説教臭い。



 正直なことを言えば、「いや、何で俺は赴任一日目からお悩み相談とかいう、如何にも教師っぽいことしてるんだよ」というのが、一番初めに抱いた感想だった。


 そもそも俺は、教師らしい教師になりたいのではなく、飽くまで俺は勇者として、生き残りとして、この世界を救う、その下準備の為に、こうして先生などという役割についているに過ぎないのだが……。


 いや、まあ、そう考えるのであれば、相談されているというのは悪くはないのか?

 最終的にどうなるのかはまだ分からないが、少なくとも俺は、近い将来この学園に通う生徒と共に、新しくパーティを組み戦いに出る……というのが、今描いている理想の未来なのだから。


 相談されるということは、それなりの信頼を勝ち取っていることと同義だ。

 生徒と組むのであれば、俺がより先生らしくあるというのは、実に順調に物事が進んでいるということを示すのではないだろうか。


 とはいえ、一日目なのだから信頼もクソもないのだが……。

 そこはそれ、勇者であったというネームバリューが働いているように思えた。


 他はどうかは知らないが、少なくとも俺は、この学校ではそれなりの英雄らしいのだから。

 それは黒髪の妖精──原種の妖精であり、ユメルミア学園生徒会、現生徒会長である、ルナ・ノクタルシアでさえも同じらしかった。 


 腰まで伸びた、艶のある黒の長髪。夕陽を閉じ込めたような、綺麗な赤の瞳。

 健康的に真っ白な肌、ステラノーツよりは頭一つ分高い身長。


 童顔であったステラノーツと並ばせれば、実に大人らしく見えることが予想される方向性の、整った容姿。

 なるほど、これが黒髪の妖精か、と思った。


 主観を抜きにして、客観的に見ても美少女だ。いいや、あるいは美女と、そう言っても良いのかもしれない。

 それくらい、大人びた雰囲気を持つ少女だった。


 放課後。少しだけ沈んだ太陽。

 それらに照らされる中、誰もいない教室──俺に宛がわれた歴史授業用の準備室。


 資料がごまんと詰め込まれ、世界地図なんかが広がっている一室で、ノクタルシアと俺は向かい合っていた。

 これでどちらも生徒であれば、それこそラブコメなんかが始まりそうな雰囲気だ。


「えぇっと、それで、何? 悪いんだけど、事情が呑み込めてないぞ、俺は」

「? 校長先生は、これだけ言えば分かってくれるって、言っていたけれど……」

「シャリアのやつ、俺をお悩み解決ゴーレムかなんかだと思ってる節があるな……」


 クソッ、学生時代に色々と奔走していたのが裏目に出てやがる!

 あいつ後で絶対泣かす……と決意を固めながら、ノクタルシアをチラと見た。


 それだけで分かる程度には、不安げな様子だった。

 俺の言葉を聞いて、それが更に高まっているのが、手に取るようにわかる。


 まあ、そりゃそうだよな。

 登場人物としては知っていても、根本的には知らない人である。


 それでも相談を持ち込んでくるのだから、余程大きな悩みではあるのだろう──であれば、ここでパッと相談の中身を当てられるくらいでないと、信頼は得られないかもしれなかった。

 め、めんどくせぇ……という言葉を呑み込み、ゆるりと頭を回し始める。


 ぶっちゃけ、妖精種のゴタゴタには、もう首を突っ込みたくはないのだが……仕方ない。

 ため息を一つ。ステラノーツから聞いた話を含め、何となく繋げ合わせてみる。


「妖精種の王位継承権争奪戦ってとこか。黒と金が別々なんだもなあ、そりゃ本人たちにやる気が無くても、盛大な内ゲバになるか」

「……凄い。本当に分かるのね」

「まあ、情報は出揃ってた訳だしな。つーか、何だ? ノクタルシアにやる気はないのか?」

「そういう訳じゃない。どうしてもと望まれるなら、やらないといけないとは思ってるもの」

「そりゃ、やる気とは別物だろ……」


 敢えて言葉にするのであれば、それはやる気ではなく、ただの義務感だった。

 実に的外れな解答──故にこそ、ノクタルシア自身に、王になる気は一切ないということを示していた。


「だいたい、望まれたならやる……なんて消極的な意志じゃ、何でも長続きしないよ」

「それは、勇者としての実体験?」

「まあな……つっても、俺の話じゃなくて、他の勇者の話だけど」


 勇者とは、何も限られた、たった一人に与えられる称号ではない。

 世界を救う為に奔走する戦士。その姿に胸を打たれた人々が、自然と呼び始めた名前。


 それが勇者だ────勇者だった、と言った方が良いかもしれないが。

 少なくとも始まりはそうであり、いつしかその名は、誰かが誰かに与えられるものになった。


 世界を救って欲しいと、誰かが誰かに期待する為の称号となった。

 創り出された聖剣に、選ばれし者に与えられる栄誉となった。


 俺が『最後の勇者』と呼ばれたのも、そこが所以だ。

 300年前、聖剣に認められた100人の内の、100人目。


 それが、俺である。文字通り、最後の勇者だった。

 敗戦に敗戦を重ね続けた勇者たちの、人類の、他種族の、最後の砦。


 最後の希望。

 最後の切り札。


 最後に出陣した勇者。

 だから、俺は誰よりも、勇者達の在り方を見てきた。


 使命に押しつぶされた勇者がいた。

 救ってみせると豪語した勇者がいた。

 逃げ出した勇者がいた。

 何もできずに死んだ勇者がいた。

 小さな勝利を成し遂げた勇者がいた。


 本当に、本当にたくさんの勇者がいて。

 その中でも、やっぱり自分で"そう在ること"を決めた勇者の方が、ずっと強かった。


「だから、何事も目標を達成するには、強固な意志が必要だ。あるいは、言い訳して逃げ込む場所を作らない……とも言うけど」

「説教臭い。見た目は若いままなのに、お爺ちゃんみたいなことを言うのね。せんせー……勇者様は」

「お゛っ゛」


 ノクタルシアのカウンターが鋭く突き刺さり、思わず膝を突いてしまった。おい、俺じゃなかったらクリティカルヒットでオーバーキルだったぞ今の。

 勇者じゃなかったら耐えられなかった。良かった、勇者で……。


 しかし、お爺ちゃん、お爺ちゃんかあ……。

 いや、間違ってはいない……間違ってはいないんだけどぉ!

 突然説教じみたことを言ってしまった俺が悪いんだけどさぁ!


 最近の若い子ってのは遠慮がないんだなと思った。ノクタルシア、主観的には俺より年上なんだけどな。

 客観的に圧し掛かってくる300年はだいぶ重たかった。


「い、いや、話が逸れたな。戻すとしよう……望まれるならやる。だけど、やりたくはない。やる気はない。そう思うってことは、それなりの理由があるんだろ?」

「ええ、そう。ワタシよりずっと相応しい子が、ワタシよりずっと努力してきた子がいる。ワタシはそれを知っている。それなら、その子が王位を継承するべきだと、ワタシは思う」


 だから、ワタシを王にさせないで。とノクタルシアは繰り返すように言った。

 実に子供らしい意見だな、と思う。


 努力は報われるものとは限らない。仮に必ず報われるのであれば、俺は魔王を倒していただろう。

 つまりはそういうことだ。


 ただ、だからと言って、そんな大人びた言葉で突っ返すのは、幾ら何でも乱暴すぎるだろう。

 コホンと一息。お茶を一口飲んで、俺は一つ問いかけた。


「じゃあ分かった、その子ってのは、一体誰のことなんだ?」

「せんせーも分かってるでしょう……フィア。フィア・ステラノーツ。ワタシの、大切な幼馴染よ」


 キリっと真面目な顔で、ノクタルシアが言う。

 その言葉を幾度か反芻しながら、「まあ、そうなるわな」と息を吐いた。


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