せんせーと呼べ



「という訳で、せんせーは先生をやることになった訳だ。はい、ここまでで質問ある人ー。いない? いないね、良し! じゃあ早速授業始めるぞー」

「せんせー! みんなめっちゃ手上げてまーす!」

「せんせーの目には映ってないのでノーカーンでーす。悪いんだけどせんせー、一以上の数値が入力されるとカウント壊れて0になっちゃうんだよね」

「意地悪な先生よ!」

「でもそういうところも素敵!」

「キャー! 勇者様、もっとこっち見てー!」

「マゾしかいないのか? この学校はよ」


 彼ら彼女らにとってみれば、歴史上の人物でしか無いはずの俺相手にして良い反応じゃなかった。

 明らかにシャリアの教育洗脳の賜物である。

 洗脳耐性0の生徒だけ受からせたのか?


 馬鹿どもが……と内心愚痴をこぼしながら、新品のスーツに腕を通した俺は、教壇に立つ。

 先生────そう、先生だ。


 あの後、普通に私室に案内された俺は、普通に残りの時間を過ごし、普通に翌日を迎えていた。

 いつもと違ったのは、それこそ隣に、師匠がずっといたことくらいだろうか。


 まあ、もっとずっと昔……俺が子供の頃は、当たり前だったことではあるのだが。

 それも300年以上前のことだと思えば、何だか少しだけ面白かった。


 早起きした俺を見て、朝から師匠が号泣しなければ完璧だったな、なんてことを思いながら教科書を取り出す。

 担当教科は歴史──それも、ちょうど300年前辺りの範囲である。


 俺にとってはつい最近のことで、彼ら彼女らにとってみれば大昔。

 まあ、そのくらいのアドバンテージが無ければ、先生なんてやれないか、と思いながらページを開き、そして勢いよく閉じた。


「せ、先生!? どうしたんですか!?」

「いや……なんかちょっと、良く分からんもんが見えて……」


 まあ、気のせいかなと思って、もう一度教科書を開く。

 そうすれば、ちょうど載っていた俺のクソでかい写真が、仕掛けられた魔法により、立体化して空中に投射された。


 聖剣を片手に握った俺が、ちょっとだけ見覚えのある魔族──魔物の上位種族──と対峙し、鋭く言い放つ。


『そこまでだ、魔王軍幹部が一人、煉獄のシルヴァリア。俺の名はイサナ。最後の勇者にして、最強の勇者! 貴様の首、貰い受ける!』

「いや言ってない言ってない! そんな名乗りなんてしたことないだろ! いい加減にしろーッ!」


 大体、自分で最強とか言うやつに碌なやつはいないだろ! しかも魔王には負けてる訳だし、総合的に見て、ダサいことこの上ない口上だった。

 おい、誰だこんなもんを書いたやつは。


 絶対に許さないノートが久し振りに更新された瞬間だった。

 確実に見つけ出して、一発ビンタ入れてやるからな。


「それじゃあ、実際のところ、せんせーはどうしたの~?」

「いや、普通に不意打ちしたけど……。予想外に上手く決まり過ぎて、一言も交わさずに首が落ちた」

「う、うわぁ……」

「あっ、今卑怯って思ったな? ダメだぞ、えぇっと……フィア・ステラノーツ」


 先程目を通したクラス名簿を思い返し、名前を脳内検索してヒットさせる。

 妖精種にしては珍しい金の長髪に、これまた稀少な青い瞳。

 身長は平均より少しだけ低く、何となくふわっとだらっとしたイメージを抱かせる女子生徒。


「命のやり取りをする以上は、”何でもあり”が前提だ。正々堂々なんてもんは、さっさと捨てておくに限る。特に、魔族が相手の時はな」

「殺伐としたこと言うねぇ……それは、魔族がすご~く強いから?」

「強いのはそうだけど、それ以上に狡猾だからってのがある。つーか、存在そのものが人間特攻なんだよな、魔族は」


 魔族とは、魔物の発展形であり、その姿形は酷く人類に類似している。

 二本の足で立ち、両の手を使い、頭を回し、同じ言葉を紡ぐ。


 けれども、ただ似ているだけなのだ────それは、在り方のことではなく、本当にただ、外見だけが似ているという意味合いで。

 中身は全くの別物である。


 確かに同じ言葉を手繰りはする。けれどもそこに心はない。

 心が無いということは、分かり合えないということと、同義である。


 魔族の言葉は発せられども、語られることはない。

 薄っぺらい、ただのなのだ。アレは。


 言葉ではなく、ただの音。

 故にこそ、互いが互いを滅ぼすまで、戦いは終わらない。


「うへぇ~、流石300年前の英雄だねぇ。言葉に重みがあるよ~」

「その呼び方やめろ……せんせーと呼べ」


 くすぐったくて仕方がない。それに、負ける前までの俺ならまだしも、負けた後の俺に、英雄なんて二文字は似合わないにもほどがあった。

 今は、先生がちょうど良い……いや、それすらどうなのってところではあるのだが。


「ま、そういう訳で、教科書には赤ペンで訂正しておくこと。良いか? 不意打ちで一撃だった、だぞ? テストに出すからなー」

「テストに出すんだぁ、これ……大丈夫? 許されるの?」

「問題ない、異論反論あるやつがいたら根こそぎ暴力で分からせる。勇者を嘗めるなよ」

「こんな勇者様、フィアちゃん嫌だよぉ……」


 ふにゃふにゃとしたステラノーツの声を聞き流し、カツカツと黒板にチョークで字を刻みながら授業を進める。

 お陰でチャイムが鳴るころには、開いたページが赤ペン訂正塗れになっていた。


 おい誰だよ、俺がドラゴンに騎乗し、百万の大軍を退けたとか大法螺吹いた馬鹿はよ。

 実際のところ、敵はその十分の一だったし、俺だけドラゴンに振り落とされて、全力で地を駆ける羽目になってんだよな。


 三割くらいは嘘じゃないあたり性質が悪かった。


 これからは、この教科書の訂正が主な業務になるのかと思えば、かなり憂鬱だった。

 はぁ、とため息一つ。教科書を閉じる。


「はい、それじゃー今日はここまで。明日からもよろしくねー」


 チャイムをBGMにしながら、そんな無難なことを言えば、学校らしい号令が響く。

 おー、あったあった。俺もやったなあ、なんてことを思いながら教室を出れば、わっ! と沢山の生徒に囲まれた。


 目に入る範囲、全ての生徒が妖精種。

 お陰で目がチカチカとして痛かった──妖精種の髪色は基本的に赤青緑茶である。


 そしてその髪色の通りに、得意な魔法が決まる。赤は炎で、青は水、緑は風、茶は土といったように。

 だからこそ、他の色の髪を持つ妖精種は特別なのである。


 特に、金と黒は別格だ。

 例えば──


「はいはーい、行くよせんせぇ~」

「おっ、と……」


 先生という立場上、力ずくで吹き飛ばせず、半ば現実逃避として思考を加速していれば、そっと手を掴まれた。

 スルスルと手慣れた様子で生徒の波を抜け、誰もいない廊下で彼女────フィア・ステラノーツが二ヘラと笑う。


「いやぁ、流石せんせー。人気者だねぇ、でもダメだよ。ああいうのは、ちゃんとあしらってあげないと~」

「流石、は手慣れてるな……いや、あるいは、って言った方が良かったか?」


 ──そう、例えば金髪は、妖精種の王族であることを示す。

 そして、ステラノーツとは、その中でも最も力のある……あった家系のそれだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る