がるるるるーっ


「あぁ、おやめください。おやめくださいまし、イサナ様。あんっ、それ以上は、それ以上はいけませんわ」


 パンッパンッという小気味の良い音が鳴る中、シャリアが縋る様に言う。

 それを俺は聞き流し、淡々と、しかし力強く、腕に力を込めた。

 何度も音が響く中、一際大きい音が鳴り、シャリアが全身を震わせる。


「あ゛ーーーっ! ちょっ、お待ちになって! いけません! いけませんわイサナ様! それはここ数か月の中でも最高傑作なんですのよー!?」

「知るかボケーッ! 俺の銅像で埋め尽くされた部屋とか作ってんじゃねぇぞ……!」

「おぎゃーっ! わたくしのイサナ様10201号がーっ!?」

「10000個も作っちゃったのか!? 廃棄だ廃棄! 全部塵に変えてやる!」

「お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! わたくしのイサナ様コレクションがぁぁああ!!」


 シャリアのきったねぇ悲鳴をBGMにして、俺は銅像破壊活動にいそしんでいた。

 発端は、校舎の案内途中、幻覚魔法で隠蔽された箇所があることに気付いてしまったことである。


 何十着ものスーツを試着させられ、疲労していた俺は、ついそれを無造作に引っ剥がしてしまったのだ。

 そうしたら現れたではないか、如何にも隠し事をしていますといったような扉が。


 基本的に好奇心には忠実な俺である。

 シャリアの制止を無視して開いたら、大量の俺(の銅像)に出迎えられたというわけである。


 悪いけど、そりゃ破壊するって。

 嫌だろ、部屋の入口に門番のごとく自分の銅像が二体飾られてて、部屋いっぱいに鎮座する大小さまざまな自分の銅像がにらみつけてくるの。


 動揺するとかを遥かに超えて恐怖なんだよね。思わず反射で拳出ちゃったもん。

 真面目に何かしらの儀式でもやる部屋なのかと思ったからな。


 世が世なら、確実に全部呪物だった。

 後世に残ったら最悪である。


「まあまあ、そろそろ落ち着きたまえ、少年。部屋ももう、ボロボロじゃないか」

「がるるるるーっ」

「おっと、野生に戻ってるな。どうどう、私の胸の中にきなさい」


 調子の良いことを言いながら、むぎゅーっと俺を抱きしめる師匠だった。

 やんわりとした言葉と、やんわりとした身体、やんわりとした行動な割には、しっかり俺の体をロックしている。


 なんでそんな流れるように関節キメたりできるんだよ。

 育てられた俺が言うのもなんだが、結構肉体派なんだよな。


「わ、わたくしのイサナ様コレクションルーム327号が、壊滅……?」

「なんでナンバリングが三桁まで届いてるんだよ。見つけ次第こうなると思えよ」

「!!?」


 そんなご無体な! とでも言いたげなシャリアであったが、むしろなんで壊されないと思ったのか、不思議でならなかった。

 昔は昔でヤバイ女であったが、300年も熟成されるとこうなるのか……と色々感慨深くなってしまう。


「だいたい、本人がすぐそばにいるんだから、もういらないだろ……」

「それはそれ、これはこれ、ですわ。像には像の良いところがあるのです」


 お目目をキラキラさせながら、思いっきり開き直るシャリアだった。

 文句は受け付けません、とでも言わんばかりである。


 お守りと称し、俺のキーホルダーとか持ってそうで嫌だなと思った。

 クソッ、偶像崇拝とかいう悪しき文化、滅ぼしておけば良かった。


「お前が校長とか、この学校本当に大丈夫かよ……」

「あら、その点については問題ありませんわ。イサナ様には劣りますが、わたくし、これでも見る目はある方ですもの」


 皆、優秀な子です。とハッキリとシャリアは言い切る。そこに嘘がないのは、言われなくても分かることだった。

 元より妖精種とは、他種族と比べてみても、魔法への造詣が深い種族である。


 その身に宿した魔力回路の本数は飛び抜けて多く、そもそも魔力との親和性が非常に高い。

 それこそ、ただ身体スペックだけを見るのであれば、シャリア級がゴロゴロといるほどに。


 ……いや、まあ、今は分からないんだけど。

 何せ俺の知識は300年も前のものである。


 とはいえ、妖精種の歴史は長い。それこそ数千年単位だ。

 たかだか300年で、そう大きく変わりはしないだろう。


「要するに、期待はして良い……いや、期待できる生徒は、もう一つの箱に集めてる?」

「あらあら、まあまあ。相変わらず、怖いくらい察しが良いですわね」


 ともすれば、罵倒にもなりそうなことを、シャリアは実に嬉しそうに言う。

 というか、ガッツリ満面の笑みだったので、小言の一つも言えなかった。


「ええ、そうです。各学校にはそれぞれ、を集める場所を用意しております」

「随分と用意が良いというか、何というか……俺に期待しすぎじゃないか?」

「期待できるのが、イサナ様だけなんですもの。であれば、全てを賭けることは、何もおかしくはありませんわ」


 期待も希望も、イサナ様次第なのですから。なんてことをサラリと言って、シャリアは笑う。

 いや本当、ちょくちょく重いんだよな──重くさせた、の間違いかもしれないが。


「ユメルミア学園で、それにあたるのは生徒会。ですから、イサナ様には生徒会の顧問も務めていただきますわね」

「新任教師で、しかも生徒会顧問ね……まさかこの俺が、その肩書きを背負う日が来るとはな……」

「ふふっ、イサナ様は問題児でしたものね」

「俺は割と尻拭いをさせられた側だったと思うんだが……?」

「あらあら、記憶の捏造は良くないですわよ?」


 スッ……と睨まれたので、あははと愛想笑いをしてみたのだが、誤魔化しきれなかった。

 そういうところも、全然変わらないんだな、シャリアは。

 

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