4-6
『うおおおおおおおああああああああああああッ!! 』
それはショウタの叫び声だっただろうか。
それとも炎の吼える音であっただろうか。
最早それは定かではない。
「ショウタ……!?」
今にも押し潰されそうだったアキホが呻くように呟く。
スッと身体が軽くなった気がした。エクストが一歩引いたのである。
その隙に振り返る。
すると、そこにいたのは――否、そこにあったのは一つ、天に伸びるような火柱であった。
ショウタの身体は完全に炎と化し、一欠けらも人間の部位を残していなかった。
全てが炎。だが不思議な事に感覚は全て生きている。
視界が四方八方に広がり、聴覚が周りの音を拾い、足の触覚が地面についている事を伝え、立ち上るアスファルトを焦がす匂いが漂う。
人間の時よりも拡張された感覚が全身に広がっている。今ならば炎震法とやらの感覚が理解出来た。
エクストの詳細な位置やイグナイテッド、アキホとヒノワの位置もよくわかる。
それだけではない。今、一般人がどこにいるのかすらもわかってしまう。
全ての人間、全てのエクスト、全ての物体を把握する感覚。とても生身の脳では処理しきれないような情報がショウタの中に流れ込んできているのだ。
『こ、これは……』
震えるはずのない喉が言葉を発する。だが、それはやはり言葉ではなかった。
「ショウタ、炎震法が使えるの!?」
『これが、炎震法……?』
ショウタは既に人の身体を失っている。代わりに全身による炎震法が可能になっていたのだ。
そのお陰で他のイグナイテッドにはないような強力な索敵能力などを有しているのである。
『グ、グオオオォォ……』
そんなショウタを前に、エクストは怯えるように退く。
明るく輝く、強い篝火と化したショウタは、冷気の塊であるエクストにとっては天敵ともいえる存在であった。
あるいは、だからこそエクストはショウタを狙っていたのかもしれない。
『怯えたな?』
ショウタはエクストを見据える。
ジワリ、と炎が形を変え、見る見る内に四肢を有する。
炎が人の形をとり、その右腕がエクストを指した。
『今までの借り、返させてもらうぞ』
『グアオオオオオ!!』
ショウタからあふれ出す殺気に中てられたのか、エクストがアキホを無視してショウタに突進を始める。
わずか二歩でその距離は縮まり、エクストの間合いにショウタが収まった。
その瞬間、一陣の寒風のごとき鋭さで、エクストの右手がショウタに覆いかぶさろうと振り下ろされる。
だが、
『俺は……負けないッ!』
両腕を高く掲げたショウタ。
両者の手がぶつかり合い、軽い爆発のような音共に蒸気が溢れる。
冷気と熱気が強烈にぶつかり合い、行き場を失った空気がはじけ飛んだのだ。
白い煙のようなものが辺りを埋めようかというほどに噴出する。が、次の瞬間にはそれすらも吹き飛ばされる。
『グアアアアアア!』
視界が開けると同時にエクストの叫び声が聞こえる。
溶解されたエクストの右腕が、傷口でドロリと垂れ落ちる。
圧倒的な高火力。アキホの剣でも切り裂けなかったエクストの腕を、ショウタは易々と溶かした。
覚醒したてのショウタが、イグナイテッドの能力をアキホよりもはるかに使いこなしていたのである。
いや、単純にショウタの中に猛る感情の熱が高かったのだろうか。
どちらにしろ、強力なイグナイテッドがここに誕生したのだ。
『グオオオオオッ!』
雄叫びのような声を上げる巨大エクスト。その巨体が軽々と宙に浮いた。
それはショウタから距離を取るように行ったバックステップ。
しかし、消極的な行動などではない。
次の瞬間には、ショウタの視界の端でキラリと何かが光る。
『しゃらくせぇ!』
ショウタには既にわかっていた。
先ほどの巨大エクストのバックステップ。あれは射線を通すため、障害物をなくすための行動。何故なら援護射撃が飛んでくるからである。
どこかに潜んでいるらしい狙撃手が、遠距離ビームを放ったのだ。
しかし、それと同時にショウタも体の一部を飛ばす。
まるで弾けた溶岩の塊のようなものが、赤熱しながら壁を作ったのである。
冷凍ビームはその炎の壁にぶち当たり、しかしそれを貫通する事は叶わなかった。
『ヌルいんだよ、雑魚がッ!』
『グオオオオオオッ!』
もう一度、巨大エクストの叫び声が聞こえる。
巨大エクストは開いた距離の分、勢いをつけて攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
物理的には理に叶った攻撃である。しかし、既に人知の外を往くこの戦場では、わずかばかりも意味を成さなかった。
『グオオオオオッ!』
エクストの気合の入った叫びと共に、残った片腕が振り下ろされる。
巨大な質量、走りこんできた勢い。
それはどんな硬い装甲車であろうと、なんなら戦車であろうと、軽々とぺしゃんこにしてしまいそうな圧力を以って、ショウタへと襲い掛かる。
『いい加減、学習しやがれ!』
だが、それに対してもショウタは炎を飛ばし、対応する。
それは最早小さな太陽とすら言えるような、超高熱を持ち、直視すれば目が焼けてしまうかのような光を発していた。
「あれが……ショウタの、炎!」
イグナイテッドの身体であろうと、本能的に手をかざしてしまう。
しかし、そんな中でもアキホはその炎を見ていた。
暗く淀んだ世界に落ちる一条の光のような、未曾有の危機を取り払う神の救いのような。
それはまさしく、救世主の姿であった。
『グゴゴゴゴオオオオオッ!』
ショウタの放った炎により、巨大エクストの腕は見る見る内に蒸発していく。
白い煙を上げながら、瞬く間に肩まで解け落ちてしまったエクストは、ついにその膝を折った。
『グゴオオォォォ……』
痛みに悶えるエクスト。それが隙となり、あれほど輝いていたショウタの姿を一瞬見失っていた。
『ここだ、ウスノロ!』
聞こえているかどうかは定かでないが、エクストの頭上から声が降って来る。
高く飛び上がったショウタはその右腕を大きく振りかぶる。
『消え去れえええええッ!!』
一瞬でその右腕が大きく変形し、巨大エクストのそれとも比較出来るようなサイズとなる。
大きな炎の右手が近づくだけで、エクストの身体がジワリと溶け出すようであった。
『グ、グゴオオオオオ!』
エクストの断末魔が響く。
ショウタの右腕が振り下ろされ、エクストの脳天を直撃した。
先ほどと同じような小さな爆発音が響き、白い煙が辺りに広がり、そしてすぐさま消える。
それとほぼ同時に巨大エクストの身体も露も残さず消え去ってしまう。
まるで最初から幻だったかのように、そこには水溜りの跡さえも残らなかったのだった。
その一部始終を目の当たりにしていたアキホは、完全に呆気に取られる。
「すごい……あのエクストをあんなに簡単に……」
『はぁ、はぁ……烏丸、まだ終わってないぞ!』
「え? ……あ! 狙撃手!」
巨大エクストを倒したのは良いが、まだ一匹、狙撃手が残っている。
しかし、狙撃手との距離はかなり開いている。その上、他のエクストと同等のスピードを持ち合わせているならば、今から追いかけるのはかなり難しいだろう。
何せこちらは覚醒したてのショウタと、腹部に手痛い傷を負っているアキホなのだ。追跡能力にはかなり劣る。
「ど、どうしよう!? 早く追いかけた方が良いかな!?」
『いや……神崎、聞いてるか?』
『聞こえてるよ』
炎震法が届き、ヒノワの声が聞こえてくる。
『まったく、僕は怪我人だよ? もう少し労わってくれても良いじゃないか』
『うるせぇ、アンタにはまだ貸しが残ってるんだ、キッチリ働いてもらう』
『わかってるよ』
声を届けると共に、ヒノワにはエクストの詳細な位置も送っている。
『これだけハッキリ位置がわかってれば、外さないさ』
ヒノワの声が聞こえると同時、空に一筋の赤い線が引かれる。
それはヒノワの放った全力の熱線であろう。空高く飛び上がって逃げ出そうとしていたエクストを完璧に捉えたのである。
これによって全てのエクストは討伐され、炎震法にもその反応がなくなった。
『これで一件落着……か……」
言葉の途中でショウタは元の肉体を取り戻していた。
火柱は跡形もなく消え、その中からショウタが倒れこむ。
「ショウタ!」
慌ててアキホが抱きとめるも、痛みが祟って二人して地面に倒れこんでしまった。
「痛、いたた……ちょっと、ショウタ! 大丈夫!?」
「……うぅ……」
「すごい熱……! 覚醒したてであんな力使うから! あー、もうどうしたら!?」
気を失うショウタを抱えながら、アキホは半泣きで通信機のボタンを連打するのだった。
****
こうして、前代未聞のエクストの大量出現事件は幕を閉じたのである。
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