急いては事を仕損じるんだよなあ



 シャリア・マルドゥークとは、どのような関係であったのかと問われれば、「仲間であった」と一言で答えるしかないだろう。

 もっと散らかった答えを用意するのであれば、元婚約者であったり、共犯者であったりと色々ありはするのだが、しかし、それでも敢えて答えるのならば、仲間と言う他ない。

 

 かつて、俺は世界を救う勇者パーティの勇者であり。

 かつて、シャリアは世界を救う勇者パーティの魔法使いだった。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。あってはいけない。

 俺たちは、そういう関係性でもあった──はずなんだけどな。


「あのさ、そろそろ離れない? 暑苦しいんだけど」

「嫌です、ダメです、離れる訳にはいきません。そうですわね、あと一年ほどはこうさせていただかないと、わたくし、イサナ様欠乏症で死んでしまいますわ」

「300年も生き延びてるくせに、良く言うよ……」

「ふふ、しつこい女はお嫌いでしたか?」

「いいや、大好きだ」

「君たちさぁ、早速イチャついてるんじゃないよ。私がいるってこと、もう忘れてないかい?」

「あら? どなた様ですか?」

「存在ごと忘れられている!?」


 ええい、とにかく離れろーッ! と師匠せんせいが叫び、シャリアが「およよ」と泣きながら俺を離す。

 それからコホンと咳払いをしたシャリアは、眼鏡を装着して席へと着いた。


「さて、それでは色々とお話いたしましょうか。まずは何から聞きたいですか? イサナ様」

「うお……切り替え早いな」

「わたくし、良い女ですので」

「まあ、眼鏡も似合ってるしな」

「えへへ……」


 シャリアは頬を赤らめ、隣にいた師匠はガスガスと俺の足を蹴り始めた。

 大して痛くはないが、そういう無言の意思表明はやめて欲しかった。


 子供じゃないんだから……。

 もう700年近く生きてるというのに、子供らしいところは健在な師匠だった。


 700歳児を親に持つと大変だな、ということをしみじみ思う。


「おい、少年……後でお説教だからな」

「っすー……だから心読むのやめましょうってば」

「あのですわね、今度はわたくしを置いてイチャつくのはやめてくださいます?」

「どう見たらイチャつきに見えるんだよ……」


 どっちかって言うと、ただの親子の会話なんだよな。

 物心ついた頃には既に師匠に養われていたので、どうしてもふとした会話が親子のそれになる俺と師匠だった。


「つっても、聞きたいことはそんなに多くはないんだけどな。一先ず、先生って何だ?」

「それはもちろん、このユメルミア学園に教師として従事していただきたい、ということです」

「それがもう意味わかんないんだけど……俺に何を期待してるんだよ」

「無論、わたくしに代わる、使ですわ」


 さも当然のように、シャリアはそう言った。


 千年に一度の大天才。

 生まれながらにして、世界最高峰の魔法使いと謳われた、あのシャリア・マルドゥークが、自身は戦力外であるのだと、言外にそう告げたのである。


「……それは、その姿のまま、300年生きた代償か?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えますわね」

「この学校に妖精種しか通っていないことと、関係があるな?」

「うふふ。それ以上は、いくらイサナ様でもめっですわよ。乙女の秘密ですもの、土足で踏み荒らすものではありませんわ」


 シャリアは見慣れた笑みを浮かべ、パチリと上手にウィンクをした。

 俺の言葉を否定しないながらも、明かすことはない。それでいて、堂々としている。


 そうまでしてラインを引かれてしまえば、一方的に踏み込むことは出来なかった。

 ふぅ、と小さく息を吐く。


 世界を救う前に、先に救わなければならないものが多そうだ。

 まあ、それによって、俺が救われているのかもしれないのだが。


「ま、分かったよ。先生? やれば良いんだろ。人を見る目とか、俺には無いと思うけど……」

「何を言ってらっしゃるんですの。わたくしも、他のメンバーも、全員イサナ様が手ずから選んでくれたことを、もう忘れたのですか?」

「俺が選ぶ前に、そっちが俺を選んだんだろ。俺は、伸ばされた手を取っただけだ」

「同じことですわ。イサナ様がわたくしたちを見出してくれたからこそ、わたくしたちは付いて行こうと思ったのですから」

「頑固だな……相変わらず」

「イサナ様こそ、自己卑下が過ぎるところ、相変わらずですわよ」


 皮肉に皮肉を返されてしまっては、最早俺に言えることはなかった。シャリアのやつ、ちょっと口が達者になってるな……。

 そりゃ300年も経っているのだから、当たり前と言えば当たり前ではあるのだが。


 変わっていないようで、やはり変わっている。

 俺が眠りこけていた間に、ちゃんと彼女は時間を積み重ねてきたのだ。


「そういう訳で、明日から赴任していただきますわね? あっ、既にスーツの方は用意しておりまして。ええ、ええ。軽く百着ほど……」

「いや早い早い! 明日!? 俺今日起きたばっかりなんだけど!? あとスーツはそんなにいらん!」

「? 善は急げと言うではありませんか」

「急いては事を仕損じるんだよなあ……」


 他にも聞きたいことは細々とあるんだけど……まあ、良いか。

 一番聞きたいことは聞けたし、後はちょこちょこと聞いたり知っていけばいいだろう。


 それに何より、シャリアがもうウキウキで俺用に仕立てたのであろう、スーツを用意しているのだった。

 いやだから多すぎなんだって。


 ああ、もう、全部試着させようとするんじゃない! どんだけ時間があっても足りないだろうが!



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