3-2

 三時間目の授業が終わり、廊下に生徒が出てくる頃合いを見計らって、ショウタも校舎内に戻る。

 すぐに教室に戻るのもバツが悪かったが、いつまでも授業をボイコットしてもいられない。

「あ、いたいた、ショウタ!」

 廊下を歩いている途中で、声をかけられる。

 そちらを見れば、アキホがこちらに駆け寄ってくるではないか。

「……まぁ、考えてみれば好き好んで俺に話しかけるようなヤツなんか限られるわな」

「なに? なんか言った?」

「別に。ってか何の用だよ。俺は誰彼構わず襲い掛かる下劣漢だから、むやみやたらに近づかない方が良いぞ」

「うっ、根に持ってるし……そのことはクラスのみんなにも『救命活動の一環で人工呼吸しただけだ、無理矢理とかは冗談』って話つけておいたから、機嫌直してよ」

 まぁ確かに救命活動の一環ではあったがあれは人工呼吸などではなかった。

 思い出して血が上りそうになるのを何とか隠しながら、ショウタは咳払いを一つする。

「ゴホン、それはまぁともかくだ。何か用があるなら手短に話せ。俺はアンタに付き合ってられるほど暇ではない」

「そうそう、本題だった。今日の放課後、ちょっと時間をもらえないかな?」

「……聞こえなかったみたいだからもう一度言ってやろう。俺はアンタに付き合ってられるほど暇ではない」

「うーん、でも私としてもついてきてもらわないと困るんだよ。これはイグナイテッドアライアンスからの呼び出しだから」

 聞きなれない言葉を聞かされショウタは少し身構える。

 ニュースなどでたまに耳に挟む名詞『イグナイテッドアライアンス』。

 それは全世界に存在している全てのイグナイテッドを統括している組織である。

 発足して大した歴史があるわけではないが、現状ではどの国とも対等に発言が出来るほどの組織であり、世界に対する影響力は計り知れない。

 なんと言ってもイグナイテッド全てが所属している組織だ。一般人がまともにやりあえるわけもなく、もしイグナイテッドアライアンスと対立する事になれば、それはかなり絶望的な状況であると言えるだろう。故に、どこの国も――それどころか個人単位ですら誰もが彼らと対立しようとは思っていないほどである。

 イグナイテッドアライアンスの方も、無闇に一般人との軋轢を生むのは得策ではないとして穏健な態度を取っているため、現状では世界のバランスは取れている。

 それがいつ崩れるかは知れないが、それは今重要な事ではない。

「イグナイテッドアライアンスが、俺を呼び出している?」

「そりゃそうでしょう。ショウタだってイグナイテッドになったんだから」

 イグナイテッドになった。その事にはやはり大きな抵抗を覚える。

 だが確かにショウタはイグナイテッドになった。どんなに彼が認めようとしなくとも身体の出来は一般人とは違ってしまい、客観的に見てもイグナイテッドであることは間違いない。

 イグナイテッドは超人である。その身体能力は凄まじく、その上に炎を操る特殊能力まで備えている。そんな存在を世間一般に放っておけない。

 故にイグナイテッドアライアンスは全てのイグナイテッドを管理し、一般社会に馴染めるように教育する。それこそがイグナイテッドアライアンスの一番の目的である。

 当然、その管理からショウタが逃れられるはずもない。だからこそ今回、彼に呼び出しがかかったのである。

「当然、拒否権は……?」

「私も荒事なんてしたくないしさ。大人しく従ってくれると助かる」

 困ったように笑うアキホ。

 恐らく、ショウタを組み伏せて強制連行するのに数秒とかからないだろう。

「そんなに時間は取らせないはずだからさ。お願い」

「……チッ、どの道行くしかねぇんだろうが」

「うん、ゴメンね」

 本当に申し訳なさそうにするアキホを見て、ショウタはそれ以上何も言わなかった。



 そして放課後。

「じゃあ、行こうか。近所の喫茶店で待ち合わせの予定だから」

「おぅ」

 ご丁寧に昇降口で待っていたアキホ。恐らく、教室で声をかけるとまたクラスメイトに何か言われるかもしれないと危惧してくれたのであろう。

 いや、それともクラスのみんなに噂されると恥ずかしいし……と言うことだろうか。

 どちらにしろ、ショウタにとっては好都合だ。クラスの連中の反応はいちいち鬱陶しい。

「じゃあ、喫茶店まで案内するよ。ショウタは和菓子って好き?」

「あ? 別に、好きでも嫌いでもない」

「食べれる?」

「常識的に考えて食えないものでなければ」

「それは良かった! そのお店の和菓子がとっても美味しいの。きっとショウタも気に入ると思う」

 そんな何気ない会話をしながら、アキホは明るく朗らかに笑う。

 ショウタとしては普通に接されるとどう反応して良いかわからない。

 今まで友人らしい友人は存在しなかった。こういう時の対応方法がわからないのだ。

 それに……

「なぁ、烏丸」

「ん? んん?」

「……なんだよ」

「え? いや、初めて名前呼ばれたかなって」

「そうだったか? まぁ、そんな事はどうでも良い。……アンタは、」

「どうでも良くない! 烏丸、って呼んだでしょ、今!」

「うるさいな! 呼んだよ、呼んだ呼んだ。良いから俺の話を――」

「いいや、苗字だと物足りない! 私だってショウタって呼んでるんだから、ショウタも私の事、アキホって呼んで良いんだよ? ってか、友達には出来るだけそう呼ばせるようにしてるのよ! だからショウタも是非そう呼んでみよう、リピータフタミー、アキホちゃん」

「呼ばねぇよ」

 急に熱を上げてまくし立てるアキホに対してこの上ない鬱陶しさを感じるショウタ。そんな彼の塩対応を受けて、アキホは口を尖らせていた。

「ぶー、ノリ悪いぞ少年」

「アンタが人の話の腰を折るからだろうが」

「わかったよ、ちゃんと聞くよ。この心の広い私が、荒んだ心の少年のお話を一言一句余さず聞いてあげましょう。さぁ話してご覧なさい?」

「ウゼェ……」

「おぉい、聞こえてるぞぉ!」

 つい本心を零してしまったのを小さく咳払いして誤魔化しながら、ショウタは話を戻す。

「アンタは俺と出会ってからずっと、そんな風に俺に構ってくるけど、何を考えてるんだよ? 普通に考えれば、俺みたいなヤツなんか関わり合いになろうとは思わないだろ」

「……うーん、まぁ確かに」

 少し迷ったようだが、アキホは本心を口にした。

「ショウタみたいな人がいるとクラスの雰囲気は悪くなるし、個人での付き合いだとしても神経を逆撫でることばかり言うし、正直近寄りにくいよね」

「だったらどうしてアンタは俺に構うんだよ」

 アキホがショウタに絡みだしたのは、ショウタがイグナイテッドになる以前からである。

 今、イグナイテッドとなってしまったショウタを放っておけないのはイグナイテッドアライアンスの方針でもあろう。それは理解で出来る。

 だが、だとしたらそれ以前にアキホがやたら絡んできたのは一体なんだったのか。ショウタにはそれが謎でたまらなかったのだ。

「うーん、理由かぁ。面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいなぁ」

「何を今更……これ以上恥の上塗りしたところで変わらんだろ」

「人を恥の塊のように……まぁ別に良いけど」

 気を取り直すようにして、アキホが一つ咳払いを挟む。

「私がショウタに興味を持ったのは、君の言葉が本心だろうなって思ったから」

「本心……?」

「そう。初めて会った時、私がイグナイテッドだってわかったら、ショウタは取り繕う事もなく率直に嫌いだって言ったでしょ?」

 高校への登校初日、道に迷っていたアキホに出会った。

 あの時、確かにショウタは本心を偽ることなく、イグナイテッドが嫌いだと宣言してやった。

「嫌われて興味を持つとか……アンタ、そう言う性癖が……?」

「変な勘違いしないでくれる!? そうじゃなくて、なんと言うか珍しかったのよ」

「珍しいって……」

「なんかさ、私って有名人な上に美少女じゃない? 周りの人はとにかくチヤホヤするのよ」

「こいつ……っ」

 しゃあしゃあと自分を褒めちぎるアキホに対し、無意識の内に眉根が寄る。

 しかしアキホの言う事は事実だ。

 確かに外面がよく、ネームバリューの高いアキホは大抵の人間にチヤホヤされる。クラスメイトや鏡家のメイドであるりこを見てもわかるだろう。彼女の周りに面と向かってNOを示す人間は少なかっただろう。

 そうでなくとも人間は外聞を気にして人を真っ向から批判したりしない。そこに嘘や上っ面を被せて本心を隠すか、わかりにくすぎるレベルでオブラートに包むのが普通だろう。

 だが、ショウタはそれをしなかった。

 ショウタの態度はどんな時間、どんな状況でもほとんど変わる事がなく、一貫してアキホに突っかかってきた。それは彼女にとってとても新鮮な反応だったのである。

「でもそれだけじゃなくてさ。ショウタは……イグナイテッドを嫌ってる理由を教えてくれたでしょ?」

「……ああ」

 ショウタがイグナイテッドを嫌う理由。それは過去にイグナイテッドの流れ弾が家族を奪ったからだ。

 忘れもしない十年前、町を破壊したエクストとイグナイテッドの戦闘。今でも思い出すたびにイグナイテッドへの怨みで身が焦がされるようであった。

「私もね、中学生の頃にエクストとイグナイテッドの戦闘に巻き込まれた事があったわ」

「……アンタも」

「私の場合、ショウタの時みたいに家族を亡くすような事はなかったけどね。それでも町は酷く壊されて、多くの犠牲者が出た。とても怖かったわ。この世にこんな地獄が出来上がるんだって、強く恐怖心を持ったのを覚えている」

 エクストとイグナイテッドによる戦闘から発生する大規模な被害は、ここ最近はほとんど出なくなった。それはイグナイテッドが周りの環境に配慮するようになったからである。

 ショウタの養父である鏡義正を始め、イグナイテッドに反発する勢力は今も根強く存在している。イグナイテッド側からしても一般人と対立するのはよく思っていないので、そういう勢力に付け入る隙を出来るだけ作らないようにしているのだ。

 だがそれでもエクストとの戦闘が激しくなることはある。

 それに巻き込まれる人間に強烈なトラウマを植え付けるのは、よくある話である。

 ここにそんな経験をした二人が集まるというのもありえない話ではない。

「でも私の場合、運が良かったのは担当したイグナイテッドが強くて優しい人だったことかな。その人は周りへの被害も考えながらエクストと戦ってた。そうしなければ実際に出た数字以上の被害が出てたと思う」

「そりゃ、幸運だったな」

 これがショウタとアキホの境界線である。

 片やイグナイテッドの所為で家族を失った少年。

 片やイグナイテッドのお陰で全てを守られた少女。

 同じような経験をしたはずなのに、そこには明確な違いがあったのだ。

「だから、私はショウタを気にかけちゃうのかもしれない。私も、もしかしたらショウタのようになっていたかもしれない。その可能性は充分あるもの」

「だが、アンタはイグナイテッドを嫌う事もなく、今もイグナイテッドとして活動している。アンタがどれだけ言葉を重ねた所で、俺とは馴染まないだろうよ」

「そう? 私はショウタのこと悪い人ではないと思ってるからね。何かきっかけがあれば、コロッと認識を改めるんじゃないかなぁって」

「んなわけあるか」

 ニッコリ笑うアキホの笑顔が眩しすぎて、ショウタは無意識的に顔をそらす。

 本能的に、もしかしたら絆されてしまうかも知れない、と思ったのだろう。

 女の魔力とは恐ろしいものだ。

「んな事より、アンタ、確か方向音痴だったろ。喫茶店の位置はちゃんと把握してるんだろうな?」

 最近ではようやく学校までの道は覚えたようだが、よく道に迷うアキホである。そんな彼女が喫茶店までの案内など出来るのであろうか?

 ショウタの心配を他所に、アキホは企み顔で笑う。

「ふふふ、確かに私は方向音痴だが、状況限定でそれを克服する裏ワザがあるのさ!」

「裏ワザぁ? 嘘くせぇ……」

「疑うのも無理はないが、しかし信じるが良い! イグナイテッドには不思議なパゥワーが備わっているのだよ、君!」

「幾らイグナイテッドでも方向音痴を克服するなんて……ってか、実際ついこないだ道に迷ってたじゃねぇか、アンタ」

「そうなんだけど! 根本的には解決してないけど! でも状況限定で治るの!」

 頬を膨らましながら、アキホはふと手を掲げる。

 そしてその掌に炎を焚いた。

 何事か、と身構えたがどうやら放火をし始めるわけではないらしい。

「ちょっと見ててね」

 そう言って、アキホは掌の炎に集中する。

 するとショウタの目にもその炎が違って見えてくる。

 なんとその炎が鼓動を打っているように見えるのだ。

「な、なんだそれ……!?」

「イグナイテッドの基本能力、その名も炎震法。見ての通り、炎が震えているように見えるからその名前がついたんだけど、その効果は――」

 言葉を区切り、アキホが自分の唇に人差し指を当てる。

 静かに、と言うポーズであったが、

『こう言う事が出来るの』

「うぉ!?」

 アキホの口が動いたようには見えない。だが確かに彼女の声が聞こえた。

「な、なんだ、腹話術か!?」

『そうじゃないよ。この炎の振動によって、君の頭に直接声を届けているの。まぁこれもイグナイテッド同士限定の会話術なんだけど』

「そんなバカな……」

『君も炎を扱えるようになれば自然と使えるようになるよ。で、これはコミュニケーションを取るだけでなく、他のイグナイテッドの場所も把握できるの』

「嘘だろ……」

『その証拠を見せてあげるわ。ついてきて』

 自信満々の笑みを見せるアキホは、そのままスタスタと道を歩き始める。

 その足取りに迷いはなく、本当に道がわかっているかのようだった。


 しばらく歩くと、こじんまりとした味わいのある店構えが見えてくる。

 その看板には確かに和風喫茶なでしこと書かれてある。

「マジかよ、本当についた」

「疑ってたの……? ホント信用ないなぁ」

「今までの経験からして信じろと言う方が難しいだろ」

「くっ、言い返せないのが口惜しい!」

 そんな茶番を挟みつつ、二人は引き戸を開けて店内に入る。

 扉を開けた途端、畳の匂いと甘味の匂いが混じって鼻腔を突く。

 なるほど、喫茶店と言うよりは甘味処といったところか。

「で、そのイグナイテッドアライアンスの人間はどこにいるんだよ?」

「先についているはず……じゃないと私がたどり着けないし」

「おい……」

 心配になるセリフを聞きつつ、店内を見回すアキホに倣いショウタも少し視線をめぐらせる。

 その時、席から立ち上がる人物を二人同時に認める。

 アキホは笑顔で、ショウタは凍りついた顔でその人物を見たのだ。

「あ、あの人だよ、ショウタ! ……ショウタ?」

「アイツ……ッ!」

 駆け出したい気持ちと同時に強い恐怖心がショウタを支配する。

 忘れるはずもない。十年前の記憶と言えど、その顔を見間違うはずもない。

 あれからショウタも自分なりに情報を収集した。あの事件の犯人、あの場にいたイグナイテッドの名前等はニュース記事で確認できた。

 その人物がこの十年でどんなことをしていたのかもある程度は知っている。

 その男がイグナイテッドアライアンスの日本支部において十指に入る強者として数えられている事、世界中を飛び回りエクストを退治している事、そしてエクストを退治した数ではいまや世界でも上位に入るランカーだと言うこと。

 ショウタにとってはにわかに信じられないことばかりである。きっとイグナイテッドアライアンスのプロパガンダか何かなのだろうと思っていた。

 しかしそれが事実かどうかはどうでも良い。

 あの男はショウタの母親を殺した張本人だ。

「あっ、ショウタ!」

 アキホが声をかけるのも耳に入らなかった。

 身体は既に理性を振り切り、男の許へと駆け出していた。

 喫茶店の店員や客が驚くほどの鋭さで狭い通路を走りぬき、男を拳の間合いに収める。

 そして間髪いれずに拳を振――

「危ないぞ、こんなところで」

 既にショウタの拳は男に捕まえられていた。

「なっ……!?」

「こんな所で拳を振り回すものではない」

「アンタが……それを言うかッ!」

 掴まれていた拳を振りほどき、ショウタは男から距離を取って睨みつける。

 そこへアキホが駆けつけ、ショウタを抑えた。

「ちょ、ちょっとショウタ、急にどうしたのよ」

「アンタには関係ない!」

「関係ない事ぁないでしょ! ってか、他のみんなの迷惑になるから!」

 急に始まった暴力沙汰と交わる大声。その事に他の来客は少なかったものの、奇異の視線でこちらを見ている。店員に至っては警察を呼ぼうかの算段すら始めそうな勢いであった。

 それを見て男は財布からピン札をテーブルに置き、上着とカバンを手に取った。

「場所を変えよう。ついてきてくれ」

 カツカツと足音を高々に店を出て行く男。

 それを見ながらアキホはショウタの背中を押し、申し訳なさそうに会釈しながら店を出て行った。


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