俺がこの島を落とします!



 かつて、魔王との戦争に負けた多種多様な種族は、空に浮かぶ大地──空島へと逃げ込んだ。

 そこを新たな生息圏と定め、勇者と共に戦ったという、三人の戦士によって強固に保護された。


 そして、同時にいつか目覚めるはずの勇者と共に、魔王と戦える人材を育成する為に、それぞれの特色を活かした、小さな学校を建設したという。

 

 千の魔法を手繰ると謳われる魔法使いは、多種多様な魔法使いを育成するユメルミア学園を。


 一刀のもとに山すら斬り伏せたと謳われる剣士は、常軌を逸した剣士を育成する和天騎士学校を。


 手の届くすべての人を癒したと謳われる聖女は、その力を継承する聖ルミリアス学院を。


 そして、勇者の母であり、師であったという賢者は、その全てを守るための結界を張ったという。


 全ては、一度敗北した勇者が、また立ち上がるために。



「えぇ……されてる期待が俺の想像を遥かに超えてんだけど……」

「年数が重なってる分、質も量もとんでもないことになってるよ。ま、頑張りたまえ、少年」

「クソッ、他人事だと思いやがって……! いや、他人事ではないんだけど!」


 お察しの通り、賢者と呼ばれているのは、ほとんど育ての親とも言える、我が師匠であった。

 エルフの中でも最も長く生きているとされる師匠は、それゆえに『賢者』と呼ばれている。


 文字通り、賢き者という訳だ。

 古代の魔法にまで精通しているのだから、この世で最も知恵がある人と言っていいだろう。


 さて、そんな偉大な人物である師匠せんせいが、


「ここが、第一の空島。魔法使いちゃんが校長を務める、ユメルミア学園。どうだい? 感想は」


 期待の眼差しを込めて、ニヤニヤと笑いながら言う。

 一方、俺はそんなことを気にかけることすら出来ず、呆然とを見た。


 白亜の城にも見える、巨大な校舎。

 あちこちで散見される、生徒と思われる魔法使い。

 そして、校舎前に建てられた、やたらとデカい銅像。


 それは、一人の少年を模したものらしかった。

 剣を片手に、空を睨んでいる。


 実に勇ましい銅像だ。

 俺は脳がクラクラとするのを感じながら歩み寄り、台座に記載された説明に目を通した。


『最後の勇者:イサナ・シュリオルス。聖歴2010年に誕生した彼は、齢7つにして上級の竜型魔物ドラグーンを素手にて打倒し……』

「おぉぉぉん!!!!」

「うわーっ!? 何やってるんだ少年!?」


 悲鳴にも近い声を上げた師匠を無視し、俺は絶叫と共に説明欄を拳で粉々にした。

 おい! ふざけんな! 何でこんな、俺の自己顕示欲の塊みてーな銅像が作られてんだよ!?


 しかも学校の象徴みたいになってるし!

 教科書にでも載せてんのか、みたいな文体で俺の人生が書き記されてるし!


 ボケが、ここで全部粉々に砕いてなかったことにしてやる!


「どうどう、落ち着け少年! これは魔法使いちゃんが一番最初に作った銅像だぞ!?」

「一番最初って何!? 俺の銅像、そんなにたくさんあんの!?」

「この空島にある、三つの街の全てのシンボルが、少年の銅像さ」

「うおおおお! 俺がこの島を落とします!」


 更に絶叫を重ねながら柄を握ったが、師匠に羽交い絞めされることで、敢え無く断念することとなった。

 クソッ、俺の銅像がシンボルになってるってなんだよ。


 街ごと気味の悪い新興宗教みたいになってるってことじゃねぇか。

 俺みたいなのを崇めるんじゃない。


「諦めたまえ……大体、魔法使いちゃんがそういう子だというのは、少年にだって分かっていたことだろう」

「それは……そうなんですが……いやっ、でもこれは流石に暴走しすぎでしょう!? 師匠、見てたなら止めてくださいよ!」

「いや、幾ら私でも、鬼気迫った様子の魔法使いちゃんに、苦言を呈することはできないよ……」


 私もまだ死にたくはないし……とかなり真面目な顔で言う師匠だった。

 そこまでシリアスに言われると、文句を言いたくても言えなかった。


 というか、まあ、魔法使いあいつがそういう女なのは、確かに周知の事実であり、暴走したら止められる訳がないことは、分かっていはいたのだが……。


 銅像はないだろ。

 俺の肖像権とか、その他諸々が犯されすぎなんだよね。


「ま、それでも文句があると言うのなら、本人に直接伝えたまえ。ほら、行くよ」

「くっ……やっぱこれ、破壊してからじゃダメですか?」

「ダーメだ。というか、もうかなり注目されてるからね? 新任の教師がこんな目立ち方をしちゃダメだろう」

「いや、そもそもその、先生をやるとかいうのが、俺は良く分かってないんですが……」


 何がどうなったら、勇者から先生にジョブチェンジしなきゃいけないんだよ。

 それに俺、誰かに物を教えるとかしたことないんだけど。


 人生の大半が戦いだったようなもんである。

 それに今は、魔法も使えない訳だしな……。


 魔法を教える学校で、魔法を使えない教師とか、役立たずにもほどがあるだろ。

 さっきから俺に注目してる金髪の女子生徒とかも、普通に飛行魔法使ってるし……。


「その辺も追って、色々と説明するさ。ただ、魔法使いちゃんも交えた方が、話は早いからね。納得したいのならば、まずは急ぎたまえ」

「師匠のそういう、大切な話ほど後回しにするところ、俺すげー嫌いです……」

「あっはっは! ちょっと普通に傷つくからやめてくれないか? 私、泣いちゃうぞ?」

「えぇ、ごめんなさい……」


 涙目になった師匠に、ペコペコと頭を下げながら校舎へと入る。

 見た目相応に、広い校舎だ。生徒もそれなりにいるようで、特に妖精種が散見された。


 というかこの学校、妖精種しか通ってないんじゃないの? ってレベルである。

 それ以外の種族が全く見当たらなくて、これはこれで不気味だった。


 魔法使いあいつ、別に種族贔屓とかはするやつじゃなかったと思うんだけど……。

 まあ、そこもまとめて聞けば良いのか。


 何にせよ、今の俺は知らないことが多すぎる。

 長い長い階段を二人並んで登りながら、色々と聞きたいことを頭の中で纏めていれば、ようやくそれらしい部屋の前に辿り着いた。


 豪奢に彩られた扉。

 如何にもこの先は校長室って感じだ。


「さ、ここだ。心の準備は良いかい?」

「う~ん、ちょっと三分くらい貰っても良いですか?」

「却下だ、開けるぞ」

「ちょっ」


 却下するなら聞くなよ! という俺の言葉が発せられる前に、扉は開かれた。

 瞬間、その先にいた女性と、目がパチリと合う。


 魔法使いらしい、古風なローブ。

 真っ黒な三角帽。


 腰まで伸ばされた、美しい銀髪。

 赤々と染まった、ルビーの瞳。


 陶器のように白い肌。

 同じ人であるとは思えないくらい、整った容姿。


 記憶にあるより、少しだけ大人らしく成長した少女。

 誰よりも信頼を置いた、仲間の一人。


「あー……よう、久し振り。シャリア──」

「イサナ様ぁぁぁぁああああ! ああ、ああ、お会いしとうございましたわ~~!!!!」

「うわーっ! いきなり抱き着いてくんな!」


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