過保護なママかよ。
「なに? 戦場に出るって? もうかい? おいおい、そんなこと、この私が許すとでも思っているのか? ダメだ、ぜーったいにダメだね。私はもう、少年が掠り傷一つ負うところだって見たくないんだ」
「アンタは俺の過保護なママかよ……」
「そうだけど文句あるかい!? 少年を拾ってからもう316年! 私は少年の立派なママさ! ママで師匠で奥さんだ!」
「願望が強すぎる上に捻子くれすぎなんだよな」
ママと師匠はまだしも、奥さんは流石に性癖の拗らせ具合がヤバくて怯えてしまう俺だった。
俺としては、未だに「少年」なんて呼ばれているあたり、どう思われているのか分からなくて不安でさえあったのだが、取り敢えず大事に想われてはいるらしい。
ただ、それはそれとして、過保護具合が加速しててめんどくさいな……と思う。まあ、魔王にコテンパンにされた俺が悪いのだから、文句なんて言えようもないのだが……。
「まあ、冗談はともかく、今戦闘に出るのは反対かな。魔法が使えないってことは、空も飛べないってことだよ。その辺、ちゃんと分かってる?」
「そこは問題ないかなって。生徒達にしがみつけば良いかなと思ってるので」
「仮にも先生がサムズアップしながら言うことじゃないんだよね、それは」
もう少し威厳とかさぁ……と苦言を呈する師匠であったが、この通り威厳の欠片すらないエルフの師匠に育てられたのだから、俺にそんなものが備わる訳がなかった。
親の背中を見て子は育つんだぞ。後悔しつつも反省して欲しい。
しかし、やれやれ、どう説き伏せたものかなと思いつつ、俺は自身のベッドへと腰を下ろす。
生徒会会議は終了し、既に時刻は夕方を少し超え、夜の足音が聞こえてくる頃合いだった。
明日は朝から魔王軍撃退である。その旨を、何か俺の部屋でゴロゴロしてた師匠に伝えたところ、こんなことになっているのだった。
師匠、暇なのかなあ。というか、職に就いてるのだろうか。
親の就職状況が気になるとかいう文字列、超嫌だなと思う俺だった。
「い、いや、私はほら、結界張ってるし? そういう意味で言えば、就職していると言っても過言ではないから? セーフだろう。うん、セーフだ。超セーフ」
超早口だった。しかもすげぇ声が震えてる。
良く見れば若干涙目になっていて、意図せずクリティカルヒットを叩き出してしまったらしかった。
「……師匠、結構気にしてたんですね。ごめんなさい」
「謝るなあ! 惨めになるだろう!?」
「大丈夫です、既にかなり惨めですから!」
「うるさいぞ!? 何のフォローにもなってないし、そもそも惨めじゃないもん!」
言いながら、バシバシと俺を蹴り飛ばす師匠だった。良く良く考えても見れば、300年前だって定職には就いていなかったのだし、元来エルフとは、そういうものなのかもしれなかった。
森奥に隠れ潜むように住んでる種族だからな。他の種族の前に顔を出すこと自体が珍しい。
存在そのものこそメジャーではあるが、その実態はかなり秘匿されている。
エルフとは、そういう種族だった。
「だいたい、まーた妖精種の問題に、首を突っ込もうとしているんだろう? どちらかにしないと、キャパオーバー起こすんじゃないかい? それこそ、300年前みたいに」
「それこそ、問題ないですよ。あの時とは、明確に違う点がありますから──一つは、俺がもう生徒ではなくて、先生であること。そしてもう一つは、ちゃんと勇者であること。これだけ違えば、どうとでも出来ます」
「ほとんど気持ちの問題じゃないか、それは……」
「気持ちが一番重要だって、俺に教えた人の台詞とは思えませんね」
これは一本取られた、と言ったような顔をして、舌を出す師匠だった。
何をするにおいても、まず気持ちを一番初めに置く。
師匠が俺に、最初に教えてくれたことだ。
全ては気持ちの後についてくる。
だからこそ、気持ちが何よりも大切であるのだと、師匠はそう言った。
その教えは今も俺の中で息づいていて、これまで俺を生かしてくれたものでもあった。
「……そういう切り返しをされてしまっては、私からはもう、文句の一つも言えないじゃないか。ズルいね、少年は」
「へへっ、ズルい大人に育てられたましたからね」
「やれやれ、生意気ばっかり言うようになって、私は悲しいよ」
よよよ、と軽く泣き真似をした師匠が、若干投げやりさも感じる仕草で鞄に手を突っ込んだ。
小さなハンドバッグ程度のそれは、しかし魔法によって、その内部を面白いくらいに拡張されている。
昔、家の中で花火をした時に発生した怒られにより、ぶち込まれた時と変わっていなければ、軽く家が一軒建つくらいの広さはあるはずだ。
あの時ほど真剣に反省したことはなかったな、と今でも思う。
「何か忘れているようだけど、あの時は花火だけに留まらず、天井に大穴開けてるからな、少年。私は一生忘れないぞ」
「はい……ごめんなさい……」
ピシィ! と九十度に頭を下げる俺だった。いや、当時はちょっと……反抗期みたいなやつだったんだよね。
悪気はちょっとしか無くてぇ……なんて思っていれば、
「ああ、あったあった」
なんて言いながら、師匠は鞄から剣を取り出した。美しい、白の鞘に納められた片手剣。
気品すら感じられるそれを、師匠は俺に手渡した。
「君のだ、少年。まさか、忘れたなんて言わないだろう?」
「……ええ、まあ。どこにあるんだろうって、ずっと考えてたくらいですからね」
柄まで白いその剣は、刀身でさえも真っ白に染め上げられている。
それを、俺は抜かずとも知っている。まじまじと観察せずとも、俺はそれを知っている。
その汚れ一つない柄を、俺の手は握り慣れている。
見た目から受け取れる印象を、遥かに超える重みに、心地良さすら感じる。
──聖剣。聖剣:ユフィ=アリオス。
俺が選び、俺を選んだ、一振りの聖剣。
勇者となったその日から、片時も離れることはなかった、俺の唯一の相棒。
最後の勇者に相応しい、最後の聖剣。
「これを、少年に返そう──ただし、起動することは許さない。飽くまで護身用だ、お守り程度のものとすら言っても良い」
「分かってますよ。というか、起動なんてしたら死ぬでしょ、今の俺は……」
「うん、分かっているならよろしい。因みにまた少年が死にかけでもしたら、私は人目もはばからずに泣くからね? 覚悟しておきたまえ」
「おぉ……それはめっちゃ嫌だ……」
何が嫌って、もう何もかもが嫌だった。特に、俺のせいで誰かが泣くということがもう、嫌悪するべきことですらあると思う。
心配をかけるのは一度だけで良いし、死にかけるのも一度だけで良い。
「ま、何も魔王とまた戦うって訳でもないし、普通に無事帰ってきますよ」
「少年のそういう、根拠の薄い慢心が、昔からダメだと言っているんだが……まあ良い、夕餉にしようか。今日は特別に私が作っちゃうぞぅ!」
「いや、良いです。ていうか何もしないでください、俺はまたキッチンが爆発するのは嫌ですからね」
「クゥーン……」
捨てられた子犬みたいに俺を見る師匠だったが、この人普通に料理が壊滅的だからな。
出来れば台所に寄り付くことすらしないで欲しい、なんて思うのだった。
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