第五章 顕現

決着

第096話 網引

 ──これまで阿鼻亀をけん制していた。護衛艦やはぎ。

 反転し、女神大橋の下を通過して、三菱重工業長崎造船所付近まで後退。

 そこで再び反転、阿鼻亀へ艦首を向け直す。

 戦闘指揮所CICでは砲雷長が、いぶかしげに艦長へとその理由を問うた。


佐世保地方総監部そうかんから後退の指示……。女神大橋上の女たち、いったいなにをやる気なんですか?」


「あの巨大ガメを、網で捕らえるそうだ」


「網で!? そんなバカな話を、信じるのですかっ!?」


「実際各地で、この世の者とは思えない女性たちが、巨大な怪物を次々と駆除している。そこにいる巨大ロボットも、彼女らのものだ。われわれを下がらせたのも、戦闘へ巻き込まないように……という配慮だろう」


「国防を担う自衛隊が、外人部隊に配慮をされちゃあ立つ瀬がないですが。しかし、総監部経由で連絡ということは……ですよ? 女たちの中に、われわれ自衛隊の立場を把握している者がいる……ということになりませんか?」


「なるな。先ほど現れた陸上の怪物を倒すのに、ジャイアント・カンチレバークレーンさえも利用した。ほかの怪物も、長崎の地理地形を利用して倒しているようだ。未知の戦力と当地の事情に精通した、優れた将がいるのだろう──」


 ──へっくしょん!


 女神大橋上に、スピーカー通話にしてあるスマホから愛里のくしゃみが轟いた。

 ステラたち異世界の者にとっては、唾が飛んできそうに思えるクリアな音声。

 フィルルが思わず、手の甲で口元を覆う。

 ステラが代表で通話。


「……お師様、風邪ですか?」


『……ああ、なんでもないわ。ネットでわたしが、美人すぎるラーメン屋って話題になってんじゃないかしら。ところで護衛艦、こっちまで退いてきたわ。ギャンブル依存症の警部補殿にお礼言っといて』


「依存症じゃねえっ! つーか、アンタらのやってることが、よっぽど博打だぜ!」


『おっ、本人さんね? 一市民の通報じゃあ、護衛艦動かせないからさ。県警、県庁、佐世保の総監部経由で、うまく連絡通ったみたいね。いやほんと、市民の声って官公庁の上まで届かないからさー』


「それ、いまする話かよ……」


『……じゃ、ないわよね。ステラ! 糸目ちゃん! 阿鼻亀の捕獲、頼んだわよ! 阿鼻亀あびきびきで倒す! うまくいきそうな気がするわ! じゃ、またあとで!』


 その言葉を最後に、愛里の声が一時静まる。

 「またあとで!」はステラたちの働きが成功に終わるのを確信するゆえの発言。

 ステラもそれを、返事はなしに汲んでいる。

 ステラが死神の鎌デスサイスを構えて、沖側の落下防護フェンスへと歩み寄った。


「はあっ!」


 ──ザンッ!


 低い位置での、薙ぎ払うような一振り。

 十メートル超にも及んでフェンスが根元から刈り取られ、海へと落下。

 開けた視界の先では、阿鼻亀が女神大橋直下へと向かってくる。

 護衛艦やはぎが後退したことを受けての進軍。

 それまでフェンスがあった橋の縁へ、両手に双剣を携えたフィルルが立つ。


「副團長、もう少しフェンスを削ってくださる? いまのわたくしには戦姫の力が宿っておりますゆえ、普段の間合いではつかえてしまいます」


「承知」


 ステラがさらに十メートルほどフェンスを薙ぎ払い、海へ落とす。

 今度はフィルルからの注文はなし。

 フィルルが携える二振りの半月刀の柄からは白い糸が伸び、それらが橋を支えるケーブルや塔に、しっかりと絡ませてある。

 天音が安楽女から奪ってきた、小グモを繭状にくるんだ糸。

 その天音も両掌から宝刀・神気を抜刀し、加勢に備える。

 抜刀のしぐさを見たシーが、眼鏡の位置を正しながら興味深そうに観察。


「ほうほう、便利なお手々をお持ちでしなぁ。ほかにもなにか、出せたりするんでしか?」


「ハハッ、出せるのはこの一振りだけですよ。ボクの両手は、言わば鞘のようなものでして。あっ……と、汗と血と垢なら出せますね」


「苦労人を思わせる冗談でしなぁ、にししししっ。おっと、いよいよ巨大ガメが橋をくぐるでしな! 天音ちん、下がるでしよっ!」


「えっ……? あの二刀流の人の間合い……そんなに広いんですかっ!?」


「でしでし。首を落とされたくなければ、もっと景気よく下がるでし」


「ひえええぇ……。斬首は二度も経験したくないなぁ……」


 シーに促されて、天音と警部補がフィルルの間合いの外へ移動。

 ステラは斜張橋のケーブルの上へ立ち、上方で第二撃へと備える。

 橋の縁で阿鼻亀を見下ろしながらフィルルは、ギチギチと全身のバネを縮め、上半身をカメのように縮こませる。

 そして、阿鼻亀の甲羅の先端が橋の真下へ差し掛かった瞬間、そのバネを一気に解き放った──。


投擲・大枯枝蟷螂斬撃スローウィング・ドラゴンマンティススラッシュッ!」

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