2-3

 アキホが昇降口にやってくると、表での様子を見ていた女子が彼女の周りに集まってくる。

「か、烏丸さん、大丈夫?」

「上級生に絡まれてたみたいだけど……」

「ああ、大丈夫よ。見てたでしょ? あれぐらいなら簡単に投げ飛ばせるんだから」

「なんか、すごいね。男子になんて負けない感じ?」

「その辺の男には負けない自信があるよ」

 アキホの宣言に、周りの女子はキャーキャーと騒ぐ。

 彼女らは口々にアキホを褒めちぎり、すごいね、強いね、と持ち上げてくるが、アキホはこう言うのこそ心配なのだ。

 普通、人間は自分の本心をそうそう表に出さない。それは自分の芯をさらす事によるリスクがあまりにも高いからである。

 本当の自分が知られたら引かれるかもしれない。弱味に付け込まれて立場が下がるかもしれない。他にも色々な不利益を被るかもしれない。

 それを考えると、自分の本心などはあまり表に出さない方が賢い選択である。

 特に年頃の女子となるとその傾向が顕著だ。

 表面上は上手く付き合うように明るく笑い、腹の中では何を考えているかわからないなんて事はザラにある。

 しかし、これも必要な渡世術である。これがなければ世の中上手く回らない事も重々承知している。

 誰もが本心ばかり口にしていては、人の多い世の中でコミュニケーションが不全となり、社会活動に支障をきたすことは想像に難くない。学生の時分からこういった世渡りの術を覚えておくのは大変有意義な事である。

 それを理解しつつも、やはりアキホは慣れない。

 早いうちにイグナイテッドという特殊な環境に馴染んでしまったためか、他の『普通の女の子』の心理が身につかなかったのである。

 理解は出来るが、息をするようにそれを実行するには至らない。

 アキホは『普通の女の子』を演じるのに、とてつもない努力を強いられていたのである。

 だからこそ、ショウタや先ほどの樋口のような、本心を吐露してくれる相手は貴重だと思うし、大事にしたいとも思う。

 今、周りにいる女子たちを蔑ろにするつもりは毛頭ないが、疲れる、と思ってしまうのは仕方がないのではないか。

「さぁ、そろそろ教室に行かないと、予鈴がなっちゃうよ」

「あ、そうだね。烏丸さん、一緒に行こう」

「うん。……あ、昨日のテレビ見た? 近所のお店が紹介されててさ」

「え~、どこどこ?」

「なんか、すぐそこの和風喫茶らしいんだけど、和菓子が美味しいんだって」

 そんな会話をしながら階段を上る。

 今、普通に女子高生が出来ているだろうか、と少し不安に思ってしまうが、今は周りの女子の笑顔を信じよう。


****


「――ってわけなのさ」

「……いきなり話を端折るな」

 休み時間、次の授業の準備をしているショウタに、アキホが急に話しかけてきた。

 因みに、『ってわけなのさ』の前に一言も言葉が重ねられておらず、急にそんな声をかけられたのだからショウタでなくても困惑してしまうだろう。

「どういうわけなのか全然わからんし、理解するつもりもないし、そもそも俺はお前に『話しかけるな』『関わるな』と言っておいたはずだが、それすら忘れてるのか?」

「いいじゃん、ちょっと雑談くらいしようよぉ」

「イグナイテッドがどうとか言う以前に、脈絡不明の会話を始めようとするヤツと雑談なんか出来るわけねぇだろ」

 全く取り付く島もないようなショウタであるが、アキホにとってはこれがある程度心地よい。

 彼の嫌悪感は本物だ。その本心が覗ける事が安心できるのだ。

 だが、やはりあまり踏み込みすぎると本当に嫌われてしまうだろう。その辺はさじ加減が重要だろうか。

「そう言えばさ、今度、女子友達と近くの和風喫茶に行く事になったのよ」

「はぁ、そっすか」

「うわ、興味なさそう」

「興味ない。って言うか、受け答えしてやってるだけありがたいと思え」

「上から目線すぎない? ……話戻すけどさ、その喫茶店の位置が知りたいんだけど」

「てめぇで探せ」

 アキホが『道教えて』と言う前に先回りをされてしまった。

「そんなぁ、私が方向音痴なの知ってるでしょ」

「知ってるからこそ、助け舟を出すつもりはない。ってか、女子友達がいるならそいつらに頼めば良いだろ」

「そりゃそうなんだけどさー。ショウタともお話したいじゃん」

「呼び捨てにするのもやめろ」

 ガタリ、と音を立てて立ち上がり、ショウタがアキホに背を見せる。

「どこ行くの?」

「アンタには関係ないだろ」

「鬱陶しかった?」

「鬱陶しいよ。最初からな」

 そうは言いつつ、適当な雑談に付き合ってくれるショウタは、やはり根っから悪い人間ではないな、と思うのだ。

 ショウタの姿が見えなくなった後、数人の女子がアキホの周りに集まってくる。

「ねぇ、烏丸さん」

「烏丸さんって、鏡と仲良いの?」

「カガミ? あ、ショウタ?」

「名前で呼んでる……でも、アイツ、烏丸さんに対して冷たくない?」

「イグナイテッド嫌いだって言ってたし」

 ショウタの消えていった先を見ながら、女子が口を尖らせる。

 確かに、ショウタは人付き合いのスキルが全くなっていない。

 イグナイテッドに対してだけでなく、どんな人間にも心を開いていないようにすら見える。

「鏡ってなんか怖くない? 態度悪いし、口も悪いし」

「性格悪そう。男子とも仲良くないみたいだし」

「その辺でケンカ三昧って聞いたよ。中学の時から年上をボコってたって」

「なんか、近寄りがたいよねぇ」

 口々にショウタの評価を述べる女子連中。

 なるほど、かなり嫌われているのだな、と言うことが窺えた。

「烏丸さんも、あんまり鏡に近づかない方が良いよ」

「そうだねぇ。……でもなんていうか、孤立しているヤツを見ると構っちゃいたくなるんだよねぇ。私ってばほら、委員長体質って言うか?」

「えぇ、そうかな……?」

「え、そんなガチな反応されると逆に傷つくんですけど?」

クラスメイトからの評価を垣間見ると共に、それに打ちひしがれるアキホだった。


「鏡は中学の頃からあんな感じだよ」

「ほぅ。って事はほかに友達もあんまりいなかった感じ?」

「まともに付き合うヤツはいなかったね」

 次の休み時間。ショウタは早々にどこかへ行ってしまい、アキホは『これは逆にチャンス』と男子に聞き込みを始めた。

 ショウタと同じ中学であったクラスメイトにショウタの評判を聞いたのである。

「アイツ、元々政治家の息子って事で、結構腫れ物扱いみたいな感じだった上に、あの性格だろ? そりゃ体育で組まされるのも嫌がるヤツばっかりだったよ」

「そうそう。そんで、アイツめっちゃ腕っ節が強いんだよ。柔道とか最悪だったぜ」

 腕っ節が強い、と言うのは本当らしい。

「上級生にケンカ売ったりとかはしてたの?」

「そんな噂は聞いたけど、実際に見たヤツはいないんじゃねーの?」

「本当だとしたら上級生も隠そうとするだろうし、事実は闇の中ってね」

「下手に確かめようとして睨まれるのもヤだしなー」

「ふぅん……やっぱりみんな、ショウタが嫌いなのか」

「うーん、嫌いとはまた違うかなぁ」

 アキホが結論付けようとした時、一人の男子が首を振る。

「確かに付き合いづらいやつではあるけど、傍から見る分には……なんかこう……なんていうかなぁ! ちょっとカッコイイとは思うわ」

「え!? かっこいい!?」

「そうそう。なんつーの? ちょっと一匹狼風って言うか? 男に惚れられる男像だよな」

「え、お前ホモかよぉ!?」

「違ぇよ! でもお前らもわかるべ?」

「……うん、ちょっと理解できる」

「だろー?」

 男子はアキホを放ってそんな話をするのだ。

 なるほど、女子から見たショウタと、男子から見たショウタは若干の差異があるようである。

「じゃあ、男子諸兄はショウタと仲良くしようとは思ってるの?」

「それとこれとは話が別よ。アイツ、なんかスゲェ性格悪いっぽいし」

「仲良くできるかどうかは別問題だよなあ」

 やはり近寄りがたい所は同じ認識のようだ。

 ショウタの対応を見れば男女問わず、まともに付き合おうとは思えないのだろう。それはアキホにもわかる。

 遠巻きから見た印象で言えば男子は若干好意的に見ているようだが、それでも友人として付き合うまでには至らない。

「やっぱ、遠くから見ているうちが平和で良いよ」

「その点、烏丸さんはやたらとアイツに絡んでいってるけど、なんかあんの?」

「ま、まさかアイツに惚れたとか!?」

 男子たちからいらぬ勘繰りをされ、アキホは笑って手を振る。

「違うよぉ。そうじゃないけど……でもなんか、やっぱり真っ向から『イグナイテッドは嫌い』って言われたら気になるじゃん?」

「そうかなぁ。俺は自分が嫌いって言われたら、じゃあ俺もって思っちゃうけどな」

「そうな。少なくとも自分から関わりに行こうとはあんまり思わねーよな」

「烏丸さん、変わってるぅ」

「あはは、よく言われる」


 ショウタの大体の評判はわかった。男子女子共に共通して『アイツは性格が悪い。まともに付き合おうとは思わない』と言うことらしい。

 確かに性格に難はあるし、パッと見、とっつきにくそうな雰囲気を醸し出してはいる。

 だが、とアキホは思う。

「案外、優しいヤツだと思うんだけどな」

 未だ空席である隣の机を眺めながら、そう呟いた。


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