第104話 戦姫の帰還……?

 ──ナルザーク城塞、戦姫の戦場いくさば

 令和四年の日本で死力を尽くした戦姫たちは、約八日ぶりにその芝生へと帰還。

 一同は時間にしてわずか半日の激闘と、その後の夢のような遊興を、早々に懐かしく思い、そしてあらためて不思議がった。


「キャアアァアアァーッ!」


 その余韻を切り裂いたのは、この城塞の頂点たる戦姫團團長、フィルルの悲鳴。


「わたくしの……キャリーバッグ! キャリーバッグはどこですっ!? あちらの世界の厳選土産をパンパンに詰め込んだ、あの宝石箱はああぁああっ!?」


 令和日本から転送されなかった、BLコミック満載のキャリーバッグ。

 その消失に慌てふためき、錯乱するフィルル。

 副團長のステラが、その腕をしっかと掴んで制止。


「……團長。転移には検閲があるのでしょう。このナルザーク城塞と同様に」


「検閲……。ま、まあ……検閲されても致し方のない、中身ではありましたが……」


「あなたの両腰の鞘には、お気に入りだと言っていた、向こうの世界で得た半月剣。それで良しとしましょう」


「……ですわね、ふぅ。あちらの女神から授かったこの双剣で、こちらの平和を守っていくとしましょう」


「わたしも向こうの世界で見た霊峰……富嶽の威容から、力を得た思いです」


 ステラは戦いのあと、愛里の国の最高峰である富士山、別名富嶽を見に旅立った。

 行きは新幹線で車窓から眺め、帰りは旅客機の窓から見下ろすという、旅程半日の強行軍。

 城塞の向こうにあるツルギ岳の三倍以上の標高、そして広大な裾野に圧倒、感激。

 ほかの者もそれぞれが、己の望みを限られた時間内で叶えていた。

 そっとシーが一同へ背を向け、そろそろと白衣の左袖をまくる。

 まっさらな掌の中央に、ふっ……と伏せた瞳が現れ、それがにっこりと湾曲。

 百々目鬼はシーの体の一部になることで、無事に異世界入り。


「ほっ……。一緒でよかったでし。みんなが驚くので、普段は袖に隠しておくでしが……。遊びたくなったときは、瞬きで呼んでくだしーでし」


 百々目鬼がパチパチと瞳を開閉し、「うん!」とシーへ伝えた。

 そのわきでは、セリが左右へ顔を振りながら、うろうろと人探し。


「……おかしい。いないな……」


 セリがやや足早に動いているのを見てルシャが、焦りを抱えているのを察知。

 表情を作るのが苦手なセリは、心情が体の細部に現れる。

 それを目ざとく察して補助するのが、住み込みで付き添っているルシャの役目。

 ルシャ以外の顔を認識できない先天性の持病、顔朧症を患うセリが、無事全員帰れているのか確認しているのだろうと、ルシャは見た。


「……どうした? ちゃんと全員帰ってきてるぜ?」


「いや、一人……もとい一匹足りない。わたしの主治医が」


「主治医? ああ、あの化けギツネか。あいつ、こっちに来られなかったんじゃねーか? つーか、最後に整列したときには、もういなかった気がすっし」


「……そうか。彼女がいれば、わたしの顔朧症もかなり改善す…………あっ!」


「どした?」


 顔を左方へ向けたセリの視界に、顔がはっきりと視認できる老女がいた。

 陸軍研究團・異能「知」、アリス・クラールの姿だが、病歴詐称という形で入團試験を落ちているセリには、有象無象の一人。

 しかしいま、その顔が見えているということは──。


主治医せんせいっ!」


「……おお、セクシー眼鏡委員長か。しばらくお主の家へ厄介になるぞい」


 ──ポンッ!


 アリスの全身が、厚く白い靄に包まれ……。

 それが足元から、渦を巻きながら晴れていき……。

 巫女装束の六日見弧の姿を露呈させた。


「にょほほほほっ! ここがアリスがいた世界か。ふむ、明治以前生まれの儂には、なかなか住みよさそうじゃの。にょほっ!」


「「「「「えええええーっ!」」」」」


 突如アリスが消え、異世界の妖狐が現れる。

 その衝撃に、一同驚愕。

 それを受けて六日見弧、腕組みをして快活に笑い声を上げた──。


「にょほほほほほっ! 人を騙くらかすのは、どこでやっても気持ちいいのう! まして、二つの世界を繋ぐ存在をもとあらば、なおさらじゃ! うむ!」


 六日見弧が真正面の戦姫像を見上げて、唇の両端を上げた。

 愛里をモチーフに造られた戦姫像も、建立時からのアルカイックスマイルで、それに応える。

 六日見弧の出現により生じた、この場の多くが抱える疑問。

 ラネットが駆け寄って、それを確認する──。


「じゃ、じゃあ……もしかして。アリスさんとお師匠は、ようやく同じ世界にっ!?」


「じゃろうなあ。もはや確認するすべもないが、儂がこっちへ来たということは、そういうことじゃろ。うむっ!」


「や……やったぁ!」


 ラネットが両手を上げて、大きく跳ねて歓喜。

 恩人にして師の愛里が、世界も性別も超えて、ようやく想い人と結ばれた。

 同性のトーンと七年越しの再会を果たして結ばれ、愛里のとんこつラーメン店二号店を営むラネットには、とても他人事には思えない。

 思わずトーンを正面から抱き締めて、くるくると回りながら喜びを表現。

 それを見て、ルシャも肘で隣のセリを突きながら、ニヤける。


「……へへっ! 師匠、やったな!」


 ラネット&トーンと同じく、同性同士の恋人、ルシャとセリ。

 三十歳ほど年を違えながらも結ばれあった異世界の二人へ、揃って祝福と尊敬。

 ──そして、ラネット、ルシャとともに弟子となったリム。

 チームとんこつ、チームとんこつ改のチームリーダーを務めたリムは、胸に抱き締められていたスケッチブック、その最後のページを慎重に開く。

 そこには寒色系のモノトーンで描かれた、天音の全身像があった。

 両腕があったころの天音を思い出しながら、本人を前にリムが描いたもの

 元の世界へ戻る際に消失するのでは……と懸念していたリムは、ほっと吐息──。


(……天音さん。一緒に来てくれたんですね。ほんの二日ほどの、恋人関係でしたけれど……。わたしあなたのこと、一生忘れませんっ! そして……お師匠様っ! おめでとう……ございますっ!)


 フィルルのBLコミックとは異なり、この世界への検閲を通過した、戦姫たちを描いたスケッチブック。

 それをぎゅっ……と抱き締めながら、リムは己の世界の天を仰いだ。

 令和日本と同じ色の空、同じ色の雲。

 二つの世界が一つに繋がっているかのように、果てなく広がっていた────。

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