俺は魔王を倒せなかった。
渡路
俺は魔王を倒せなかった。
「惜しかったわね、勇者さん」
俺を抱きしめた魔王が、血に塗れたまま、喜色に満ちた声音でそう囁く。
勝利の余韻に浸った声。蠱惑的に彩られた、恍惚な笑み。
場違いにも見惚れてしまいそうなくらい美しい。
「ほんの少しの差だった──けれども、決定的な差だった。残念だけれども、これじゃあ何度戦っても、私が勝ったでしょうね」
喧しいやつだ。
そんなことは言われなくたって、こうして無様になすがままにされている俺が、一番良く分かっている。
勝てないだなんてことは、対峙した瞬間に気付ていた。
「ふふっ、そうね。それでも立ち向かうから、逃げないから、守るから、貴方は勇者なのよね。ええ、本当に、とても勇者らしかった。貴方はこの戦いで、何度も限界を超えた」
心底からの称賛だった。馬鹿にしている様子は一切無くて、本当に、ただ凄かったと、魔王はそう告げる。
どうせ称賛されるのであれば、魔王を倒して多くの人間にされたかった……なんて思うのは、今更か。
敗北は、今や確定事項だ。覆ることはない。
「だから、ダメだったのは、貴方の味方。聖女ちゃんに、魔法使いちゃんに、剣士くん。みーんな、確かに人類最高峰の実力だったけど、私を相手するには、足りなさすぎた。貴方くらいよ、私と同じ
衝動的に掴みかかろうとして、けれども指一本すら、まともに動かなかった。
精々が、血反吐を吐き出したくらいで、そんな俺を、実に愛おしそうな目で魔王は見る。
ほんの少し前まで、死力を尽くして殺し合っていたとは思えないくらい、丁寧な手つきで、魔王は俺の頭を撫でた。
「あんっ、もう、そんなに怒らないで? 私はただ、事実を言っているだけ。でも、こーんなにボロボロなのに、仲間を馬鹿にされて怒れる貴方が、益々好きになっちゃった」
出会い方さえ違えば、きっと私たち、仲良くなれたわ──なんて言ってから、ズルリと魔王は俺の胸から、腕を引き抜いた。
まだこれだけ残っていたのかと、我ながら驚いてしまうくらい血が溢れ出る。
それを契機に、ようやく俺の肉体は死を悟ったらしい。それに付随するように、脳みそもやっと、死を受け入れる。
瞼が重くなってきて、頭は回らなくなってきて、霞んだ視界の中で、やっぱり魔王は微笑んだ。
「さようなら、私の勇者様。おやすみなさい……またいつか、会えたら良いね」
魔王が、ゆっくりと俺に口づけをする。
唇が重なったのかも分からないまま、俺の意識は沈むように消えてなくなった。
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