第091話 恐獣・烈玖珠(5)

 脳を揺さぶられた衝撃と、地に叩きつけられた苦痛で、動きが鈍る烈玖珠。

 爆発炎上したトレーラー上で、しばし腹部を焼かれる。

 重そうにその頭部を上げたとき、目の前には追撃の重鎧巨兵が仁王立ち。


「軍人を舐めないでくださああぁああいっ!」


 巨兵の固い両手が左右がっちりと繋がり、一つの拳となる。

 ナホはそれを頭上へ掲げ、そして、起き上がろうとする烈玖珠の頭頂部へ、勢いよく振り下ろす──。


 ──ガゴオオォン!


 烈玖珠の下顎が、勢いよく地に叩きつけられる。

 あまりの衝撃に、置き去りにされていた周囲の自家用車が、わずかにバウンド。

 なおも起き上がろうとする烈玖珠の鼻っ面へ、今度は足の裏全面をぶつける、右足でのビッグ・ブート。


 ──ドゴォ!


 烈玖珠の首から上が大きく後方へ反り、そこから反動で地に落ちる。

 烈玖珠の瞼が下りて黒い眼球を隠し、以降その体から、動きが消える。

 まるで剥製のように、巨体を地へと突っ伏す──。


「た、倒したの……かな?」


 右手をわずかに宙へ伸ばしたあと、数秒間その場で制止するナホ。


「動か……ない。けれどきっちり、とどめ刺さなきゃ! 頭を踏み潰せば……きっと勝利確定っ!」


 ストンピングでとどめを刺すべく、巨兵が右脚を上げる。

 刹那、烈玖珠の両眼がギンッ……と開いた。

 烈玖珠が低い姿勢ですばやく前進。

 巨兵の曲がった右膝へと噛みつき、勢い任せで蠱亜コアを破断──。


 ──バギャギャッ!


 残る蠱亜コアは、胸部の一カ所のみ──。

 片足立ちの状態を襲われた巨兵は、両腕を振って全身のバランスを取ろうとするも、あえなく背中からダウン。


 ──ズウウウゥンッ!


「まさか……死んだマネしてたっ!? 爬虫類なのに……そんなことっ!?」


 擬死ぎし──。

 生態的な死んだふり。

 日本ではタヌキやアナグマに見られる、極度の刺激と緊張が引き起こす「たぬき寝入り」が代表例。

 哺乳類のみならず、鳥類、両生類、そして爬虫類にも、一部に備わっている。

 シシバナヘビの仲間は、硬直後に血と腐臭を放つという念の入れよう。

 烈玖珠にも同様の能力があったのか、立て続けに受けた脳への衝撃で一時的に失神していたのかは、ここでは定かではない──。


「お……起きなきゃっ! すぐ立たなきゃ最後の蠱亜コアを潰されちゃ……えっ?」


 ──ピコーン! ピコーン! ピコーン! ピコーン! ピコーン!


 一定間隔の甲高い音が、胸部の最後の蠱亜コアから響き始める。

 同時に蠱亜コア内部の赤い水が、青白く点滅を開始。

 それを見た愛里と六日見狐が、向かい合って恋人繋ぎをしながら目を剥く──。


「「ヤバいヤバいヤバいヤバいっ!」」


 この世界の住人である一人と一匹の激しい動揺に、リムがすかさず質問。


「あ、あのぉ……お師匠様? なにがヤバいんですか?」


「ああああ……あのね、リム。ヒーローの胸の球体が点滅して警戒音鳴るっていうのは、この世界ではめっちゃヤバい状況を指してるの! あの重鎧巨兵、やっぱ限界近いわよっ!」


 愛里の解説に、食い気味で六日見狐が補足。


「あれが点滅するのが一種のお約束、様式美ではあるのじゃが! 肉弾戦オンリーのあの巨兵じゃと、逆転要素不足で不安しかないのぉ!」


 慌てて直立し、両腕を交差させて胸部の蠱亜コアを守る巨兵。

 烈玖珠もまた直立し、姿勢を正すことに専念。

 わずかに生じる、直立同士の向かい合い。

 やがて烈玖珠の首から尾へと続く背びれから、ゆらゆらと黒い瘴気が立ち始める。

 黒い瘴気に包まれたグレーの背びれは、濃淡の差で発光しているかのよう。

 目にした愛里と六日見狐、恋人繋ぎをギュっと絡ませ、両足をばたつかせる──。


「「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいっ!」」


 やや呆れのニュアンスを含ませて、再びリムが反応。


「お師匠様、今度はなんですかぁ? あの黒い瘴気が立ち上るのって、いままでの例からして、下僕獣が消える予兆なんじゃ……」


「それが違うのよっ! 巨大怪獣の背びれが光るっていうのはね、この世界では内閣総辞職ビームの予兆なのよっ!」


 再び六日見狐が、愛里に被せる形で補足。


「いや愛里! 場所的には長崎県議会総辞職ビームじゃ!」


「ナイスツッコミ! ……って、言うてる場合かっ! このままじゃ県庁舎の職員……それに歩荷ぽっかちゃんが危ないっ! でも、でもぉ……この状況の、打開策ぅ……んんんんん……!」


 愛里が眉間に深い縦皺を刻み、それを右中指で撫でながら思案。

 令和日本の一市民・愛里には、この状況でできるのは思案のみ。

 異世界での戦闘経験と、これまでの歴女活動、オタク活動で得た知識を総動員して、解決策を探る────。


「────リム、召喚お願いっ! 三つ子ちゃんをここの対岸へ呼んでっ!」


「ええっ!? カナンさんたち全員……ですかっ!?」


「そうっ! 三人揃ってないと意味ないのっ!」


「でも、暖色系の絵の具が足りませんっ! 描けてせいぜい……二人ですっ!」


「二人上等っ! センターの子は金髪を銀髪にっ! 衣装もグレー系でっ! それでなんとか絵の具足りないっ!?」


「え、ええと……それならなんとか! でもアイドルの髪の色を、無断で変えるっていうのは……」


「謝罪ならわたしがあとで百ぺんでも土下座するわっ! だから急いでっ!」


「は……はいっ! わかりましたっ!」


よっ! いいわねっ!」


「はいっ! でもお師匠様、これでもう肌色作れなくなったので、実質最後の召喚ですよっ!」


「上等っ! いいかげんこの戦い、終わらせなきゃね! 米軍が出張ってくるようなら、下僕獣どもの思う壷だものっ!」


 下僕獣が起こす宗教戦争を糧に顕現するという、物言う神。

 その降臨を阻止するには、での戦火を極力抑えねばならない。

 異世界から戦姫團関係者が召喚されているのは、での戦いを、不成立にするため。

 その下僕獣でありながら、いまは戦姫團サイドについている六日見狐が、対岸を見てニヤリと笑う──。


(金髪の三つ子のセンターを銀髪に……か。なるほど愛里め、烈玖珠の宿敵ライバルを召喚する気じゃな。対岸には、もあるしのぉ……)


 重鎧巨兵と烈玖珠が交戦中の、長崎水辺の森公園。

 その対岸に並ぶ、三菱重工業長崎造船所の施設群。

 剣獣・武蔵が出現した飽の浦工場・第三船渠も見える。

 その第三船渠とともに、二〇一五年に「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に登録された、敷地内で一際威容を誇る大型クレーン。

 全体が水浅葱色みずあさぎいろの、鋼鉄の巨身。

 三菱長崎造船所ジャイアント・カンチレバークレーン。

 建造から百年を超えてもなお現役で稼働するその巨躯は、高さ約六十二メートル、アーム長約七十五メートルと、烈玖珠をしのぐ──。

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