3-3
「はぁぁ……あのお店に顔出しづらくなったよ」
憂い満点のため息を吐くアキホを無視して、ショウタは男を見据える。
やって来たのは近所の公園。とは言っても遊具もほとんどない、住宅街にポツンとある空き地のような場所だ。
「さて、まずは自己紹介をしておこうか。僕の名前は神崎ヒノワ。知っての通りイグナイテッドだ」
口火を切ったのはヒノワと名乗った男。
「知ってるよ。アンタの事は調べられるだけ調べた」
「え? ショウタ、ヒノワさんのこと知ってるの?」
アキホが首を傾げるのを完全に無視する。
今のショウタには憎き敵しか見えていないのだ。
そんなショウタを相手に、ヒノワは苦笑を浮かべる。
「長々と世間話、と言う雰囲気でもないね。手短に行こう」
ヒノワが持っていたカバンからファイルを取り出す。
中に入っているのは数枚の紙のようだ。
「これはイグナイテッドアライアンスから君に宛てた書類だ。一枚はイグナイテッドアライアンスに所属するための契約書、そしてもう一枚はそれに関する注意事項や――」
「待てよ、誰がそんな組織に入るって言った」
話を進めるヒノワの腰を折り、ショウタが口を挟む。
だがヒノワは特に気にした様子もなく説明を続ける。
「……君はイグナイテッドになった。それは君が望む望まぬに関わらない、厳然たる事実だ。それは理解しているね?」
「だからってアンタらの組織に入る必要はない」
「それは違う。君にその意志がなかったとしても絶対に入ってもらう」
「なんだと……」
「待ってよ、ショウタ! 落ち着いて!」
何かと突っかかっていくショウタをアキホも苦笑しておしとどめる。
「イグナイテッドアライアンスは全てのイグナイテッドを所属させないといけない決まりになってるの。例外はないのよ。ショウタもイグナイテッドになったら入らないといけないの」
「誰が決めた? そんなもんはアンタらが勝手に決めたルールだろうが」
「だからと言って君のわがままを通すわけにはいかない」
反骨心むき出しのショウタに対し、ヒノワは努めて淡々と説明を続ける。
「我々イグナイテッドアライアンスは全てのイグナイテッドを管理することで人間社会に認めてもらっている。未だにイグナイテッドの数は全人口の一パーセントにも満たない。こんな状況で人間社会に馴染むには彼らに取り入らなければならない」
「そのために、私たちイグナイテッドが出した条件が、全てのイグナイテッドを管理して出来るだけ人間に迷惑をかけないようにすること、なの」
「例外を認めて世間に野放しにする事は出来ない。それは人間との契約に違反する行為となる。どんなイグナイテッドだったとしても、アライアンスに所属し、そのルールに従ってもらう」
全世界で七十億を数える人間の頭数。そんな中でイグナイテッドの数は極少数である。
人間の文明の中で生まれ、そして生きてきたイグナイテッドは、確かに超人的な力を持ってはいるが元々は人間である。人間の文明を守りたい気持ちもあるし、彼らと反目し合いたくもない。
もし仮に人間とイグナイテッドが対立したならば、イグナイテッドが人間を殲滅するのは不可能ではないだろう。だがそうした所でどうなるというのか。人間とイグナイテッドの中で立場の上下が発生し、奴隷制度のような前時代的な生活に逆戻りである。
今の文化的な生活を続けるためには、どこかで折り合いをつけなければならない。
そのための条件が『イグナイテッドアライアンスが下手に出ることで人間を尊重し、その文化を守る事』である。
イグナイテッドはエクストに対する正義の特撮ヒーローのポジションでい続ける事によって、人間社会に馴染む事を選んだのだ。外敵から民を守る警察や軍隊のようなものである。
しかし、それはショウタにとって甚だおかしい言葉であった。
「イグナイテッドが人間を、文明を守る? よくもまぁ、その口で言えたもんだな」
「……鏡くん、僕は……」
「黙れよ、いいわけなんか聞きたくねぇ」
ショウタの発するむき出しの敵意がチリリと熱を帯びる。
イグナイテッドになって日も浅いショウタは炎の扱いを覚えていない。だが、イグナイテッドになってしまえば熱を扱う術を本能に刻み込まれる。
感情の昂ぶりが熱となって外部に影響を及ぼしているのである。
それを見てヒノワは小さくため息をついた。
「やはり、今僕が直接顔を出すのは間違いだったか……」
取り付く島もないショウタの反応。それはヒノワもある程度は予想していた事であった。
それでも一縷の望みにかけてこの場に現れたのである。その望みも呆気なく断ち切られたわけだが。
「とにかく、君がアライアンスに入らない、なんてことを認めるわけにはいかない。この契約書に充分目を通し、近日中に提出してくれ」
「誰がアンタらの言いなりになるかよッ!」
ヒノワが差し出したファイルを払いのけ、唾を吐き捨ててショウタは踵を返す。
「あ、ちょっと、ショウタ!」
終始、状況がよくわからなかったアキホだが、そのファイルを手早く拾い、ヒノワに会釈してショウタを追いかける。
二人の背中が見えなくなるまで佇んでいたヒノワは、もう一度ため息をつく。
「自業自得とはいえ、重い十字架だな……」
****
「ショウタ! ちょっと待ってよ、ショウタってば!」
「うるせぇ、ついてくるな」
街中を早足で歩くショウタに、アキホは若干呆れながらもついて歩く。
「急にどうしたのよ。二人、知り合いだったの?」
「アンタには関係ない」
「またそれ……。関係ないことないでしょ、あんなに怒っちゃって、何があったのよ?」
「関係ねぇって言ってんだろうが、口を挟むなッ!!」
周りの人間の事も全く気にせず、ショウタは全力で怒鳴る。
その声には顔をしかめたアキホだが、それでもへこたれない。
「友達がそんな調子じゃ、気にするなって方が無理だよ」
「……あぁ?」
「私たち、友達でしょ?」
足を止めて振り返るショウタに対し、アキホが優しく笑いかける。
だが、今度は顔を逸らさない。ショウタはアキホに近付き、思い切り睨みつける。
「ふざけるな。何度でも言うが、俺は、イグナイテッドが、死ぬほど嫌いなんだ。誰がアンタなんかと友達になるかよ」
「ショウタ……」
「一つ教えてやる。あの男は俺の母親を殺した張本人だ」
「……えっ」
サラリと衝撃発言を聞かされたアキホだが、ショウタは聞き返す事を許さない。
すぐに踵を返し、アキホをおいて人ごみを歩いていってしまう。
「アンタも、あの男も、イグナイテッドは全員、俺にとっては死ぬほど憎い親の仇でしかない。そのことをよく覚えておくんだな」
雑踏がうるさかったが、その言葉だけはやけに響いて届いた。
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