第090話 恐獣・烈玖珠(4)
「──きゃああぁああっ!」
背中へ受けた衝撃と、アスファルト舗装に赤い水が広がったことで、背面の
悲鳴を上げながらも上半身を起こし、必死に立ち上がろうとする。
烈玖珠はなおも覆い被さり、口先の牙で左肩の
残る
「いやああぁああぁあっ! これ以上はダメぇ! どいてどいてどいてーっ!」
コックピット内で仰向けに倒れているナホが、半狂乱で全身をバタつかせる。
同じポーズの巨兵が、烈玖珠の後脚の膝目掛けて犬キック連発。
必死の抵抗を受けて烈玖珠、一旦全身を垂直に立て直す。
その隙に巨兵は横転で離脱。
起き上がり、長崎水辺の森公園駐車場から逃走。
鎧のパーツが擦れ合う金属音が、愛里たちがいる公園北部の芝生広場へと一直線に、向かう。
──ガシャンガシャンガシャンガシャンッ!
「ふええぇええっ! もう
「ダメよナホちゃんっ! 敵に背中向けちゃ!」
「でもロミアさ~ん! 後ろの
「あら、それもそうネ…………じゃなくって、心意気ヨっ! 心が負けてたら、勝てる相手にも勝てなくなっちゃうワ!」
「でもあの魔物、すごく強くて……」
「だったら、この生身のわたしでも戦えたなら、勇気を奮ってくれるわネ?」
「えっ……? あっ、ロミアさんっ!?」
──シャッ!
表情を勇ましくし、一時的に軍人の顔となったロミアが抜剣。
両手で握る剣を斜め上方へ掲げ、巨兵の足元を通り過ぎ、芝生広場に向かってくる烈玖珠へと駆ける。
まさかの行動に、愛里たち場の一同にはそれを止める間がなかった。
巨兵が踵を返し、慌ててその小さな背を追う。
「無茶ですっ! ロミアさんっ!」
「……アリの一噛みで、人間がひるむこともあるワ! それにわたしは、蟲の軍勢相手に捕虫陣を守りきった女。たかがモンスター一匹に臆さないわヨ!」
ロミアの長剣を、戦姫補正の青白い光が大きく纏う。
刃渡りの二倍近くにも及ぶ発光が、芝生広場へ姿を現した烈玖珠の右後脚を狙う。
「でやああぁああぁああーっ!」
高らかに跳躍したロミアが、烈玖珠の足首目掛けて長剣を大振り。
宙で水平に振られた刃、その発光部分が烈玖珠の皮膚へ到達。
わずかにその表面へ、一太刀を入れた。
着地後すぐに左方へ飛びのくロミアだが、烈玖珠は気にする様子もなく、交戦を継続すべく巨兵へと前進を続ける──。
「まさに、歯牙にもかけない……ネ。浅すぎたワ。もっと踏み込まなきゃ……でええぇええいっ!」
身を翻し、烈玖珠へとUターンするロミア。
地響きに足を取られながらも、自分の身長はあろうかという後脚の指ギリギリにまで接近。
駆けながら再び跳躍。
先ほど浅く刻んだ裂傷に沿って、さらに深く刃を食い込ませる──。
──ズビシュッ!
「手応え……ありっ!」
固い皮膚の内にある筋肉。
わずかながらもそれを断った感触を手に覚えながら、ロミアは地に足を着ける。
烈玖珠の足首から、下僕獣の血液とも言うべき黒い瘴気が、わずかに飛散。
──グギッ!?
烈玖珠の短い呻き声。
止まる前進。
巨大な頭部と、爬虫類特有の丸い眼球が、ゆっくりとロミアを向く。
ダメージを負った証左。
「人間は、己を噛んだアリに気づけば、それを踏み潰す。奴もまた同じ──!」
ロミアが近場の植樹目がけて、駆け足で一時離脱。
踏み潰されるのを避けるために、烈玖珠の歩幅から逃れる。
退役して間もないロミアの脚力は高く、すぐに烈玖珠一歩分の間合いから逃れた。
しかし烈玖珠、身を翻してロミアへと背を向ける。
その反転の勢いを乗せた長い尾が、ロミアへと猛然と迫る。
烈玖珠が小さな人間の駆除に選んだのは、踏み潰しではなく、尾により叩き潰し。
ロミアはたちまち半径内、射程内。
受けて巨兵が駆け、とっさに左膝を地に着ける──。
「ロミアさああぁああんっ!」
──ガギャアアァンッ!
激しい衝突音。
それをきっかけに、場にわずかな沈黙が生じた。
傍観状態の愛里たちの目に映るのは、巨兵が曲げた左膝で尾による薙ぎ払いを食い止め、ロミアを守った姿。
膝下の芝生には、赤い液体が散水。
残る
「ロミアさんっ、無事ですね! よかった……ほっ!」
巨兵のスクリーン内に映し出される、ロミアのグラマーな全身像。
それが失われなかったことに、ナホが安堵。
しかし厳しい表情のロミアが、左下が赤く滲んだスクリーンへとカットイン。
「ナホちゃん! せっかくわたしが作った隙を、無駄にする気っ!?」
「そんなもの……隙でもなんでもありませんっ! 民間人は引っ込んでてくださいっ! 戦闘の邪魔ですっ!」
「なっ……!?」
いつにないナホの厳しい物言いに、ロミアは呆気の表情。
一方のナホは、スクリーンに映し出されたロミアのカットインの手前で、大仰に両腕を振る。
カットインがスクリーン外へと飛ばされ、消去。
「すみません、ロミアさん。あなたを危険な目に遭わせるまで、自覚できないなんて……。ここがどこであろうと、わたしは軍人!
巨兵が眼下にある烈玖珠の尾を、両手で掴む。
掴んだ瞬間、その両手が青白く発光。
同時に、ロミアの長剣を纏っていた青白い発光が消滅──。
「あ、あら……。これは……いったい?」
「お主の魂が、あの巨兵……いや、あの娘へ移ったのじゃ。うむ」
尾をジャイロにして低空飛行してきた六日見狐が、ロミアの背後からその両脇を抱え上げ、戦線離脱に手を貸す。
「お主には本来の世界で、映画界の膿を出しきる仕事があるのじゃろう? このステージの主役はあの重鎧巨兵。お主の出番はここで終わりじゃ」
「あなた……生きてたのネ?」
「生きてるというか、儂ら六体は意思を共有しておったからのう。お主があの怪獣へ単身挑んだのも、あれに映画界の巨悪どもを重ねてのことだったのじゃろう?」
「フフッ……なんともユニークなキツネさんネ。叶うならば、わたしたちの世界へ連れて帰りたいくらいヨ?」
「言われんでもそうするつもりじゃ。にょほほっ!」
「えっ……?」
「ほれほれ。あとは後進に任せて、カーテンコール用のお色直しでもしておるがよいぞ。にょほほほっ!」
低空飛行の六日見狐に引っ張られる格好で、ロミアが後退。
それを受けてナホ、さらに握力を高め、烈玖珠の尾を強引に引っ張る──。
「ううぅううぅううぅ…………やああぁああっ!」
ナホ、自身を回転の軸と化して、烈玖珠の全身を振り回し始める。
烈玖珠の全身が顔を下にして宙に浮き、無抵抗でただただ水平に回転。
人間のレスリングではありえない、尾を振り回してのジャイアントスイング。
長い尾を持つ体の構造上、烈玖珠に反撃の術はなく、ひたすら遠心力の餌食──。
「はううぅううっ! 飛んでけーっ!」
戦姫補正のオーラを纏った巨兵の両手が、烈玖珠の尾を離す。
烈玖珠の巨体が、寄る辺なく宙を舞った。
そして、先ほどコンテナを潰されたトレーラーの上へと、うつ伏せで落下。
いよいよ今度は、衝撃で生じた火花がガソリンへと引火。
烈玖珠の腹部で、派手に爆発を起こす──。
──ドオオォオオンッ!
低空飛行でロミアを戦線から引き離していた六日見狐は、その様子を見ながら小声でつぶやいた。
「ふーむ……。怪獣相手のジャイアントスイングは勝ちフラグゆえ、この先の心配はなさそうじゃな……」
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