イサナくんっ




「わー! それって聖剣……聖剣ですよね!? せんせー! うわー、初めて見ました! 凄い、凄いです! せんせいー、本当に勇者だったんですね!」

「もうどっから突っ込んで良いのか分かんないんだけど……」


 早朝、先日遅刻したことも踏まえ、早めに集合すれば、一番乗りだったらしいセレナリオが、やたらと興奮した様子で俺に飛びついてきた。

 否、正確に言えば、腰元に吊るした聖剣──ユフィ=アリオスに飛びついてきたのであるのだが。


 まじまじと至近距離で観察し、「へー」とか「ほー」だとか言って、お目目をキラキラさせていた。

 昨日話した限りでは、セレナリオには比較的落ち着いた優等生、という印象を受けていたのだが……まあ、誰にでも多数の側面があるもんだからな。


 それに、聖剣のネームバリューは、300年経った今でもそれなりのものだろう。

 何せ俺がこの通り、誰にでも知られているといった風なのだ。


 であれば、俺を勇者たらしめる聖剣が、知られていない訳がなかった。

 そもそも聖剣って響きがもうカッコいいしな。


 男女関係なく、年頃であれば心をくすぐられるというものだろう。もちろん、そこには俺も含まれる。

 尤も、今となっては聖剣に抱く感情も、憧れというよりは、安心感の方が近いが。


「勇者イサナ……せんせーの聖剣ということは、ユフィ=アリオスでしょうか? 最後の聖剣にして、最強の聖剣」

「詳しいな、名前まで把握してるのか……もしかして、能力も?」

「ええ、もちろん。というか、ユフィ=アリオスは有名すぎるくらいだと思いますよ? せんせーは、最も高名な勇者だったんですから」

「ま、最後の勇者だった特権ってやつだな、それは」


 俺よりずっと、有名になるべき勇者はいた。俺の先にいた99人の勇者、その誰もが俺の立ち位置を得る可能性はあった。

 だから、運が良かっただけ────あるいは、悪かっただけなのである。


 いや、どちらかと言えば、悪い方なのかもしれない。ユフィ=アリオスの能力が割れているのは、流石にちょっと面倒だ。

 固有の能力というのは、基本的には初見でこそ、真価を発揮するものなのだから。


「まあ、私としてはその辺はどうでも良いのですが。それよりユフィ=アリオスですよ、聖剣です! 聖剣! ちょっと触っても良いですか!?」

「どうでも良いって……まあ良いけど。怪我するなよ、あと重いからな、気を付けろ」

「お任せください……っておもっ!?」

「あー、だから言ったのに」


 気軽にポイ、と手渡せば、両手で受け取ったセレナリオは、ユフィ=アリオスと共にそのまま崩れ落ちた。

 何となくそうなるだろうなと思っていたので、抱えるようにして支えてやる。


「習わなかったのか? 聖剣は超重いんだって」

「し、知ってはいましたが、せんせーが軽々と持っているので、実際はそうでもないのかと……」

「俺は鍛え方が違うからな。それに、妖精種は筋力がそこまでない種族だろ。ちゃんと自覚しろ」


 パチーンとデコピンをしながら、ユフィ=アリオスを回収する。

 セレナリオは少しだけ悔しかったのか、あるいは恥ずかしかったのか、頬を赤らめていた。


「それにしても、聖剣ってそんなに珍し……くはあるだろうけど、そこまで興奮するものか?」

「他の生徒は分かりませんが、少なくとも私はそうですね。家の影響も、多少はあると思いますし」

「あー……そっか、『セレナリオ』だもんな。繁盛してる?」

「うーん、どうでしょうか? ですが、今は空島間でも助け合って生きている状態ですから、重宝はされているかと思います」

「他人事みたいに言うね……でも、そりゃ重畳。その内、様子見でもしに行くかな」

「様子見って……せんせー、『セレナリオ』のことを知っているんですね」

「まあな、有名どころは知ってるつもりだよ。頼ったし、頼られたし。喧嘩もしたしな」


 『セレナリオ』は、妖精種の中でもそこそこ有名だった、『何でも屋さん』である。

 武器も防具も道具も何でもござれ! 無ければ明日には作る、仕入れる! がモットーだった、便利屋さんだ。

 元は武器屋だったらしいが、多すぎる要望に応えまくってたらそうなったらしい。


 カナリアとの一件で、妖精種とは色んな意味で親密になった俺である。その中でも『セレナリオ』には良くしてもらった記憶が強い。

 時間がある時にでも、足を運んだ方が良いだろう。


 当時の人たちが残っている訳ではないが、それでも助けられたという事実は残っている。その恩を子孫に還元するのは、特段おかしなことではない。

 まあ、今の俺に何が出来るのかって言う話ではあるのだが……。


 魔法は使えず、戦うことは全面的に遠慮しろと言い付けられ、資格もないのに独断で教師をやらされている俺である。

 こうして一文にしてみると、酷く情けない奴だなと思った。


「そういうことを言われますと、本当に昔の人なんだなと実感しますね。見た目だけだと、せんせーは本当に、私達と変わらないように見えますから」

「実際、生きた時代が違うだけで、変わらないも同然だからな。俺からすれば、タイムスリップしたみたいな気分だよ」

「ふふ、それならせんせーと呼ぶより、と呼んだ方が良いでしょうか?」


 セレナリオがふわりと笑い、そんなことを言うものだから、何だかむず痒くて仕方なかった。

 だから、セレナリオの頭を軽く乱雑に撫でる。


「ばーか、俺は先生だぞ? 生徒が生意気なこと言ってんじゃない。ちゃんとせんせーと呼べ」

「良いじゃないですか、今の時代は先生にだって、あだ名をつける時代ですよ?」

「そんなもんは知らん! 俺の時代でも……あったけど! 俺はダメ!」

「いやでーす。良いじゃないですか、イサナくんっ」


 悪戯っ子のように笑いながら、俺の睨みを華麗にスルーするセレナリオだった。こ、このクソ生徒……!

 ここは先人として、早々にてやれなければならないかもしれない、なんてことを思っていれば、ちょいちょいと袖を引かれる。


 振り返るようにして見れば、そこにいたのは金髪碧眼の女子生徒────フィア・ステラノーツだった。

 にへら、と緩い笑みを浮かべながら、面白そうに口を開く。


「流石せんせーだねぇ。もうクララちゃんと仲良くなったんだ~」

「仲良くって言うか、俺が振り回されてるだけなんだが……」

クララちゃんが、そんな振る舞いしてる時点で、十分仲良しだよぉ」

「何だ、嫉妬か?」

「へへ~、そうかもね~」


 笑っているようで、笑っていない──いや、それは昨日もそうだったのだが、ステラノーツは随分と、笑みを貼り付けるのが得意技らしかった。

 と言っても、珍しいことではない。むしろ、王族らしいな、なんてことを思う。

 カナリアもそうだった……そうなったから。


「ま、安心しろ。ステラノーツから、何かを取るって訳じゃないんだから」

「……見透かしたこと言うねぇ、せんせーは」

「そりゃ先生だからな。それより、そろそろ時間じゃないか?」


 二度も遅刻する訳にもいかないからな、と思えばノクタルシアが遠くから飛んでくる姿が見えた。

 その姿を、曖昧な笑みで見るステラノーツと、そのステラノーツを、少し不安げに見るセレナリオ。そのどちらも、酷く印象に残った。


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