イサナ様ならどうにかしてくれますわ。ええ、絶対に。




「そもそもの話になるのだけれど、ワタシは生まれついての黒髪ではないの」

「おっと、話の風向きが変わってきたな」


 とんだ爆弾発言だった。というか、妖精種の髪色ってそんなホイホイ変わるものなのかよ。

 自然と色が移り変わる髪の毛、普通に嫌すぎる……。


 流石にそんな話を聞いたことはないので、ルナ・ノクタルシアが突然変異であることに間違いはないだろう。

 言葉の通り、突然現れた変異体。


 例えば、300年前に生まれた妖精種……金と黒を併せ持って生まれた、かつての俺の友人なんかもそれに該当する。

 つまり、これまでの例にない、特別な個体。


 妖精種に限らず、全ての種において、そういった個体を俺たちは突然変異と呼んでいた。

 種によって、良くも悪くも特別扱いされる個体の枠である。


「生まれたばかりの頃は、透き通るような白だったって聞いてるわ」

「白か……それはそれで、珍しいな」

「ええ、それが歳を経るごとに、少しずつ黒に移り変わっていったの……毛先まで黒になったのは、本当に、つい最近のこと」

「なるほど、より揉める訳だ」


 妖精種における白髪は、転じて無能の証明である。

 雷魔法はおろか、四大魔法属性のどれにも適さない、どの魔法も不得手とする妖精種なのだから、そうなるのは分かるというものだろう。


 元より妖精種とは、肉体がそこまで頑強ではない種族だ。

 だからこそ、誰よりも魔法と共に生きてきた種族であり、この世界で最も、魔法の発展に貢献した種族である。


 そのどれもを不得手とするのだから、白髪の子は「無色の子」と蔑まれることが多かった。

 少なからず、ノクタルシアも思いをしてきたであろう。


 歴史の長い種族であればあるほど、そういう因習……とでも呼ぶべきものが、根強く残っているものである。

 特に妖精種はヤバイ。超長い。エルフとかと同等だ。


 だから、ノクタルシアが受けた差別は──迫害は、度を越えたものだったのは想像に容易い。

 そして、そんなノクタルシアが懐くほどなのだから、ステラノーツは相当にだったのだ。


「……これ、俺がどうこうして、何とかなる話じゃなくないか?」

「ワタシもそう思うけれど、校長先生が『イサナ様ならどうにかしてくれますわ。ええ、絶対に』って」

「あいつちょっと俺への期待値が高すぎないか? 全部俺に丸投げすれば良いと思ってるだろ……」

「それに、カナリア様が、困った時は勇者様に頼れって」

「────まだ、生きてる、のか? カナリアが?」


 カナリア。カナリア・シルクハート。

 散々例に挙げた、金と黒が混じった髪を持つ妖精種。

 当時……300年前、妖精種の王座に就いた、かつての友人。


「生きている……とは言い難いわね。死んでいないと言った方が、より正確だと思うわ」

「うわ、マジか。それでも死んでないんだ……いや、妖精種なんだから、有り得なくはないのか……?」


 一応ではあるが、妖精種も長命種に数えられる一つである。

 とはいえ、平気な顔で千年、二千年と生きるらしいエルフ種とは違い、その最大寿命は大体200年前後。


 だから、とっくに死んでいるものだと思っていた。

 つーかアレだ、人類で言う100年生きれば滅茶苦茶凄い! の枠だからな、200年は。


 我が友人ながら、とんでもない生命力だなおい……と、思わず感嘆してしまった。

 保有魔力量に左右されるなんて話も聞いたことはあるが、だからといって、100年上乗せは化物のそれだろ。


「いや、しかし、参ったな。カナリアの頼みなら、益々断れないじゃん……」

「そういうもの、なの?」

「貸し借りがあるからな。それに、友人の頼みは断らない主義なんだ──ま、先生として、生徒の頼みを無下には出来ないしな」


 どちらにせよ、もう退けないところまで話を聞いてしまっている。

 こうなってしまったら、首を突っ込むほかないだろう。


 まあ、二度目だしな。

 しゃーない、しゃーない。

 切り替えてこ。


「良いよ、分かった。ノクタルシアが王にならないように……いや、ノクタルシアが望む未来になるよう、せんせーが力を貸してやる」

「そこは、言い直す必要はなかったと思うのだけれども」

「あるんだよ……きっと、あるさ。せんせーはご存知の通り、人生経験だけは豊富だからな」


 もとい、トラブル巻き込まれ体質であったとも言うのだが。

 お陰でデカい問題にも、小さい問題にも、上手く対応できるだけの臨機応変さを会得してしまっていた。


 俺が今、こうしてスムーズに教職に就いているのも、それを証明していると言えるだろう。

 ……いや、本当に俺、適応力が高すぎるな。


 思わず自画自賛しちゃうレベルなんだけど。

 普通の人はまだ戸惑ってる期間だよ、300年越しに起きた二日目とか。


「ただ、手助けまでだ。こういうのは手取り足取りやってやるんじゃなくて、手を貸して自分でやらせることが肝要だって、昨日読んだ本に書いてあった」

「仮にも先生ともあろう人が、そんな簡単に影響を受けて良いのかしら……!?」

「良いんだよ、影響なんて受けてなんぼだ。もちろん、取捨選択は大切だけど」


 意外と世の中、素直な方が上手くいったりするし──いや、これは俺が、周りに恵まれただけだな。

 破滅する人だっているし、そうでない人もいる。


 俺も昔、勧められるままにやったギャンブルに沼って人生終了一歩手前までいったことあったからな。

 あの時ほどパーティがいて良かったと思ったことは、数える程度しかない。いや数える程度にはあるのかよ。


「それより時間、良かったのか? だいぶ話し込んじゃったけど」

「時間……? あっ」


 時計へと目を向けたノクタルシアが、小さな口をパッと開き、それからバッ! と俺を見た。


「ど、どうしましょう、せんせー。もう生徒会会議始まってるわ……!」

「まあ、そう焦るこたないだろ。重役出勤ってやつだ」

「なっ、なんて悠長な……せんせーの自己紹介とかも今日なのよ!?」

「あっ」


 やべっ、そうだった。

 俺、生徒会の顧問になったんじゃん。


 そして今日顔合わせだったんじゃん。

 会長副会長と、立て続けに話すこととなり、その上重い相談までされていたことで、すっぽりと抜けていた。


 う、うわー……今日シャリアも出席するんだったよな?

 あいつ、基本的には俺のこと全肯定なのに、こういうところは厳しいんだよ……。


 かつて、丸一日正座させられたことが脳裏をよぎる。

 い、嫌だ……初日から「私は大切な会議に遅刻しました」とかいう板を掲げながら、生徒の前で正座させられるのは嫌だ……。


 ふー、と自分を落ち着かせるために息を吐く。

 それからポン、とノクタルシアの両肩を叩いた。


「良し、口裏を合わせるぞ。俺はノクタルシアに校舎の案内をしてもらっていた、これで行こう。後は俺の出任せにそれっぽい相槌を打っておけ」

「凄い……それっぽい嘘をすぐ吐けるのね。せんせーは」

「嫌な捉え方やめろ!」



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