第092話 恐獣・烈玖珠(6)
「お師匠様、描けましたっ! 召喚しますっ!」
スケッチブック三枚に渡って個別に書かれたトランティニャン三姉妹へ、立て続けに署名を入れるリム。
召喚の手順が終わると同時に、長崎港湾部の空が白く発光。
空間を無理やり割くように白光が上下に広がり、その中に、三つの頭部を有した一塊の黒いシルエットが浮かび上がる。
センターに末っ子のカナンを据えた、密着状態のトランティニャン三姉妹。
カナンのみ、頭髪がモノトーンの銀色に変化している。
三人の姿を確認した愛里が岸壁の端まで駆け、対岸を指さしながら叫ぶ。
「三つ子ちゃんっ! アンタたちのステージは……あそこよっ!」
「「「はいっ!」」」
ふわふわとミニスカートを波打たせながら、空から降り立った三人。
着地点は、長崎造船所有する世界遺産、ジャイアント・カンチレバークレーン。
その、アームの先端の上。
三人はカナンを先頭にして数メートル間隔を取ると、正三角形を描くようにフォーメーションを組み、一斉に頭上へ剣を掲げる──。
「「「引力光線・トライアングルトルネードッ!!!」」」
三つの切っ先が、戦姫の力の証である青白い光を纏った。
先陣を切って、カナンの剣から銀色の光線が放たれる。
「いっけええぇええいっ!」
すぐにイクサ、シャロムの切っ先から金色の光線が続く。
先行していた銀色の光線に、二本の金色の光線が螺旋状に絡まり、一本と化す。
縒り固まったワイヤーのような強固な光線が、いままさに瘴気を放たんとする烈玖珠の下顎を直撃──。
──グガガァアアァアアッ!
喉に瘴気を貯めこんでいた烈玖珠が、うがいで喉を洗うかのようなくぐもった鳴き声を上げながら、首を後方へ反らせる。
三姉妹が放った光線の威力に負けての、のけぞり。
直後、嘔吐するかのように、一筋のどす黒い瘴気を真上に吐いた──。
──グォボボゴオオォオオッ!
青い空へと、当てもなく吸い込まれていく黒い瘴気の炎。
烈玖珠の体は、トランティニャン三姉妹からの光線、瘴気の吐出の反動、しなやから体躯によって大きくのけぞり、真上へと無為に攻撃を継続。
──グォ……ゴボォ……オオォ……オォン……。
供給を止められた噴水のように、次第に細く、短くなる瘴気の炎。
それがやがて、蝋燭の炎程度にまで弱まった。
生命力を削って瘴気を吐いているのか、烈玖珠の動きも緩慢に。
カナンたちが一旦光線を納め、すぅ……と揃って呼吸を整える。
「あなたも、カナンたちの虜にしてあげるっ──♪」
カナンの掛け声に合わせて、三人が再び光線を照射。
今度はカナンの光線が烈玖珠の頭部、イクサ、シャロムの光線がそれぞれ両腕に、植物の弦のように巻きついた。
同時に、ジャイアント・カンチレバークレーン全体が薄く発光し、アームが回転。
先端を対岸の烈玖珠へと向ける。
当地で百年以上に渡り、軍艦と護衛艦の建造に携わってきた、巨大な鉄塊。
いま、太古の恐竜をモチーフにした下僕獣、烈玖珠を捕らえる──。
──ガオッ! ゴオッ! ガアッ!
己を縛する縄を嫌い、野性味丸出しで暴れようとする烈玖珠。
しかし前脚と頭部は光のワイヤーでがっちりと固定されており、体の向きを変えることすらかなわない。
ただ後脚と尾を、その場でばたつかせるのみ。
その様を見て、重鎧巨兵のコックピットでナホが発奮──。
「よーしっ! ここまでお膳立てしてもらったんだから、倒し切らなきゃ嘘よっ! ロミアさんから分けてもらったこの力で……とどめ刺しますっ! ハアアァアアーッ!」
ナホが両掌を広げて上へ向け、それから力強く拳を作る。
巨兵の指がギリギリと擦れ、熱を帯びた鉄粉を辺りに撒く。
その摩擦熱に誘発されるように、先ほどロミアの長剣から伝播した戦姫のオーラが炎を上げる。
丸くなった拳の随所で立ち上る、先細りの炎。
それはまるで、棘を生やした鉄球。
あたかも、戦姫團入團試験時にナホが見せた、モーニングスターの鉄球部を両手に握り締めた姿の再現。
「いっきまーっす!」
──ガシャンガシャガシャンガシャンッ!
けたたましく鳴り響く、巨兵の走行音。
短い唸り声を上げ続ける烈玖珠が見せる、隙だらけの腹部。
ナホが右腕をめいいっぱい引き、その腹部へと狙いを定める──。
「でええぇええいっ!」
──ゴブジュッ!
金属の破断音と、肉塊が潰れる音が混ざり合った、異様な響き。
棘を帯びたナホの右ストレートが、手首まで烈玖珠の体へ埋没。
烈玖珠の唸り声が、さらに短くなる。
──ガッ……ゴッ……ガァ……!
「まだまだぁ! もう一発ぅ!」
ナホが身を捻って、瘴気に塗れた右拳を引き抜いた。
その捻りを丸々利用し、体重を乗せた渾身の左ストレートを、いま穿った位置へ──。
──グブジュッ!
今度は純粋に、肉塊が潰れる音のみ。
巨兵の左腕が、肩付近まで烈玖珠へと埋まる。
烈玖珠はもはや唸りを上げることもかなわず、口から吐血のように、泡立った瘴気をだらしなく漏らすのみ。
そのまま口先から黒い塵と化していき、己が吐いた瘴気に溶かされるかのように、消えていく。
残る下僕獣は、三体──。
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