第098話 辞世の句
「はああぁああぁーっ!」
海面へと落下しながら、宝刀・神気を刺突に構える天音。
クモの糸で宙吊りとなった阿鼻亀が、天音の視界で下から上へと通過。
集中の極みにいる天音は、それをスローモーションのように見る。
やがて天音の視界に入る、阿鼻亀の堅固な腹部から覗く頭部。
それは体内にめりこんだ、眼球と口を有する直径一メートル程度の円形の顔。
「食らえーっ!」
──ドズシュッ……!
天音が握る宝刀・神気が、阿鼻亀の頭部中心を深々と刺突。
それにより、一時的に天音の落下が止まる。
天音の真正面では、いまだ生気に満ちた阿鼻亀の眼球や口が蠢いた。
「瘴気に還らないっ!? この一撃じゃあ……足りないってことかっ!」
天音は柄を両手で固く握り締めたまま、なおもその手へ、力を込める──。
「じゃあ、全身全霊を込めて……貫くっ!」
天音の全身が、真白に輝く。
それが肩、腕、五指、刃へと集約、伝導されていく。
発光が宝刀・神気の切っ先へとすべて注がれた瞬間、天音が吼えた──。
「この地に……
──ダギュウウウウンッ!
宝刀・神気の切っ先から、発砲のように白い光線が放たれる。
それは阿鼻亀の頭部を焼き、背の甲羅を貫通。
砲隊長・ノアの砲撃で損傷を受けていた甲羅へ、網目状の亀裂が一気に走った。
光線の反動で後方へと吹っ飛ばされ、背中から海没する天音。
同時に阿鼻亀の堅牢な甲羅が、細かくバラバラに飛散。
内部の
「……ぶはあっ!」
海中へ沈んでいた天音が顔を出し、先に浮かんでいたステラと目を合わせた。
「上手くいったね、姉弟子!」
「フフッ……。いままで末弟子扱いだったので、姉弟子として見せ場を作れたのは、なんとも心地よ…………あなたっ!?」
「ハハッ、一突きじゃあ……倒せそうになかったからさ。まあ片手があれば、リムと手を繋いでデートできるし」
天音が立ち泳ぎをしながら海から上げてみせた右腕は、肘から先が真っ黒に染まり、指先からぽろぽろと瘴気と化して、朽ちていく。
その表情に苦悶はなく、巨大な下僕獣を斃した達成感に満ちている。
眉をひそめるのは、それを見るステラのほう。
「その手は……いったい?」
「腕を霊力に変換して、阿鼻亀を撃ち抜いたんだ。神気は抜刀できなくなっちゃったけれど……。これ貸してもらえるなら、最後まで一緒に戦うよ。アハハッ!」
繋いでいた糸を断たれ、海の底に沈むはずだった、フィルルの半月刀の一振り。
天音が無事な左腕で、それを掲げてみせた。
阿鼻亀を葬る直前に、抜け目なく回収──。
「さーて、残る下僕獣は安楽女一体! 右衛門作さん……『物言う神』の顕現、必ず阻止するからね!」
──その安楽女はパトカーの屋根にしがみつき、運転手の警部補を人質に取って、「物言う神」の顕現地、原爆落下中心地へと向かう。
後部座席ではシーが、車内からルーフ上の状況を観察。
トランク寄りの天井を、萌え袖越しに掌で一撫で。
「ふーむ……。屋根の窪み具合、脚の長さからみて、敵の頭部はこの辺りでしかねぇ。とは言えあちしは徒手空拳で、なにもできんでしが」
「……なんね。まだ、
小グモを抱える左腕。
警部補の喉へ突きつけた脚と、パトカーにわが身を固定する脚。
いま安楽女に、シーを殺害する手足の余裕はなかった。
「にっししし……それは命拾いしたでしなぁ。ところでその原爆落下中心地という呼称、なにやら物騒な響きでしなぁ」
「ハッ! 原爆も知らんとは、おまえも異世界から来た女ね? まあ言うても、原爆知らん奴はいまの時代、普通におるけどね」
「呼称から察するに、それは大量殺戮兵器……でしかねぇ? おっと、先にトンネルがあるでしが、車高は大丈夫でしか?」
「フン。くだらん心配どもしよらんで、辞世の句でも考えとかんね。目的地に着いたらあんたたち二人、真っ先に殺してやるけん」
「辞世の句……でしか。ふむふむ……」
シーが腕を組み、フロントガラス越しにトンネルの出入り口を見上げる。
ほどなくパトカーがトンネル入りし、走行音の反響が響く。
それが消え、車体がトンネルを抜けたところで、シーが一句。
「……では。『
「ハハッ、馬鹿正直に詠まんでよかとに。そいに、つまらん。どうせ詠むなら、もっとひねらんね。目的地までまだ時間あっけん」
「そうでしか? われながら自信作でしたがねぇ。にしししっ!」
シーの視線が一瞬、瓶底眼鏡の厚いレンズ越しに、己の白衣へと向かう。
そのポケットにはステラから預かっていた、スピーカー通話状態のスマホが入っている。
シーの句は、愛里のスマホへと通じていた──。
「──大戦、重ねて終えて、浜に凪。そしてトンネル……。大浜トンネルか! さすがはシーちゃん!」
愛里がマツダ・キャロルへと飛び乗り、場の一同へ通達。
「リム、ロミアちゃん、あと……見狐ちゃん乗って!
大浜トンネル。
女神大橋西側にある、市中心部へ通じるトンネル。
シーはトンネルの出入り口に掲げられている名称を、自慢の眼力で一瞬で読み取り、それを安楽女に悟られることなく愛里へ伝えるべく、即興の俳句を詠んだ。
メッセージを受けた愛里もすぐに察知し、パトカーの移動経路を絞り込んで、ナホが操る重鎧巨兵を効果的な位置に配した。
最低限の戦力を車へ乗せ、爆心地公園へ急ぐべく、少人数で車速を稼ぐ算段。
場に残されたアリスが、心配げに運転席を覗き込む。
「愛里……死なないでね」
「あははっ、死ぬもんですかって! せっかくアリスがこっちへ来てくれたんだから! 最低賃金で馬車馬のごとく働いてくれる店員、一生手放さないわよっ!」
愛里、運転席から車外のアリスへ、ウインクと同時に投げキッス。
すぐに軽快にアクセルを踏み、爆心地公園へと先回りするべく、車を飛ばす──。
「あっちは蛇行と起伏が多い造船所沿いの経路! こっちはまっ平らな国道! 先に着いて、迎え撃つわよっ!」
──そのころ、市民から軽自動車を借りて安楽女を追ったエルゼル。
一〇〇メートルほど蛇行したところで、路傍の電柱を真正面にして停車中。
「うーむ……。やはり異世界の車は勝手が違うな。走行が安定せぬ。だが、すんでのところで衝突を避けたのは、さすがはわたしといったところか。フフッ……」
ハンドルをさすりながら、やや得意げなエルゼル。
後部座席に乗っているルシャが、右隣のセリへそっと耳打ち。
「なあ、エロ眼鏡。いまの、車が勝手に止まって、事故防いだ気がすんだけど……」
「……同感だ。さすがはおまえの師匠の世界。文明が進んでいる」
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