という訳で! 世界は滅亡一歩手前さ!


「という訳で! 少年が負けたせいで人類は完全敗北! 世界は魔王に支配され、世界は滅亡一歩手前さ!」

「誰?」

「あるぇ!? 我が弟子、可愛く愛おしいお師匠様の顔、忘れちゃった!?」


 窓が一つもなく、時計も飾られていない、時間感覚がおかしくなりそうな部屋。

 明かりが乏しく、少々埃っぽさを感じるそこで、俺は眠っていたらしい。


 らしい、というのは、現状把握が良く出来ていないからだ。

 俺は、言ってしまえば近未来的な、メカメカしい真っ白な棺から身を起こしていた。


 少なくとも俺は、こんな寝心地の悪そうなベッドで寝たことはない。


「冗談です。ちゃんと覚えてますよ、師匠せんせい

「あのね……少年、寝起きからそういう冗談はやめたまえ。心臓止まるかと思ったんだけど?」

「師匠がいきなり、心臓に悪いことを言ったのが悪いと思うんですけど……」


 青い髪を足元まで伸ばした、エルフ耳の女性──ルーシリア・クラウン・ノットが、俺を恨みがましく睨みつける。

 こうして師匠に小言を言われるのはいつ以来だろうか。


 魔王討伐の旅に出てから顔を合わせていなかったら、実に三年ぶりってところか?

 ──いや、というか俺、死んだはずだよな?


 ということは、ここは天国……?


「残念ながら、ここはまだ現世さ。ただ、三年ぶりではないけどね」

「当たり前みたいに人の思考読むじゃん……だから嫌われるんですよ、師匠」

「うるさいぞ!? 私だって好きで読んでる訳じゃない! ……コホン、そうじゃなくってだね。まずは、端的にまとめようか。

 今は聖暦2326年。少年が魔王に負けてから、ざっと300年の歳月が経っている」

「あー、冗談……じゃないですよね」


 出来ればそうであってほしいと思ったが、師匠の虹色の瞳が、そうではないことを如実に示していた。

 嘘を吐かないことを条件に、他人の心が読める魔眼。


 つまり、ここまで語られたことは、一から十まですべて真実。

 初めに人類が敗北し、世界が魔王に支配されたというのも。

 世界が滅亡する寸前であるというのも。


 何もかもが、事実なのだろう。


「ここは蘇生の間と言ってね。古代から一部のエルフにだけ伝わっている、特殊な魔法が仕込まれた部屋なんだ」

「それじゃあ俺は、やっぱり一度死んだってことですか?」

「いやいや、まさか本当に、死者を蘇らせたりはできないよ。ただ、その手前であるのなら、繋ぎ止めることはできたらしい」


 パーティメンバーに感謝したまえ、君は彼らに救われたんだから。と、師匠は微笑みながら言った。

 つまりはそういうことなのだろう。


 俺が意識を落とした後、仲間が俺を救出してくれたという訳だ。

 魔王のやつ、ざまあみろって感じだな。


 あいつらは足りなくなんかない。最高の仲間たちだった。


「ま、完全回復させるまでに、300年も要したんだけれども。でも、良かった。本当に、少年が生き延びてくれて」

「ちょ、急に泣かないでくださいよ、師匠。そんなんだから年寄りって言われるんですよ」

「茶化すのはやめたまえ……うぅ、ずっと会いたかったんだぞ! 私は!」

「あー、もう、ごめんなさいってば」


 堪えていたのだろう、涙をポロポロと零し始めた師匠を、ギュッと抱きしめる。

 俺より少しだけ低い身長。結構高慢な口振りの割には、華奢な身体。


 300年の時が経ってなお、師匠は記憶のままだった。


「ふんっ、私はこれ以上、成長する必要が無いだけだ。最高のプロポーションだろ?」

「まあ、そこは否定しませんけど……」


 そんなことより、安心感があるということを言いたかったのだが……まあ良いか。

 うぅ~、と小さな声を上げながら涙を流し続ける師匠を抱きしめたまま、少しだけ思う。


 300年。300年か……。

 実感は湧かない。というか、湧くわけがない。


 今さっき起きたばかりであり、俺の記憶は魔王との決着までなのだ。

 とてもではないが、想像できるものではない──けれども。


 実際にそうであるのならば、何もかもが変わっているのだろう。

 俺の知っている人も、物も、何もかもが無くなっているのだろう。


 それは仕方のないことだと思う。どうしようもないことで、結局は俺が負けたことが悪いのだから。

 ただ、それでも、俺を助けてくれたという仲間たちに、「ありがとう」すら伝えられないのは、心残りになるなと思った。


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