上し、経済がぐんぐん成長した。

 レオ一世がコーデリア王妃とともに視察に訪れると、涙を流した農民が押し寄せて、抱きついたりひれ伏したりしたほどである。


 むろん、すべてがうまく行ったわけではない。

 新たな法律によって贅沢を禁止された貴族の中には、グレイス二世の治世のほうが良かったと不満を抱く者もいた。

 また軍が縮小されたため、職を失った軍人が、暴力事件を起こすこともたびたびあった。


 とはいえ、国が明るくなったのは間違いない。

 レオ一世により、シェナ王国は近代への扉が開かれたのである。

 新しい世を謳歌した人々の例をいくつか挙げよう。


 女官のエリナは、学校に通うことになった。

 彼女は勉強が好きになり、首席で卒業すると、自分自身が先生になった。

 エリナ先生が授業を脱線して語る「コーデリア王妃物語」に、若い生徒たちはキラキラと目を輝かせた。


 転生者ランは、厚生大臣兼労働大臣兼初代女性活躍大臣になった。

 最初は「嫌だ、毒見役がいい」などとごねたが、働いてみるとなかなか面白かった。それに、一日中ゴロゴロして食べるより、仕事で腹をすかせて食べるほうが旨いということにも気づいたのであった。


 またそれを見て、天使も天で胸を撫で下ろした。


 衛兵隊長コールマンは、軍人を退役した。

 農民になったのである。

 生きていれば奇跡があるということを教え、自殺を思いとどまらせてくれた少年と、同じ道を歩みたくなったのだ。

 労働して収穫を得ることは、楽しかった。彼は五十半ばにして天職を見つけたのである。


 料理長は引き続き王室に仕えた。

 が、以前とはメニューをがらりと変えた。

 豪華絢爛な美食は食卓から消えた。

 代わりに、節約料理の考案に情熱を燃やし、コーデリア王妃推薦で出版されたレシピ本『王室シェフのお手頃クッキング』は、貴族にも平民にも解放された元奴隷にもウケて空前の大ベストセラーとなった。


 仙女の老婆は語り部になった。

 彼女はシェナ王国中を旅した。

 訪れた町や村で、人の集まる辻に立ち、レオ一世王とコーデリア王妃のロマンスとクーデターと毒殺未遂事件の秘話を、身振り手振りを交えて臨場感たっぷりに語った。

 もちろん、仙女の活躍を生き生きと描き出すことも忘れなかった。

 そうして、自分もまた「伝説」の一部となったことに、彼女は深い満足と喜びを得たのである。


 さて。

 文字によらない口承文学は、人から人へと伝えられるうちに、話の筋が変わってしまい、元の形がわからなくなるケースが多い。

 幸いこの話は、仙女によって書き留められていたので、ほぼ起きたとおりの事実を後代の人間も知ることができる。


 ところが。

 仙女を始めとして、事件の当事者のほとんどが世を去った八十年後、この話がある民話収集家の手で文章化され発表されたとき、元の形ではなく、変形した筋が採用された。

 タイトルは『王太子様、婚約者の私を毒見役と交代させるとはどういうおつもりですか?』。文字数は九千字弱。小説としたら短いが、シェナ王国に伝わる民話は、だいたいどれもこの程度の長さにまとめられている。

 

 したがって、人々はそちらを事実と思うようになったが、仙女の残した文章と比べると細かい点がだいぶ違う。たとえばコーデリアとジェイコブ王太子が知り合うきっかけが、事実は手紙であったのに対し、『王太子様ーー』では単に一目惚れとだけ書かれている。煩雑になるのを避けるため、手紙の部分は省略されたのだろう。


 ほかにも省略されたエピソードは多い。婚約破棄されたコーデリアの大逆転に焦点が当てられているため、衛兵隊長や天使や仙女の活躍についてはまったく触れられていないーー仙女にとってまことに残念なことに。


 だがこれは仕方がない。文字数が1万字以下なら、主要な登場人物は二、三人に絞ったほうがよい。ヒーローとヒロインと敵役、そのくらいがすっきりする。

 そして『王太子様ーー』では、ヒロインに感情移入しやすいように、コーデリアの一人称一視点で書かれている。そうなると必然的に、コーデリアの知り得なかった事実は省かれるため、仙女の行動や内面などは物語中から排除されたのだ。


 すると『王太子様ーー』を読んだ人々の中には、事実を知らないために、さまざまな点で疑問を口にする者も出てきた。


 たとえば、


「レオ第二王子ってどんな人だったの?」

「転生者ランの出自や性格は?」

「毒見の一族ってどんな人たち?」

「コーデリアの家族は文句を言わなかったの?」

「本当に百年眠って老化もしなくて死なないことなんてあるの?」


 などである。

 そこで今回、主として仙女の残した文章を資料とし、このような形で『王太子様ーー』を長編化させていただくことになった。これをお読みいただくと、現在普及している話ではわからなかった背景などが明らかになり、さまざまな疑問も解消されるであろうと思う。


 結果として、分量は十倍以上になった。また、できるかぎり事実を再現することを主眼としたため、神の視点を採用し、ほとんどの人物の内面を描写することになった。

 これは、一人称一視点とは異なり、感情移入を妨げる書き方ではある。あまりに視点が移動すると、読者の中には混乱し(またはイライラし)、読みにくさを感じる人もいるだろう。これは「視点の揺れ」と呼ばれ、現在の小説作法では避けるべき書き方だとされている。


 が、しかし、仙女の「語り」はこのようなものだったと思われる。すなわち、自由自在に登場人物の内面に入り込み、場面は移動し、時間軸も前後に飛び、なかなかクライマックス(コーデリア毒殺未遂事件)に迫らずに聴衆の期待感を煽り、九千語で語れる話を九万語にも引き延ばしたであろうと。


 また。

 さまざまな疑問とは別に、『王太子様ーー』に関して、ある不満が述べられることがあった。これはなかなか重要な問題を含むと思われるので、一言触れておきたい。


 その不満とは、


「王太子にされたことに対して、コーデリアの復讐が甘すぎる。全然ざまぁしてない。女主人公はマゾじゃないの?」


 というものだ。

 なるほど、とは思う。悪いやつが単に眠らされただけではスカッとしたカタルシスを得られず、期待を大いに外されて、読んで損したと感じたのだろう。

 難しいところではある。確かにあの王太子は、もっと悲惨な目に遭わされてしかるべきゲス野郎だ。小説ならそのほうが良いに違いない。が、これは史実なので、残念ながら結末を変えるわけにはいかなかった。期待外れだった方は、どうかその点を汲んでご了承いただきたい。


 その代わり、と言ってはなんだが、最後に百年後に起こったことを付け足して、この物語を終えたいと思う。それを読めば、「本当に百年眠って老化も死にもしないの?」という疑問や、「復讐が甘すぎる」という不満にある種の答えが得られるであろう(ただし、残酷なシーンが苦手な方は、読まないほうがいいかもしれない)。


 では、口上はこのくらいにして、続きを。

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