1-3
アキホを放って、ショウタは学校へとやってくる。
昇降口の近くにあった掲示板でクラス分けを確認し、自分の名前だけ見つけてその教室へと入ると、見知った顔が幾つかあった。
中学の時の同級生連中だ。自分にも彼らの顔を覚えているような甲斐性があるとは思っていなかった。
しかし、そんな中学の面々はショウタの顔を見ると挨拶もせずに他のクラスメイトとの談笑に戻る。
ショウタの方も彼らに話しかける事はせず、自分の席を確認する。
黒板に張り出されていた紙に、席順がプリントされていたのだが……。
「どうなってんだ、これ」
普通、登校初日の席順なんて出席番号順が定跡だろう。
ショウタの苗字は『鏡』。どんなにあ行の苗字が多かったとしても十台前半から上になることはそうそうない。
そして恐らく多くの場合、廊下側一番前から順に座っていくはずである。
だが何故、ショウタの席が窓側から二列目、最後列なのだろうか。
「誰だ、こんな席順考えたヤツ……」
チラリと周りを見回してみると、クラスメイトも困惑したようだが既に順応している。その席の並びに一喜一憂した後と言った雰囲気であろうか。
ショウタとしても異を唱えたいわけではない。席の位置としてはかなり好条件だ。
ならばここは何も言わず、周りのクラスメイトのように順応しておこう。変に目立つのも望むところではない。
ここで普通ならば近所の席に座っている面子も確認するものであろうが、ショウタにとっては周りは誰がいても別け隔てなく塩対応するので、近場の席に座る人間の名前などは全く気にせずに自分の席にカバンを置く。
コートを教室後ろにあるフックに引っ掛け、ドッカリと椅子に座ってため息をついた。
(朝からなんだか疲れたな……)
イグナイテッドと遭遇すると言うのはあまりない経験だ。その上、アキホから逃げ出そうとして全力疾走もしてしまった。
その所為であろう、何故だかかなり疲労が溜まっているような気がしていた。
今日は入学式とオリエンテーションだけで助かった、と心から思った。
と、その時である。
教室が一瞬、ざわっと揺らめく。
ガラリと教室のドアを開けてきた『誰か』に反応したようであった。
そもそもクラスメイトと言うヤツにこれっぽちも興味を持っていないショウタは、そんな周りの反応にも全く動じず、カバンの中にあった筆記用具などを取り出していたのだが、
「ほーぅ」
聞き覚えのある声が教壇近くから聞こえた気がして、恐る恐るそちらに視線を向けた。
そこにいたのは席順の書かれた紙を覗き込む女子。
後姿は初めて見るが、間違いない。
「やぁ、また会ったね、名も知らぬ少年」
振り返ってニッコリと笑顔を見せているのは烏丸アキホその人であった。
彼女は黒板に貼られていたプリントで席を確認したらしく、真っ直ぐにショウタの元にやってくる。
それを見てショウタは思わず腰を上げた。
「どうしてアンタがここに……」
「どうしてもなにも、私だってこの学校の生徒だってことぐらい、わかってたでしょ?」
「まさかとは思うが、同じクラス……?」
「それどころか、お隣よ。よろしくね」
アキホがカバンを置いたのはショウタの隣の席。窓際一番後ろという夏の暑い日以外ならば絶好のポジションであった。
神様がいるのならば、ショウタはその存在に呪詛を飛ばそう、と思った。
何故、憎いイグナイテッドと同級、しかも隣の席で授業を受けなければならないのか。こんな過酷な運命を架せられるほど、自分は何か悪い事をしでかしてしまったか、と。
憎々しい気持ちを隠しもせず、ショウタは嫌そうな表情を浮かべる。だが、アキホの方は全くお構いなしに鼻歌交じりにカバンの中身をばらしていた。
どうやら結構なご機嫌のようだが、それがなおもショウタの神経を逆撫でる。
そんなショウタの耳に、クラスメイトのヒソヒソ話が入り込んできた。
「ねぇ、あの娘……テレビに出てた……」
「本物はテレビで見るより可愛いなぁ……」
「ってか、あれ、鏡ショウタだろ……」
「なんで……知り合い?」
自分の評価も大概であったが、アキホの評判はかなり上々であるらしい。
流石はテレビで報道される程度の有名人。世事に疎くとも彼女の顔ぐらいは見た事のある人間ばかりなのだろう。
そんなアキホがショウタに声をかけた、と言うのはかなり話題の種になる。
誰か特定の人間に話しかけるだけでもアキホならば噂になるかもしれないが、それがショウタならなおさらである。
どうやらクラスにいた同じ中学の人間がショウタの評判を流布していたらしく、クラスメイトにはショウタがどういう人間かは浸透しているらしい。それ自体はありがたいことだ。ショウタ自身が説明する手間が省ける。
しかしだからこそ、反イグナイテッドで対人スキルがワーストクラスのショウタに、クラス――いやさ学年のアイドル候補にもなれそうなアキホが話しかけたとなると、これ以上ない話題になるだろう。
それはアキホも薄々感付いたようで、
「君も大概、有名人みたいね」
などと適当な事を言っていた。
****
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます