4-4
一方その頃、ショウタの家の中にチャイムの音が鳴る。
「来客……? まぁでも橘田沼さんが対応して……」
くれるだろう、と思ったが、そう言えば先ほど夕食の買出しとか言って出かけてしまっている。
今、この家にはショウタしかいない。
だが別に来客の予定があったわけでもない。こんな夕方時にやってくる人間に心当たりもないし、きっと適当な営業マンか、もしくは学校で重要なプリントが配布されたのを誰かが嫌々持ってきたとか、その程度だろう。
営業マンならばスルー安定だし、プリント案件だったとしてもポストに突っ込んでいってくれるはずだ。どの道、ショウタが顔を出して応対する必要はない。
そう思って適当に自室のベッドでゴロゴロしながら漫画でも読んでいたのだが、チャイムは幾度も鳴る。
「くそっ、うるせぇな……」
諦めの悪い客もいたものだ、と思ったがこうなったらもう根競べだ。
今更ノコノコと応対するのも恰好がつかないのでショウタは意地でも玄関は開けまい、と誓ったのである。
その内、ふとチャイムが鳴り止む。
根競べに勝ったか、と思ったその時、
『いるんだろう、返事ぐらいしてくれ』
頭の中に声が響く。
この感触には覚えがある。
「炎震法……ッ! この声は……」
イグナイテッドが使うコミュニケーション手段、炎震法。その喉を震わせずに発する声は本人のモノに由来しているらしい。
声にも聞き覚えがあった。この声は神崎ヒノワのものだ。
『炎震法から逃げられると思わない事だ。これは他のイグナイテッドやエクストの位置まで割り出せるからね』
「そんな面倒な機能が……」
アキホも便利に使っていた機能だ。ショウタをおびき出すためのずるいブラフなどではないだろう。
ショウタがイグナイテッドになってしまった以上、炎震法を使われればどこにいても位置を把握されてしまうと言うことだ。
取り外せない発信機を取り付けられたようなものである。
「プライバシーも何もあったもんじゃねぇな……」
ため息をつきつつ、ショウタはインターフォンを取る。
モニターに映し出されていたのは確かにヒノワである。
「何のご用ですかね?」
『お、ようやく出てくれたね。少し君に話がある』
「俺にはないです。あと、親に数日間は外に出るなって言いつけられてて、あなたと話す事も出来ません。お引取りください」
『じゃあ僕を家に入れてくれれば良いじゃないか』
「アンタ、随分図々しいな」
苛立ちを隠すことなく、ショウタは声に乗せる。
「アンタなんかと話したくねぇって言ってるんだ。とっとと失せろ」
『すまないが、そういうわけにも行かない。君にはイグナイテッドアライアンスに所属してもらうための書類にもサインしてもらわなけりゃならないしね』
「そんな組織には入らねぇって言ったはずだ」
『例外は認めない、とも話したはずだがね?』
二人の意見は平行線。どちらも妥協する気もない。
落とし所が見当たらず、このまま押し問答かと思ったのだが、その時ヒノワの後ろに人影が現れた。
『あら、お客さんですか?』
この声はりこのものだ。どうやら買い物から帰ってきたらしい。
しめた、とショウタは口元を歪める。
りこがヒノワを怪しんで追い返してくれれば、ヒノワも折れる可能性はある。
りこに気がついたヒノワは後ろを振り返った。
『おや、この家の方ですか?』
『はい、そうなんです。営業か何かで?』
『いいえ、ショウタくんの友人でして』
「誰が友人だッ!」
油断していた。りこはどちらかと言えば警戒心は強くない。
営業の人とも長話をしてしまうぐらいのお話好きである。ヒノワを追い返すどころか、意気投合する可能性の方が高かったのである。
「橘田沼さん、ソイツを追い返してください!」
『あら、ダメですよ。お友達は大事にしないと。さぁ、入ってください。お茶とお菓子でも出しますね』
『お気遣いなく。ショウタくんとお話ができればすぐに帰りますので』
『あらあら、そんな事言わずにゆっくりしていってくださいよぉ。ショウタさんのお友達が来るのなんて初めてなんですから』
そう言ってりこは玄関を開けてヒノワを迎え入れてしまう。
インターフォンのモニターにはヒノワのピースサインがチラッと映った。
「クソがッ!」
まんまと侵入を許してしまったショウタは、インターフォンの受話器をたたきつけた。
「で、話ってなんだよ。とっとと話して、とっとと帰れ」
居間に通されたヒノワを対面に、ショウタは不機嫌そうな表情で迎える。
そんなショウタを気にした様子もないヒノワは、りこからお茶を受け取り和やかに口を開く。
「イグナイテッドアライアンスに所属するための書類にサインを――」
「だからそれは断ったはずだ」
「――とは別の、とても重要な案件だよ」
スッとヒノワの目が鋭く細められた気がした。
そんな様子にショウタも若干警戒を強める。
「別の、って言うと?」
「君は当事者だから当然知っているだろうが、先日の二日連続で起きたエクストの襲撃。あれはアライアンスとしても観測史上初めての事だ」
「エクストの出現頻度は、確か月一くらいって話だったな」
「そう。それが二日連続と言うだけでも驚きなのに、ほぼ同地域に現れたのだからこれには何か裏があると見ている」
「エクストの出現を誰かが操っているって言うのかよ? あのバケモノを?」
「バケモノとは言うが、エクストの生態などは何もわかっていない。どうして人を襲うのかもわかっていないのに、ヤツらを操る事が出来ないと決めるのは早計だと思うがね」
確かにエクストを操る手段がないとは言えない。何故ならエクストについて何もわからないからである。
発生条件もわからないのだから、出現を操る可能性は皆無ではない。
だが、どうにも荒唐無稽だ。
可能性が否定できないからと言って、それを認めてしまうのは浅はかな気がする。
「アンタは出来ると思っているのかよ?」
「出来ないとは言い切れないとは思う。いや、それよりもだ。今回の件は誰かが意図してそこに出現させている、というよりも、何かの条件があってエクストが呼び寄せられたのではないか、と思っている」
「条件……?」
「端的に言おう。それが君ではないか、と僕個人は思っている」
「俺が? はっ、ありえねー。俺は一般人だぜ? エクストを呼び寄せるなんて……」
「以前にもエクストが特定の人間を狙って出現した例が幾つかある。君ももしかしたらその内の一人なのかもしれない」
「俺に何か原因があるって言うのかよ?」
「可能性はゼロではない」
至極真面目に話すヒノワだが、ショウタはこれをどうしても信用できない。
自分がそれほど注目される理由がない。
確かに人間世界でショウタは特殊な人生を歩んでいるといえるだろう。
早くに親を失い、議員に拾われ、クラスメイトからは腫れ物のように扱われる。それは特殊と言っても良い。だが、だからと言ってエクストにとってどうだというのか?
そんなクラスから浮いている程度の人間がエクストのターゲットにされる理由になるのだろうか?
それに、極少数ではあろうが、ショウタ以外にもそういう境遇の人間はいるはずだ。その誰かもわからない他人ではなく、ショウタが選ばれた理由とはなんだろうか?
総合的に考えてやはり
「ありえないね」
と鼻で笑った。
その答えを聞いて、ヒノワも小さく笑った。
「やはり、君はそう答えるか」
「当たり前だろ。そんな証拠もない空言を信じるほどバカじゃない」
「……だが覚えておいて欲しい」
頭から信じるつもりのないショウタに対し、しかしヒノワは真摯に視線を向けた。
「二日連続で現世に出現できるエクストが、ターゲットを見つけているにも拘らず、ここ数日は鳴りを潜めている。何かを企んでいるような気がしてならない」
「アイツらにそんな能があると思ってんのかよ?」
「ない、とは言い切れないだろ? ……まぁ別に脅かしたいわけじゃない。単純に気をつけてくれと言いたかっただけだよ」
話を終えると、ヒノワはお茶を全て飲み干し、席を立つ。
「それじゃあ、僕の話はこれだけだ」
「アライアンスの書類とやらは良いのかよ?」
「良くはない、けど今すぐ提出してくれるわけでもないんだろ?」
「ってか、今手元にないしな」
そう言えばヒノワが渡した書類はアキホが拾って、そのままショウタに届けられていない。
「……あとでもう一部用意しよう」
「必要ないから、用意しなくて良い」
「そうはいかないって言ってるだろ。……まぁ、その話はまた今度だ。僕はこれでお暇するよ。また、近いうちに」
「もう来るな」
「あらあら、お帰りですか? 大したお構いも出来ませんで……」
立ち上がったヒノワを見て、台所に控えていたりこが顔を出してくる。
いつも何を考えているかわかりにくいりこであったが、あの表情は容易に内心を読み取れる。
察するに『やっべー、イグナイテッドの方でしたかー! これは義正さまにも怒られるっぽい案件じゃないですかねー!?』という顔だった。
義正はこの町でも反イグナイテッドの筆頭。その義正の息子が住んでいる家にイグナイテッドの、それもエースであるヒノワが客として招かれたとバレれば、かなり叩かれる要素になるだろう。
考えなしに人を呼び込むものではない、とこれで学んでくれれば良いのだが。
それを見て、ショウタはヒノワを呼び止める。
「なぁ、アンタ。今日、ここに来た事は誰かに話したりするか?」
「ん? いや、別に必要がなければ口外はしないけど……」
「俺は反イグナイテッド派の親父を持ってる。アンタがここに来たなんて知れたら少しまずいんだ。こんな歳になって親父にどやされるのも癪なんでね」
「……つまり、僕が今日の事を喋らない代わりに君がなにかしてくれると?」
「テメェは俺に借りがある。そうだな?」
母親の仇、と言うのは大きな貸し借りである。
こんな些事ごときで帳消しになるわけがないが、だが現状ではショウタの方が立場は上だ。
それにヒノワも本当に口外するつもりはない。
「わかったよ。今日の事は誰にも話さない」
「さすが、イグナイテッドのエース様は利口で助かるね」
「……君も、そうやって僕を利用してくれるのならまだありがたいよ」
「どういう事だよ? そういう被虐趣味か?」
「ちがうよ。取り付く島もなく追い返されるよりは、この方がまだ救いがある」
「勘違いするなよ。俺はアンタを許すつもりなんか毛頭ないからな」
「肝に銘じておこう。……さて」
ヒノワが部屋を出ようとしたその時。
ヒヤリ、と冷たい風が足元をなでた。
「あら、隙間風かしら?」
りこがのんきな声を上げるその横で、ショウタは冷や汗を浮かべながら周りを窺い、ヒノワがすぐに重心を落とした。
次の瞬間、居間の隅で空間にひび割れが起きる。
「橘田沼さん!」
「えっ」
すぐにショウタがりこを庇うように立つ。
瞬間、空間の割れ目を突き破ってとてつもない冷気が槍のように飛び出てくる。
ガラス片のように割れた空間を纏い、奥から冷凍ビームが飛んできたのである。
狙いはりこ。しかしその間に立ったショウタがそれを代わりに受ける形となった。
イグナイテッドになった事で、ショウタの身体能力は大幅に向上されている。それに伴って感覚すらも進化しているようで、本当ならば瞬く間にショウタに到達しているであろう冷凍ビームの挙動が、やけにゆっくりに見えた。
これがショウタの恐怖を煽る。
なにせショウタはこのビームを一度食らい、死にかけているのだ。
その記憶がフラッシュバックし、胃に強烈な圧力を加えてきた。
死の恐怖が身体の芯を強烈に冷やすのと同時に、身体は強く温まる。熱いほどに。内側で起こる熱の渦巻きでどうにかなりそうだった。
吐きそうになる気持ちを我慢し、その場に踏みとどまる。
ここでショウタが避けるのは、恐らく可能であろう。だが、そうすればこのビームはりこに当たる。
それは絶対に認められなかった。
「ぐぅッ!!」
ジュウ、と音がしてショウタが防御するために咄嗟に前に出した腕が焼けるような熱さを覚える。
湯気が上がり、強烈な痛みが走ったが、ショウタの腕が氷漬けになるような事はなかった。
「ってぇな、おい!!」
「鏡くん!」
ヒノワがショウタの前に立ったとほぼ同時、空間の割れ目からエクストがズルリと現れる。
まともな人型のように見えるが頭部に一つ、瞳のようにぎらついている、頭部の宝玉のようなものが異様であった。
「ショウタさん、大丈夫ですか!」
「ええ、大丈夫です。……おい、アンタ! イグナイテッドならあのエクスト、どうにかしてくれるんだろうな!?」
「わかっている。まずは外に出よう」
ヒノワはショウタとりこを抱え、そのまま居間から庭に続くガラスをぶち破って外へと飛び出す。
庭の地面を蹴り、また高く飛び上がる。
それは屋根をも越えるほどの高さ。
「わ、わ、飛んでますよ! ショウタさん!」
「わかってますよ! 喋らないで、舌噛みますよ!」
興奮するりこを宥めつつ、ショウタは庭を見据える。
ぐんぐん遠ざかる庭にはぶち破られたガラスの破片が飛び散っていた。
「すまないが、ガラスの弁償は後でしよう」
「それよりも、あのエクスト、追っかけてきてるぞ!」
ショウタが指差す先、ぶち破られたガラスからエクストがのそりと顔を出していた。
流石に目の前の獲物を見逃すようなバカではないらしい。
「少し、目を瞑ってくれ」
「あぁ!?」
「僕の炎を見ると目に悪いからね」
そう言われてショウタもりこも目を瞑る。
それを確認した後、ヒノワは自分の炎を操る。
「イグニッションッ!!」
聞こえてきたのはイグナイテッドが力を発揮する時のキーワード。そして直後にヒノワが自らの肩の上辺りに炎を発生させる。
それは十年前と同じ、いやそれよりも強力になった熱線。
まるで一条の糸のように細かったが、熱線の放つ光はとても強く、その熱量が尋常でない事を感じさせた。
イグナイテッドの炎を操る能力は大抵が二種類に別けられる。
アキホのように炎を一箇所に固定して武器のように扱う固形化、そして今ヒノワが見せたように炎を自由に発射する事が出来る発射型。
他にももう一種類確認されているがその報告例が極稀なので、ほとんどの人間はイグナイテッドの能力に関してはこの二つだと考えている。
ヒノワはその発射型のイグナイテッドの中でも超高火力を誇っている。
全力で火力を出せばその温度は二千度を超え、同時に発射できる熱線の本数も六本とかなり多い部類に入る。
この超火力で彼は今のトップランカーの地位を手に入れたわけだ。
今発射した熱線では温度をかなり低めに見積もっている。本気を出せば近くにいるショウタやりこにも被害が及ぶはずだ。それを危惧してかなり低温で発射しているのである。
だが、それでもあのエクストを倒すには充分であった。
ヒノワが発射した熱線は確実にエクストを捉え、その頭部を穿つ。
どうやらエクストも防御用の冷気を張ったようだったが、そんなものは意味を成さなかった。
鏡家の庭で小爆発が起き、土煙とともにエクストも消えうせた。
それを確認しつつ、ヒノワは隣家の屋根の上に着地し、二人をそこに降ろした。
「二人とも、怪我はないかい?」
「わ、私は大丈夫です。でも、ショウタさんが……!」
「平気ですよ、これぐらい」
ショウタの腕を見ると、そこには大きなやけどのような跡が残っていた。
極低温による酷い凍傷である。
ショウタの腕には今、尋常ではない痛みがビリビリと走っているが、それを我慢する。
むしろ、驚きでそれどころではなかったのだ。
「前に食らった時は死ぬかと思ったのに……この程度で済むのか」
「それがイグナイテッドの力だよ」
驚くショウタにヒノワが当然のように話す。
「イグナイテッドにはエクストの冷気に対抗するだけの力が備わっている。僕たちイグナイテッドはそれをエクストを討伐するために使うんだ」
「その力で人を殺しておいて、よく言う……ッ!」
ショウタはヒノワの力で母親を失った。それもまたイグナイテッドの力であった。
ヒノワもそんな辛辣な言葉を素直に受け止める。
「確かに、僕は君の母親をこの力で奪ってしまった。それだけではない。他にも多くの人の命を奪ってしまった……。だからこれからはこの力を、人を助けるためだけに使う。そう誓っているんだ」
「それで許されるとでも思ってるのか!」
「いいや、当然許されるべきではないと思うし、許しを請うために人を助けるわけではないよ。それでも僕はこれ以外に贖う方法を思いつかなくてね」
「恰好付けやがって……」
そんな風に言われてはもう何もいえない。
これでは復讐に燃えているショウタの方が馬鹿ではないか。これ以上言葉を重ねればより自分が惨めになってしまう。
「あのぅ……お二人とも、そろそろ下に降りませんか? ここ、人様のおうちの屋根の上ですし……」
「そうですね。そうしましょう」
おずおずと口を挟んだりこの提案に、ヒノワが同意する。
ショウタもその事には異を唱えるつもりもなかったので素直に従おうとしたのだが、その時、ヒノワの懐から電子音がなる。
「おや、ちょっと失礼」
『ヒノワさん、大変です!』
彼が取り出したのは携帯電話。通話先の人物はとても慌てているようで、電話からも声がもれ聞こえるレベルの大声を出していた。
『町のあちこちでエクストの反応があります! その数、十三体!』
「……なんだって?」
『近くの人間を襲いながら、住宅街の方に向かっています! 早く対処しないと……ッ!』
「わかりました。とにかく烏丸さんにも連絡を入れて応援に来てもらってください。その間に僕も出来るだけ数を減らします」
『お、お願いします!』
通話が切られたが、内容はショウタにもりこにも伝わっていた。
その異常な状況に、りこが首を傾げる。
「え、えと、今のって……?」
「十三体、って、言ったのか?」
「……そのようです」
青ざめるりこに、ヒノワが答える。
たった一体でも下手をすれば何十人と言う規模の被害が出るというのに、今回は同時に十三体。しかもこの町にいるイグナイテッドはたった二人だ。
「今、僕の炎震法でも確認しました。どうやらこの住宅街を中心に、十二体のエクストが現れているようです。十三体と言われたのは、多分さっき僕が倒したエクストを含めての数なのでしょう」
「それでも十二体もいるんだろ!? どうするんだよ!?」
「どうもこうもないさ。出来るだけ迅速に、住民に被害が出ないうちに数を減らす。それしかないだろう」
苦々しげに呟くヒノワ。その策では被害を抑えたとしてもかなり大規模な損害が出るのは目に見えているのだ。
だが現状取れる策はそれしかない。あとは出来るだけ早くアキホにも動いてもらって、両面作戦を取るしかないだろう。
「すみませんが、お二人は自分たちで避難場所まで向かってください。僕はすぐにでも対応に向かわないといけません」
「待てよ!」
軽く会釈をして屋根から飛び出そうとしていたヒノワを、ショウタが呼び止める。
「俺も連れて行け!」
「……なんだって?」
耳を疑った。
ショウタは自ら死地に赴こうというのだ。
幾らイグナイテッドだからと言って、エクストから何度も攻撃を受ければタダではすまない。それはついさっき、腕にビームを受けたショウタが文字通り痛いほどわかっているはずだ。
だが、それをおしてなお自分を連れて行けというのである。
「正気か、君は。炎も操れない君では、エクストに対抗できないんだぞ」
「俺はアイツらに狙われているんだろ。だったら、俺を餌に使えば、アイツらの行動をある程度操れるはずだ!」
「それは……確証がない僕の推測でしかない。実際にそうなるとは限らない」
「だとしても、少しでも可能性があるなら、俺を連れて行け。目論見が外れたなら、その辺に捨ててくれて構わない」
確かにエクストがショウタに釣られて移動ルートをこちらに向けてくれたならば、人のいない方へと誘い込む事も可能だろう。
だが、それは本当に確証がない。エクストの連続出現やショウタの付近に現れたのも奇跡的な偶然かもしれないのだ。
しかし四の五の言っている暇もない。
ショウタの目の奥に宿る光が、強くヒノワを刺した。
「君は……僕なんかよりもずっとイグナイテッドに向いている」
「なんだよそれ、嫌味か」
「そうじゃない。本心からの言葉だよ」
人助けのために自らの命をかける。
言葉にすると聞きなれたものだが、実際にそれを行動に移せる人間は少ない。
ショウタはそれを自然と行えるのだ。それがどれほどイグナイテッドに必要な素養か。
「君の覚悟に、敬意を表する」
「んな事ぁいいから、さっさと行くぞ」
「しょ、ショウタさん!」
話が纏まりかけた所に、りこが割って入る。
「橘田沼さん……」
「どうしても行くんですか……」
「ええ、俺に出来る事があるなら、それをしたいんですよ」
「でも何もショウタさんがやることはないじゃないですか……」
「俺にしか出来ない事なんです」
現在、エクストに狙われているであろう候補はショウタ以外にいない。だとすれば釣り餌に出来るのはショウタだけと言うことだ。
「わ、私、嫌ですよ。ショウタさんが怪我したり……いなくなったり……」
「大丈夫ですよ。コイツが俺のボディガードです。イグナイテッドのエースなんて大層な看板背負ってるんだから、こき使ってやります」
指名されたヒノワも無言で頷く。
彼とてショウタに怪我をさせるつもりは一切ない。
「橘田沼さん……帰ってきたら美味しいものでも食べに行きましょう。今日の夕飯は、あの居間じゃ食べられそうにない」
「じゃあ、私の実家に行きましょう。近くにあるんです。そこで私が腕を振るいますから」
「そりゃ楽しみだ。絶対に帰ってこなくちゃね」
おどけたように笑い、ショウタの腕を掴むりこの手に、自分の手を重ねる。
しばらくの後、ゆっくりとりこが手を放した。
それを見て、ヒノワがショウタを抱える。
「さて、行こう。ぐずぐずしている暇はない」
「おう、落っことしたらタダじゃおかねぇからな」
「はは、気をつけるよ」
「……お気をつけて」
りこの見送りを受け、二人は屋根の上を飛び出していった。
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