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そんな事件の翌日。
「うぬぬぬぬぅ……」
居間で新聞を睨みつけながら、りこが唸っていた。
「お、おはようございます、橘田沼さん。どうしたんですか?」
「あ、ショウタさん、おはようございます」
声をかけると、いつも通りの笑顔で振り返ってくれる。
だがそれだけであの奇妙な唸り声をチャラに出来るわけもない。
「なにか、新聞記事におかしい所でも?」
「あぁ、聞いてくださいよ! 昨日の事件が新聞に載っているんです!」
そう言ってりこが見せてくる紙面には、確かに昨日、エクストが現れた事件の事が書かれてあった。
エクストの出現自体はそれほど珍しくない事象になってしまった昨今、それでも昨日の事件は新聞に大きくスペースをとるほどのものだった。
何故なら今話題のイグナイテッドのホープ、烏丸アキホが活躍した事と、最近の事件の中では町への被害が大きかった事が理由だ。
アキホとエクストが戦った事で、アスファルトやビルにヒビが入ったりしていた。ビルには当分近づけなくなるだろうし、あの辺の道路も使えなくなっているだろう。それほどに大きな影響を与える戦闘は、これまであまり見られなかったのだ。
町の機能が完全に麻痺するほどの被害――それこそ、ショウタがトラウマとして抱えている事件ほどではないものの、町の運営にはかなり影響が出ている。
当然、エクストを退けた事は賞賛された裏で、イグナイテッドに対する批判の声も多く上がっているのである。現在のイグナイテッドの立場を考えれば無理からぬ事であろう。
そんな記事を眺め、ショウタは『ざまぁみろ』とほくそ笑む。
イグナイテッドなんて、もっと苦しめば良いのだ。
「で、この記事がどうしたんです?」
本題は別にある。
何故、りこがこの記事を見て唸っていたのか、その答えにはまだたどり着かない。
「私はこの記事を、目を皿にしてずーっと読んでたんですよ。でも、一言たりとショウタさんのことが書かれてないんです!」
「……は?」
「ショウタさんの活躍を褒め称える一文でもあればスクラップして、額に飾っておこうとすら思ったのに、それがないだなんて新聞社に抗議の電話をですね……」
「やめてください。書かれてないのなんて当たり前でしょ。俺は大した事はしてませんし」
りこを宥めながらショウタは昨日の事を思い出す。
エクストを前にして何も出来なかった自分。全くの無力であった。
あれを記事にされたりしたら良い笑いものである。
「そもそも新聞社から取材されたわけでもないのに、俺の記事が書かれるわけがないでしょ」
「えー、でもショウタさん、頑張ったんでしょ?」
「え? ……いや、別に……」
「良いんです良いんです、私にはわかってますからね。……あ、なんなら私が適当に編集して印刷した個人新聞を出しましょうか!」
「やめてください。気持ちだけ貰っておきます」
変に暴走をし始めようとするりこを押し止めながらも、ショウタはどこか嬉しい気持ちを抑え切れなかった。
自分の頑張りを認めてくれる人がいてくれるのは、少し嬉しい。今はそれだけで充分だ。
その後、りこの作ってくれた朝食を摂り、ショウタは学校へと出かける。
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
りこの見送りを受けて玄関の戸を開け、いざ外の世界へ。
……と、思ったのだが。
「あー……あっれぇ……」
庭先を歩いている人影に出鼻を挫かれる。
「おかしいなぁ……こっちだと思ったんだけど」
「……なにやってるんだ、アンタ」
そこにいたのは烏丸アキホその人であった。
困ったような笑顔を浮かべながら首をキョロキョロとめぐらし、どうやら道を探しているらしい。そう言えば、昨日も道に迷っていたのではなかったか。
「あっ! 君はショウタじゃないか!」
「呼び捨てにするな。それより、俺の質問に答えろ」
「そうかぁ、ここは君の家だったのね。それは僥倖!」
これも気のせいか、聞き覚えのあるセリフであった。
「まさかとは思うが、また迷ってるんじゃないだろうな? 昨日出会った場所よりも遠ざかってるぞ」
「えぇ? ホントに? いやー参った。私ってば方向音痴でさぁ」
方向音痴とかそういうレベルを通り越しているような気がする。
普通に考えて、一度行った場所の方角くらいはなんとなくわかるだろう。何故この女は全く逆方向に進んでいるのだろうか。
「アンタ、そんなんでエクストが急に現れた時、現場に向かえるのかよ」
「あー、それは大丈夫。私たちには――」
「か、かか、烏丸アキホちゃん!!」
アキホの言葉を遮り、ショウタの背後から大声が飛んでくる。
声の主はりこ。アキホを見て呆然としている。
「ど、どどど、どうしてこんな所に!?」
「さっき言ってたでしょ、あのアホ、道に迷ったんですよ」
「そ、それは聞いてたけど……って言うか、ショウタさんと知り合い!?」
「知り合いって言うか……」
「クラスメイトです! お隣の席なんですよ! 初めましてお姉さん!」
「は、初めまして! 私、橘田沼りこと申します! ファンです! 握手してください」
「ええ、それぐらいならなんなりと。烏丸アキホです」
スルーッと玄関を跨ぎ、りこと握手を交わすアキホ。
「おいコラ、誰がウチの敷居を跨いで良いと言った! イグナイテッドが入ってきてるんじゃねぇ!」
「まぁまぁ良いじゃないですか、ショウタさん。アキホちゃんですよ! 本物ですよ! あー、写真とか撮れれば良いんですけど」
「写メで良ければどうぞ」
「え、良いんですか! きゃー、ちょっと待ってくださいね!」
そう言いながらりこはポケットから自分のスマホを取り出して、そそくさとカメラアプリを起動している。ミーハーにもほどがあるだろう、とショウタは呆れてしまった。
「ショウタさん、ほら、シャッター頼みますよ!」
「何で俺が……」
「良いじゃないですか、ホラ、早く!」
強引にスマホを渡され、ショウタはカメラを構える事になってしまった。
「ポーズどうします!? 抱きついても良いですか!?」
「え、良いですよ! 綺麗なお姉さんとなら是非」
「きゃー! 綺麗ですって! ショウタさん、聞きました!?」
「うるせぇ……」
キャーキャー騒ぐりこを宥めるのに、これからまた二十分弱ほどの時間を要した。
朝から大変な騒ぎになってしまった。
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