4-2
翌日、アキホが学校へ登校すると、隣の席が空いていた。
主人のいない机は何故か少し寂しそうにも見える。
「ショウタは休み……?」
周りを見回してもショウタの情報を持っていそうなクラスメイトはいない。これでは休みかどうかすらもわからない。
単なる遅刻か……いや、そうではないだろうか。
今の時間――未だに通学路があやふやなアキホがひたすら迷って、やっと学校にたどり着くような時間にショウタがいないとなると、休みの線が濃厚だろう。
「昨日の今日でなにかあった、とは思いたくないけど……」
心配になって携帯電話を取り出してみたが、しかしショウタの連絡先を知らない。
友達、とは自称してみたものの、こんな事では友達とは言えないだろうか。
「ショウタにも友達じゃないって言われちゃったしなぁ。……あぁ、若干凹む」
いつも朗らかなアキホが沈んでいる所を見て、クラスメイトは一頻り心配してくれたが、それでもアキホは苦笑を浮かべるだけであった。
昼休み。
弁当を食べ終え、アキホは教室を出る。
いつもならクラスメイトと談笑したり、たまには体育館やグラウンドで遊んだりもするのだが、今日はそんな気分でもない。
人に話しかけられて応対するのも億劫だったので適当に校内を散歩しようと思ったのだ。
そこで、ふと見知った人影を見つける。
学生服の生徒が多くいる中に目立つスーツ姿。教師としては若すぎ、教育実習生と言うわけでもない。
その人影とはヒノワだった。
「ヒノワさん、どうしてここに!?」
「おや、奇遇だね。……とは言っても君の通っている学校だというのは聞いていたから、会う可能性も考えてはいたが」
「な、なにかお仕事ですか?」
「まぁね」
昨日、かなり失礼な口を聞いてしまった手前、かなり緊張してしまう。
ヒノワの方は気にしたような素振りを見せていないが、それは大人の対応と言うヤツだろう。内心はどう思っているかわからない。
「……安心しなよ。僕は怒ってなんかいない」
「本当ですか?」
「炎震法で確かめてみるかい?」
イグナイテッドのコミュニケーション術、炎震法では相手の本心すらも窺える。
テレパシーに近い方法が故に本心を偽りようがないのだ。それが会話よりも高等な対話術として重宝されたり、迷惑がられたりする。一長一短である。
「そんなことより烏丸さん――」
「そんなことって! 私にとっては結構シビアな問題ですよ!?」
「これは失敬……話を戻すが、僕の仕事の話だ」
「仕事……またショウタの事ですか?」
担任教師からも聞かされたが、ショウタは本日、休みである。どうやら体調がよろしくないという話であったが、昨日アレだけ元気が良かったのに急に床に伏すとは妙な話である。
何か理由があるのだろう、とは思っているがそれが何かというのはアキホに知る由はない。
「ヒノワさん、ショウタに何かしたんですか?」
「何かって……鏡くんがどうかしたのかい?」
「今日、休みなんです。理由は体調不良ってことらしいですけど……」
「まぁ、便利な文句だよね。体調不良。本人にしか体調の良し悪しはわからないし、本人がそうなのだといえば他人がどうこう判断しづらい。彼の場合、いまや体温計だってアテにはならないわけだしね」
飄々と受け答えをするヒノワ。この態度がアキホの猜疑心をあおる。
「ヒノワさんがなにかやったんですか?」
「僕が?」
アキホに尋ねられて、ヒノワは心底意外そうな顔をした。
「僕は彼にアライアンスに入るための書類にサインして欲しいんだよ? 下手に出ることはあっても彼の自由を制限したりしないさ。そもそもそんな権限もない」
確かにアライアンスに所属している身としては、ショウタの機嫌を損ねるような事は避けたいだろう。無理矢理書類にサインさせる事は出来るだろうが、そんな事をしては世間にいらぬ荒波を立てる原因になる。
ただでさえイグナイテッドは偏見されがちなのに、変に目立つ必要はないだろう。
それにショウタは鏡義正の養子だ。圧力をかけたとバレれば、反イグナイテッド派につけこまれる隙になるだろう。それは上手いやり方ではない。
「彼が体調不良だと言うのなら、帰りにお見舞いにでも行ってあげたらどうだい? 手土産の一つでも持っていけば嫌な顔はされないだろう」
「……そうやって私をダシにしてショウタを懐柔しようだなんて甘いですよ」
「ははっ、こりゃ鋭い。……いや、話がまた脱線したな」
コホン、と一つ咳払いをはさみ、ヒノワが仕切りなおす。
「僕が今日、ここへ来たのは……と言うか、この町まで出張に来たのは先日のエクストの件でのことなんだよ」
「先日……? 私が倒した二体の事ですか?」
「そう。二日連続でエクストが同市に出現する、なんてことは今までありえなかった事だからね。調査して原因を突き止める必要がある」
エクストは国内でも多くて一ヶ月に一、二度現れる、と言うのが今までの通例である。その出現位置も近所に連続して現れることはほぼなかった。再出現範囲が半径五十キロ以内となれば一例たりとない。
そんなイレギュラーがこの町で起きたとなると、それは調査に値する案件であろう。
「昨日で繁華街の方はザッと調べ終わったから、今日はこちら、と言うわけだ。エクストが発生した場所なんかを教えてくれるとありがたいんだけど?」
「……そういう事なら先生がたが対応してくれるんじゃないですか?」
「一度危険なバケモノが出現した場所に、一般人が行きたいと思うかい?」
エクストが高い頻度で出現することはない、と通説があるが、それも打ち砕かれている。そうでなくとも曰くつきの場所に再訪したがる人間はいない。
「まぁ、それでも案内を申し出てくれる教員はいてくれたけれど、僕は彼らに強要するよりも、君に案内してもらった方が楽だし、安全だと思う。どうだい?」
「……わかりました」
そこまで言われては突っぱねる事も出来ず、アキホはヒノワと共に旧校舎までいく事になった。
元々やる事があったわけでもなし、良い暇潰しになると思えば楽な仕事である。
そんなわけで旧校舎、現部室棟。
「ここでショウタがお昼ご飯を食べていた時にエクストが出現したそうです」
「なるほど……」
やって来たのは空き教室の一つ。
今では壁や床に発生した氷や霜も取り除かれているが、数日前までは結構酷い有様であった。
現在でも廊下側の壁が粉砕されており、近くには立ち入らないようにテープが張ってある。
「なにか、わかりますか?」
「いいや、驚くほどに何も」
笑って両手を挙げるヒノワ。その様子にアキホは少し肩透かしを食らった。
「なにもって……何もわからないんですか!?」
「僕だってそういう能力に特化してるわけではないしね。昨日、繁華街の方を見た時もそうだったけど、現場自体に特に変わったところはない。……確認するけど、ここに鏡くん以外に誰か人はいなかったかな?」
「え? えっと……たしか上級生が二人いたはずです。他には珍しく人もいなかったと……」
「じゃあその上級生二人が繁華街行きのバスでエクストに襲われたかどうかはわかる?」
「バスの件が解決した後、近くにいた方々の顔は見ましたが、上級生二人は見ていません」
「つまり、この二つの事件で共通しているのは、鏡ショウタが現場に居合わせたことと、君が解決した事ってことぐらいか」
「まさか、私かショウタに何か原因が……!?」
「ありえない話ではないだろうね。エクストはその特性上、死体を解剖する事も出来ないし、生け捕りにする事も難しい。生態に関して謎な点が多すぎる」
エクストは死ねば液体となり、その成分はほとんど真水と一緒。生け捕りにしようにも化学兵器どころか通常兵器は一切通用せず、感情に訴える事も出来ない。
唯一有効なのがイグナイテッドの操る炎であるが、これらを使用すればまず間違いなくエクストは死亡する。捕えるのは無理だ。
故に、エクストがどこから来て、何故人を襲うのかも全くわかっていない。
わかっているのはエクストが恐ろしいほどの冷気を発し、他者から熱を奪って殺すと言うことだけ。そこに何の意味があるのかは一切解明されていない。
「君か鏡くん……いや、ぶっちゃけてしまえば出現した際にその場に居合わせた鏡くんの方がエクストを呼び寄せる『何か』を持ち合わせている可能性が高いと考えている。それがわかれば、エクストに対して理解を深めると同時に、新たな対抗策も出るかもしれない」
現状は出現したエクストに対応して撃退するという、後手に回る戦法しか取る事が出来ない。しかし、エクストが出現する条件、もしくは呼び寄せる要素が解明できれば、こちらからエクストに影響し、呼び寄せて倒す、と言うことも可能になるのだ。
戦闘がこちらの思惑通りに進められるならば、今まで以上に被害を軽減することができるのである。
「出来れば鏡くんを調べさせて欲しい所だけど、ご存知の通り、イグナイテッドを――とりわけ僕なんかは毛嫌いされているからね。どうにも上手くいかないよ」
「それは……親の仇なら私だって反目します」
「そりゃそうだろうね」
「……やっぱり、ヒノワさんが人殺しなんて、なにか理由があるんじゃないですか? 理由を話せばショウタだって少しは……」
「またその話か。昨日も言った通り、僕は過去の悪事を自慢するような趣味は……」
「私も一晩で調べられるだけ調べました」
今も憧れであったヒノワの事を割り切って考えられないアキホ。
その迷いが昨晩、調べものに手を伸ばしたのだ。
「確かにヒノワさんは十年前のあの事件まで、周囲を省みない戦い方をするイグナイテッドとして、アライアンスからも何度も注意を受けてきた、と書かれてあります。それから数年間、イグナイテッドとして活動をしていなかった事も」
本当はアキホが調べたアライアンスの記録に明確な名前は記されておらず、明らかに後日になって改竄された跡があったが、恐らくはヒノワの事であろう。他の情報ソースを確認すればすぐにその改竄が明るみに出た。
恐らくはアライアンスでもトップクラスのエクスト撃破数を誇るヒノワに変なケチがつかないように最低限の細工を施したのだろう。そのお陰で現在のヒノワしか知らないアキホのような若年層にはヒノワは輝かしい憧れの的として映る事になる。
だが、アキホが気になったのはそんな汚い過去の改竄などではなく、十年前の『きっかけ』についてだ。
「ヒノワさんは十年前の事件を契機に、戦い方をガラッと変えています。周囲の人間を傷つけず、建物にも配慮しながら戦っている。それはどうしてですか?」
「教える事は何もないよ」
「ヒノワさん!」
アキホが詰め寄ったその時、旧校舎にも昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてきた。
「さぁ、午後の授業が始まる。烏丸さんも戻りなさい。案内、ありがとう」
「……失礼します」
変わらないヒノワの対応。これはもう、本人から聞きだすのは無理だろう。
別の手段を講じなければ真実にたどり着く事はできまい。
そんなことを考えながら空き教室を出た時、廊下に一人の男性が立っているのを見つけた。
「芦野先生?」
そこにいたのはアキホのクラスの担任、芦野。
手にはどうやら色紙らしきものを持っている。
「よぉ烏丸。神崎ヒノワさんはまだいるかな?」
「え、いますけど……」
「へっへへ、俺、ファンなんだよね。サインとか頼んでも大丈夫そう?」
「……先生ってなんていうか……あんまり威厳がないですよね」
「よく言われる」
ヘラヘラと笑いながらアキホとすれ違おうとする芦野。
その時、小さな声が聞こえる。
「神崎のこと、知りたいなら放課後に職員室に来い」
「……えっ!?」
「神崎さーん、ちょっと良いっすかー?」
確かに芦野の声であった。
だが、いつもの軽い調子ではなく、いつになく真剣な声音であった。
「先生……何か知ってるの?」
独り言のようなアキホの呟きに答えるものはおらず、アキホは訝りながらも教室に戻る事にした。
****
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます